付かず離れず

小高まあな

第1話

 私たちは、とてもよく似た顔をしている。というか、ほぼそのまま。コピーアンドペーストしたのかってぐらい、同じ。眉も目も鼻も口も、同じ形、同じ間隔で付いている。

 全部、顔は一緒だ。

 違うのは、嘘もつけないあの子と違って、私がそんなあの子も騙す大嘘つきだってこと。


「本当、あの子むかつくわー。先生に媚び売って」

「マジで。すぐチクるしな」

「ガリ勉ブスの癖に」

 昼休み。教室の隅で盛り上がっている、強めの女の子たち。

 陰口の張本人は教室にいないが、よくまあそうやって盛り上がれるな。グループ外の私とかも聞いているのに。

 それとも、グループ外の私たちは人間にカウントしていないのか。

 いずれにしても、そんな風に抜けているから、チクられるのだ。

「……ね、カバン置いてってるじゃん? なんか捨てちゃう?」

「うわー、わるぅーい」

 言いながらも一人が立ち上がり、

「やめなよ」

 カバンに近づこうとしたところを声をかける。

「なに、桜。いい子ぶってんの?」

「違う」

 一つため息をつき、からにしたお弁当箱を袋にしまうと、彼女たちの方に近づく。

「リスキー。みんな見てるし、聞いてる。それに、物損はバレたら弁償させられる。いやでしょ?」

 言うと、彼女たちは初めて周りの視線に気づいたみたいな顔をした。どうしたら、そこまで無頓着に生きられるのか。

 少し悩んで彼女たちに顔を近づけると、小声で、

「証拠を残さないようにしなきゃダメだよ、叱られたらもったいないでしょ?」

 それだけ告げると、にっこり笑う。

 彼女たちは少しきょとんとしてから、私がいたずら自体をとがめる気がないと判断してか、

「悪知恵ー」

 ケラケラ笑う。

 悪い知恵どころか、良い知恵もないのにね。あなたたちは。

「あ、桜、ポッキー食べる?」

 親しみを、あるいは共犯者としての何かを込めた笑みで箱を差し出されるのを、

「気持ちだけもらっとく」

「ダイエット?」

「虫歯」

 嘘だけど。

「あー」

 そのまま椅子を勧められる前に、その輪に背をむける。

「桜、どっか行くの? ぼちぼち昼休み終わるよ」

「ちょっとそこまで……いっといれ?」

「オヤジかよ」

 ケラケラ笑って手を振られる。一緒に行くと言われなくってよかった。

 一番近いトイレに逃げ込むと、

「椿、あれで大丈夫だったよね?」

 椿に問いかける。

「うん、大丈夫だよ。止められたし、桜も悪者にならなかったし、あのギャルたちの信頼を適度に勝ち取ったから今後も止めやすくなるだろうし。最高じゃない」

 椿はにっこり微笑んでくれる。

 私たちの会話に、言葉はいらない。目と目を合わせれば、言葉が通じる。テレパシー? 大体そんなようなもの。私たち二人だけの共通語。難点は、目と目を合わせなければいけないから、こうやって一目のないところじゃないと無理なことかな。

「あの子たちが証拠を残さないような悪事を思いつくとは思えないけど……注意しないとね」

 まあ、あの子たちにそこまでの悪意もないのだろうが。なんとなくの、鬱憤だけで。

 正義の味方を気取っているわけではない。できれば平穏に暮らしたい。面倒ごとに首を突っ込みたくない。

「うん、ありがとう、桜」

「いいえ」

 だけど椿は優しいから。気に病んでしまうから。誰かが不幸な目に遭っていると、悲しい顔をするから。だから、そうさせないためにも、適当にいい感じに動いている。

 椿は私の大切な片割れだから。

「いつもありがとね、椿」

 私は、自分の腹部を、椿の顔をそっと撫でる。

「ううん、双子だもの。当たり前」

 椿は可愛く笑う。

 もう一度椿に笑いかけ、その顔を制服で遮断する。予鈴がなったので、教室に戻ることにした。


 私は嘘つきだ。

 椿に私たちは双子だと、双子とはそういうものだと言い聞かせている。

 同じ顔を持っていれば、双子。

 たとえ片方が、片方の腹部に浮かぶ……人面疽のような存在であっても、双子だ。

 ママが言っていた。私は最初、双子だったのだと。片割れは途中で消えてしまったと。私に溶けた片割れには椿という名前がつけられるはずだった。桜と椿。双子を妊娠したら絶対につけると、ママが子供のころから決めていた名前。

 だから、小学生の時椿が突然お腹に現れても、私はそこまで驚かなかった。ようやく目覚めただけなのだ、私の片割れが。

 でも、人に見られたらいけないということはわかっていた。だから、修学旅行のお風呂とかも生理だって嘘をついて逃げていたのに……。

 あの時、部屋に突然入ってきたママに椿と話しているところを見られてしまった。

 ママは驚いて、お祓いしなきゃなんて言い出した。

 冗談じゃない、せっかく出会えた片割れと別れるなんて、死んでもごめんだ。

 椿には聞かせられない。

 分厚い服で椿を遮断して、私はママを説得しようとしたけど、全然聞く耳を持ってくれなかった。

 でも大丈夫、そんなママは今はいない。

 他に男を作って、パパと私を置いて出ていった。そういうことになっている。

 椿は私がママと喧嘩したことは聞いているけど、私がわざと遮断したから細かいことまでは聞き取れていない。ママとの間に何があったのか、私がママに何をしたかを知らない。

 大丈夫、私は嘘つきだから。

 愛しいこの片割れと、これから先も生きて行く。

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付かず離れず 小高まあな @kmaana

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