ACT16 新堂源斗の演技力
「では、新堂くん。こちらの試着をお願いします~」
「おう、やったるで」
校舎の隅っこにある、演劇部所有の衣装部屋にて。
渡された衣装を広げてみると、
「おおぅ。黒木、今回も本格的やな」
「西洋の悪役貴族というオーダーは初めてで、まだ試作段階ですが、新堂くんのサイズにも合ってるはずですよ~」
「ホンマや。ちょっとゆったりめに着れるあたり、動き易さもよう備わっとる」
「新堂くんのことですので、演技の際はかなり大味な動きをすると想定して作らせていただきました~」
普段、運動系の部活の助っ人をしている源斗であるのだが、演劇部の助っ人として呼ばれることも、結構あったりする。
演劇部の部長曰く、体格が大きくて老け気味のちょいワルな源斗の風貌が、悪の中ボスキャラなどの悪役を演じるのにぴったりなんだとか。
そして、小幸に用意された衣装の着用を終えると、
「おおぅ、これまた悪そうやのう」
「新堂くん、衣装につられて声も悪くなってますよ~」
なるほど、如何にも、隣国の姫に無理矢理求婚してそうな西洋の悪役貴族が鏡に写っていた。
自分で言うのもアレだが、かなり様になっていた。
今回は……というか、今回もそういう役どころなのでそれも望むところではあるが、やっぱりちょっと切ない。
それはともかく。
「たった三日もしないうちにここまで仕上げるとは、さすがは被服部のエース。相変わらずの腕前やなっ。次の演劇部の助っ人、これで行けそうな気がするわっ」
「ふ、わたしを、誰だと思っているのですか? あらゆるコーデのデザイナーを目指すわたしに、この程度はまだまだ通過点ですよ~」
試着室を出ると、小幸が、ふんすとチャーミングなドヤ顔を浮かべて、小振りな胸を張ってみせていた。
源斗の言うとおり、小幸は、被服部の所属である。
裁縫や服装の作成、修繕はもちろん、衣装全体のデザインの腕前も相当なもので、演劇部からも衣装協力を頼まれる回数が多い。
今回も、助っ人の源斗の衣装のデザインから作成までオーダーされており、その腕に源斗は毎回驚かされていた。
「それにしても、新堂くんの悪役演技、前も拝見させていただいたことあるのですが、とってもイケてるんですよね~。本格的に演劇部でお芝居をやってもいいと思うんですけど~」
「そういわれると嬉しいけど、それやと、他の部活の助っ人できんやろ? みんな俺を頼ってくるんやから、どれか一つを贔屓にするわけにはいかんねん」
「そちらも、去年から変わらず律儀ですね~。別に、やりたいことを一つに絞っても、文句は出ないはずですよ~」
「んなこと言われたかて、誰かに頼られたら応えることこそが、俺のやりたいことやねん。誰にも文句は言わせへんで」
「――……」
「? どしたん、黒木」
「……いえいえ~。ちょっとした失恋から間もない身の私としては、新堂くんのそういうところは、そこそこ琴線に来るなと思いまして~」
「え? それはどういう――」
いつもはつかみ所がないのに、今はちょっとだけぼんやりしている様子の、小幸のその言葉の意味がわからず。
源斗はもう少し詳しく、彼女に訊こうと思ったのだが、
「失礼しまーす。あ、ホンマにゲンさんおった」
「その……お邪魔します」
そこで、衣装室の入り口から、源斗にとっては馴染みの深い声が二つやってきた。
見ると、源斗の一つ下の妹である
「ゆーちゃん。えーちゃんも。二人ともどしたん?」
「ゲンさんが助っ人の衣装試着をしてるって、同じクラスの演劇部の子から聴いて、面白そうやと思って見にきたんよ」
「えっと……お邪魔では、なかったでしょうか?」
「大丈夫ですよ~。由仁ちゃんも詠ちゃんもいらっしゃいませ~。お二人とも遠慮せずに結構ですので、入ってきてください~」
「小幸先輩もこんにちはっ。じゃあ、お言葉に甘えてっ」
「ど、どうも」
「ふふふ、こんにちは。由仁ちゃんは相変わらず元気で可愛くて結構なことです~」
