未来戦士レパリーレン
小高まあな
第1話
ツンと鼻をつく刺激臭。それが奴らが誕生した合図だ。ほかの人にはわからない、俺だけが感じる匂い。……いや、なんかもっとほかの方法ないのかよとは思うんだけど。
「ごめん、ミア。急用ができた。カフェはまた今度」
「え、ちょっと、サトシ」
隣の幼馴染に早口で告げると、匂いの方に向かって駆け出す。彼女に背を向けて。
たどり着くと、そこには案の定、化け物・ボースハイトが暴れていた。
倒れている学ラン姿、彼が主か。同じ高校の人間だが、バッジの色が違うので学年が違う。一つ下、一年のようだ。
ボースハイトが襲っているのは同じ制服のいかつい男。ヒョロイ男と、ごっつい悪そうな男たち。かつあげとかそういう気配がする。胸糞悪いが倒せば同じことだ。
「いくぞ、ラート」
「がってん!」
透明になって頭上を旋回していた、ラートが降りてくる。テニスボールのような、丸いロボット。俺の相棒だ。
「変身!」
ラートを右手首にぶつけることで、中からでてきた強化スーツを一瞬で身につけることができる。フルフェイスのヘルメットと全身スーツは、俺の筋力をアップし、防御力をあげる。その割に軽い。なんかわからんがすごいやつだ。
ボースハイトがでかい爪で男の一人を切り裂こうとするのを、蹴飛ばすことで防ぐ!
「お痛はそこまでだ!」
指先を突きつける。ボースハイトと意思疎通とれたことないので、まあ割と雰囲気の意味しかないのだが、この工程。
「未来戦士レパリーレン。……本当にいたんだ」
助けた男がつぶやく。うんうん、望んでないけどSNSで話題になってるよね……。
「新しい未来のために、悪意にはご遠慮願おうか」
告げると、ボースハイトを退治するために動きだした。
未来からやってきたという変なロボ、ラートが俺の目の前に現れたのは半年前。
「未来戦士レパリーレンになって、ボースハイトを退治してほしいんだ!」
悪夢かと思ったが、現実だった。
ボースハイトは人間の悪意から生まれた怪物。人間から独立し、暴れまわる。
「もともとは、とある科学者が人の悪意を人間から独立し、根絶させることでこの世から悪意をなくそうとしたものなんだ」
「なんか、良さそうだな」
「ケータイの電波を使って、ボースハイトの種を植え付けて、育ったらそれが人の殻を破ってでる」
「ちょっとグロいな」
「まあ、人体に物理的な影響はないから。ところが人間の悪意の強さが科学者の想定を上回って、未来では手が負えないことになった。ボースハイト自体もどんどん強くなって、退治できなくなった。そもそも、悪意を退治された人間は心がなくなったような状態になるから、人間としての活動もうまくいかなくなる。悪意も多少必要ってことだね」
「ダメじゃん」
「そこで、ボースハイトが生まれたばかりの時代に行って、退治してほしいって託されたのが僕なんだ、その科学者に」
なるほど、本人の尻拭いか。
「なんでそれが俺なわけ?」
「さぁ? 博士のご指名ってことしか僕にはプログラムされていない。実は知り合いとかなんじゃない?」
なんと適当な。
「例えば、その博士を今説得するとかはだめなの?」
「博士曰く、私は意固地だから説得されればされるほど諦めなくなる、とのこと」
「めんどくせーな、そいつ」
とまあ、そんなこんなで、謎のスーツを着て化け物退治をする今日この頃だ。
ボースハイトに殴る蹴るの暴行を加え、弱らせる。
化け物退治といったが、実際に倒すわけにはいかない。それは、主の心を殺すことになる。
だから弱ったボースハイトを抱えると、倒れた主の体の上に置いた。ちょっと力をかけると、すっと主の体の中に消えていく。ボースハイトは弱らせているから、悪意自体も小さくなっている。すぐにどうこうなることはない。
しばらくすると、主が目を開けた。
「あれ……、僕……」
「単刀直入に聞く。あんたの悪意はなんだ?」
「え、悪意……?」
「憎悪、憤怒。悪感情が芽生えていただろ?」
主は困ったように視線を動かす。俺の後ろ。尻餅ついたままの、いかつい男に。
「いじめられてたか?」
背後を指差しながらたずねると、
「いや、いじめっていうか……」
「からかわれてた?」
「まあ、その……僕、ひょろいから」
関係あるか、それ?