「う……小幸先輩こそ、相変わらずさらりと言いますね……」
「あの人からの、ちょっとした影響ですよ~。そして可愛いで言えば、詠ちゃんも負けていません~」
「え、そ、そんな、私が可愛いだなんて……」
「そう! 詠ちゃんこそ、世界で一番可愛いんよっ」
「由仁ちゃん!?」
「なるほど~。となると、この場に於いては詠ちゃんが優勝ということですね~」
「黒木先輩っ!?」
「詠ちゃん、優勝おめでとう!」
「こんぐらっちゅれーしょんず~」
「あ、う、ふ、二人とも、勘弁して……」
源斗のことを差し置いて、小幸と由仁と詠はとても親しげである。
……少し置いてけぼりなのは寂しいが、妹の由仁の社交性の良さを思うと、源斗としては悪くない気分とも言えるか。
小幸と由仁は、源斗と犬猿の敵である
いやはや、世間はそこそこ狭いものである。
「それにしても。話には聴いてましたけど、小幸先輩、ホンマに服を作るの上手なんですねっ」
と、由仁が、現在悪役貴族の衣装に身を包んでいる源斗のことを見て、そのようなコメントをしていた。
同時に、小幸と詠も話を打ち切って、こちらに視線を向けてくる。
お、ようやく話を振ってきてくるか、と源斗は少し弾んだ気持ちになったのだが、
「ゲンさん、完璧に悪の中ボスやんっ。最後に王子に切り捨てられて絶命してるとこまで想像できそうっ」
「おおぅい。ゆーちゃん、それ褒めてんの!? 確かにそういうシーンあるけどもっ」
「由仁ちゃんも、中々見る目がありますね~。新堂くんに悪役をやらせると三千世界でナンバーワンですよ~」
「黒木ぃ!? その褒め方もちょっと嬉しくない方向なんやけど!?」
「……………………」
「って、えーちゃん。どしたん、そんなにじーっと見てきて」
「え? いえ、その……お衣装はとても素敵なんですけど、私としては、源斗お兄さんのお身体をもう少し強調できる衣装を見たかったなって。あの、世紀末な感じで、斧とか持って……」
「え、えーちゃん? 一体、何言ってるん?」
とまあ、由仁と小幸の容赦ない論評だったり、そうかと思えばこちらをガン見してくる詠のツッコミに困ったりと、わりと散々な扱いを受けているのに、源斗、片手で頭を抱えざるを得ない。
「……しゃーない。まだ練習段階やけども」
そのように呟き、源斗は置いてあった鞄から、演劇部から渡されている台本を取り出し、
「ほい、ゆーちゃん」
「え? なにこれ、ゲンさん」
「台本や。今から……せやな。ここのページ、ちょっと読んでみ。俺はしっかり台詞で返したるから」
台本を由仁に手渡してから、源斗は少し距離をとって、軽いストレッチと『あー、あー』と声を出して自分の声帯の状態をチェックする。
「おおぅ、実演してくれるん?」
「さすがにこのままイジられポジションというわけにはいかんからな。ここは一つ、いいところ見せたらんと」
「ふふ。ゲンさん、やる気やね~。ええと、うちは王子様の台詞を読めばええのん?」
「おう。なんなら、えーちゃんも協力してや。お姫様の台詞のところ」
「…………姫」
「? えーちゃん、なんでちょっとだけ顔色悪くなってるん?」
「い、いえ、なんでもありません。その、棒読みになると思いますが、いいですか?」
「かまへんかまへん」
「新堂くんもこういうの好きですね~。じゃあ、私が合図をとらせていただきましょう~」
「おうっ。頼むで、黒木監督っ」
とまあ、即興であるとは言え、ちょっとした読み合わせ稽古の始まりである。
由仁と詠は一つの台本を二人で読むことになるのだが、由仁が台本を持つ役のようだ。詠が読みやすいように持ち方を工夫している辺りも、由仁の彼女への優しさを感じる。
それを確認して源斗は少し微笑ましい気持ちになりつつ、もう一度深呼吸をして、その時を待ち、
「では、よーい、アクショ~ン」
小幸の間延びした合図を皮切りに。
――源斗、スイッチを、切り替えた。
「待ちな王子っ! そちらの姫を渡してもらおうか! 彼女にはこの俺こそが相応しい!」
発声の大きさ、台詞のイントネーション、大仰なアクション、すべて問題なし。関西弁もきちんと抜けている。半年前の特訓が懐かしい。
これには、由仁も詠もかなり驚いた様子だったのだが、二人ともどうにか我に返った様子で、
「え、ええと……き、キミとは争いたくなかったよ。だが、僕にも退けない理由があるー」
「わたくしも同じ気持ちですわ。わたくしは、王子と添い遂げますー」
少々棒読みだが、しっかりと噛まずに応えてくれた。
源斗、ちょっとテンションがあがって、王子と姫――もとい、由仁と詠の元につかつかと歩み寄り、詠の方へと視線を向けながら、
「その強気、ますます気に入ったぞ姫! 改めて俺のものにしたくなったわっ!」
「へっ……!?」
「さあ姫、俺の元へ来るのだ! 共に愛を育み、幸福な人生を歩もうぞ!」
台本通りに、源斗が熱演したところ。
詠、放心状態で、台本そっちのけでこちらを見ながら、
「……………………はい」
そのように、はっきりと返事をしていた。
……台本とは違う台詞だった。
「はい、カット~」
もちろん、監督こと小幸からストップが入った。
そこで源斗は演技のスイッチをオフにして、NG後特有のこみ上げる笑いを抑えながら、
「えーちゃん、そこは『いいえ。わたくしは絶対、あなたのもになりません』やで」
「え……? あ……そ、その、ご、ごめんなさい」
「ふふ、ゲンさんの演技が思った以上に迫力すごすぎて、ついつい間違えてもうたんやね。うちも台詞の位置がわからなくなる寸前やったし」
「それは……その、そうです……」
詠、台詞を間違えた恥ずかしさと申し訳なさからか、しおしおと小さな身をさらに小さくしている。
……ここは、フォローをしておかねばなるまい。
「まあまあ。結構いい感じではあったでっ。えーちゃんがあの場面で『はい』て答えてもうたのは、ちょっと驚きやったな」
「!」
「あれやと、姫がそのまんま俺のものになってまうやん? 物語がアナザールートやん? ……見てる側は、それはそれでウケるんかなっ」
「…………えっと、私としては、そっちの方が」
「ん? えーちゃん、アナザーがええのん?」
「それは……その……~~~~~」
「え、えーちゃん? なんで赤くなっとるん?」
「ゲンさん、ストップやで。詠ちゃんもう瀕死やから」
と、フォローを入れたつもりが、詠はさらに小さくなってしまって、そこで由仁のインターセプトが入った。
由仁の後ろで小さくなっている詠の仕草がまた可愛くて、源斗がこれまでと何度も感じたようにかなりグッときているのだが……そういう衝動は、自分の中でしっかり抑えておきつつ、
「ええと……ゆーちゃん、それどういうこと?」
「教えてあげへん。乙女の秘密や」
「~~~~~」
「ううむ……?」
訊いてみるも、由仁、ニコニコしながら拒否姿勢である。その笑顔にちょっとした圧を感じたことから、どうやら、これ以上はつっこんではいけないらしい。
源斗にとって、まだ少しわからないところなのだが。
――無意識のうちに、もっと知りたいと思ってしまう。
その理由も含めて、わからにままだけども、いつか、わかるときが来るのだろうか?
そんな風に、新堂源斗の戸惑いは、まだまだ消えそうにない。
そして。
「は~……そういうことですか~」
そんな三人から、離れて。
「前回といい今回といい、ちょっといいなと思った矢先に、その人の相手が確定しちゃっているの、どうしてなんですかね~……まあ、それはそれで割り切って、応援するとしましょうか」
こっそりと、小さく苦笑しながら息を吐く、黒木小幸には。
源斗も含めて、誰も気付かないままである。
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