「でも、それに対して君の我慢が限界に達した。だから、あの化け物が生まれた」
後半は、化け物を目撃していたいかつい男たちの方に向けていう。
「あの化け物を生んだのは、あんたらだよ」
いうと、男たちの顔がくしゃりと歪んだ。それがどういう感情なのか、俺にはわからない。
「人間はおもちゃにするな。それはいずれ、お前たち自身に牙を剥くぞ」
それだけ言うと、その場を後にした。
これでまあ、しばらくは大丈夫だろう。
人の悪意は完全には消せない。いずれまたボースハイトが彼から生まれるかもしれないし、いかつい男の方から生まれるかもしれない。その時にはまた、退治するだけだ。
物陰で変身を解除する。
「お疲れ、サトシ」
「ああ」
ラートが俺の前をくるくる回る。
「しかし、こんな対処療法で大丈夫か? やっぱり博士をどうにかしたほうがいいんじゃ……」
「博士が言うには、とりあえずボースハイトを倒し続ければ、若い頃の私は心が折れて考え直すと思うって言ってた」
本当だな? それで考え直さなかったら大惨事だぞ。
「サトシ!」
声をかけられる。
「ひゃっ」
ラートが叫んで、慌ててステルスモードになった。
「ミア、どうした」
「どうしたじゃないよ! またドタキャンとか許さないからね!」
幼馴染が近づいてくる。ドイツ人の祖母譲りの緑の目が、怒りでつりあがってる。
「先週も、先々週もドタキャンして! 私、根に持つタイプなんだからね!」
「いや、自分で根に持つタイプとかいうなよ」
あー、まあ、確かに例の刺激臭がしたからそっち向かったな……。
「あのカフェのカップル限定パンケーキは今週までなんだから! 今からでも行くよ!」
先日のテストの点数で負けたから、カップルのふりをしてカフェに行くことになっていたのだ。理数系の成績だけがいいこの幼馴染には、総合点なら勝てると思ったのだが、まさか物理の問題で問題のミスを指摘したことで百二十点とかになるとは思わないじゃないか。あの二十点がなければ俺が勝ったのに。
ミアに腕をひっぱられて、カフェに向かう。
「そういえば、サトシの周りになんか丸いのが浮いてたんだけど」
「は? 目の錯覚じゃね?」
「ふーん」
危ない危ない。一応正体は秘密なのだ。
「丸いっていうのもいいよね」
「何が?」
「次のコンテスト。ロボット作ろうと思ってた」
「あー、そう」
何気に天才高校生として科学系のコンテストの賞を総なめにしているのだ、この幼馴染は。詳しいことは知らんけど、よくわかんないから。
カフェに向かって歩いて行くと、さっきの制服たちが謝罪し合ってた。
「なんか、僕から化け物が生まれたみたいでごめん」
「いや、俺らも……そんなに嫌がってたの気づかなくてごめん」
いじめじゃなくて、マジでいじりだったのか? まあ、仲直りしているならいいか。
そう思っていると、隣から舌打ちと、
「また邪魔しやがって」
そんな声が聞こえた。気がする。
「なんか言った?」
「別に。……ね、サトシ。人のためを思ってやったことを邪魔されたらどうする?」
「むかつくよな」
「そうだよね、普通そうだよね」
「まあ、でも、迷惑だったのかなーとは思うかな。場合によるけど。人のためって思ったのは俺だけっていうか」
「そう? 相手の理解力がないだけじゃない? とにかく、私は絶対許さないの。根に持つタイプだからね」
「……なんのはなし?」
なんか、怖いんだけど。
「なんでもなーい」
ミアは歌うように言うと、笑って、
「ほら、早く行こう。パンケーキ!」
はしゃいだ声をあげた。
未来戦士レパリーレン 小高まあな @kmaana
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