犬猿の仲である俺とアイツが、双方の妹に気に入られるお話
阪木洋一
ACT01 ぶつかり合う二人と、出会う二人
「なんでオマエがここに
「何故、貴様がここに居る」
新学年の始業式前、クラス替えもあって新たに割り当てられた二年五組の教室前の廊下にて。
本日の爽やかな春の陽気が台無しになるが如く、険悪な空気が発せられていた。
空気の発生源は、まさに入り口前で睨み合う二人の男子生徒からである。
「もしかしてやけど、オマエ、このクラスってワケやないやろな?」
一人は、詰め襟を少し着崩した、大柄かつ筋肉質の少年。
ベリーショートのツーブロックの髪、少々角張った顔に鋭い三白眼が如何にも大味な印象を醸し出しており、今もギラギラした視線を相手にぶつけている。
「そういう貴様こそ、クラスを間違えているのではないか?」
もう一人は、詰め襟をきっちりと着こなしている、小柄で細身の少年。
クセのないミディアムヘアに整った中性的な顔立ちは、見ようによっては女の子にも見えなくないが、冷ややかな黒眼は相手の眼力にまるで劣らぬオーラを放っている。
「おいおい、冗談やめてくれや。なんでオマエと一年、一緒に過ごさんとアカンねん」
「こちらこそタチの悪い悪夢だな。貴様と同じ空気を吸っているだけで肺が汚れる心地だ」
「なんや言うてくれるやんけ。やんのか?」
「生憎だが辞退させてもらう。貴様とやり合うだけ、時間とエネルギーの無駄だ」
「ほほう、臆病風吹かせて逃げるんか? ということは、俺の不戦勝ってことでええか?」
「…………調子に乗るなよ。そのような見かけ倒しの木偶などに、俺が後れを取るわけがない」
「俺の筋肉が見かけ倒しかどうかは、その身で味わって決めることやな。ええ? ひょろっちいもやしっ子クンよ」
「どうやら、貴様とはここで一度、決着をつけないといけないようだ。その驕り高ぶった鼻をへし折ってくれる」
「あ?」
「ん?」
睨み合いはエスカレートして、まさに一触即発。
同学年の間ではわりと有名人であるこの二人となると、下手をしたらシャレにならない規模の喧嘩になると見たのか、周囲の生徒達はこぞって距離を取りつつも注目するのだが、
「お~、これは見逃せない好カードですね~」
たった今登校してきた小柄な女生徒が、この剣呑な空気にも拘わらずに間延びした声を上げていた。
見守っていた生徒達はもちろん、睨み合っていた当事者の少年二人もそちらを注視するのだが、彼女はチャーミングとも言える黒の瞳を興奮気味にキラキラさせながら、
「かたや、スポーツ万能、ちょい悪に見えて実は義理人情に厚い、学校の各運動部に助っ人を頼まれても全て断らずに受けてしまう、浪速のバイタルモンスター、
「ちょ、ちょい待て黒木。なんやねん、その紹介!?」
「かたや、去年の学年総合四位の成績優秀者にして、剣道部の期待のホープ。社交的かつ気配り上手な完璧少年に見えて実はちょっとキレやすい、直情系クールガイ、
「その勝手につけられている二つ名は、持ち上げられているのか貶されているのかわからんぞ」
「そんな二人の決闘となれば、賭けは大いに盛り上がりますね~」
『…………は?』
「さてさて勝者はどちらになるか。皆さん、一口につき食券一枚でどうでしょうか? 胴元はわたし、新二年五組の
と、彼女、黒木小幸の間延びした、それでいて自然と周囲を盛り上げていくその一声で、
「俺、新堂に一枚っ」
「鐘鳴に二枚ね」
「堅実かつ大胆にいって、鐘鳴に五枚かな」
「大穴ねらいで、新堂くんに十枚よっ」
雰囲気に乗せられた生徒達はどんどん各々の食券を、彼女の手に預けていった。
「ちょいちょいちょい! 何でいつの間にか俺ら賭けの対象になっとんねん!? つーか、誰や今、大穴って言ったヤツ!?」
「勝手に話を進められるても困るのだが……」
さすがにこの展開には、当事者の二人の少年――新堂源斗と鐘鳴慧が揃って困惑して彼女を睨むも、その二人の視線の先にいる黒木小幸はまったく動じる様子もなく、
「ともあれ、お二人には、存分にやり合っていただきましょう~。それでは~、ふぁいっ」
「いや、『ふぁいっ』やのうてっ! あーっもう、どうすんねん、この空気!?」
「……仕方あるまい、ここは休戦としておこう。騒ぎも大きくなりつつある。決着は次の機会だ」
「チッ、オマエの言うとおりになるのもシャクやけど、確かにやめといた方が良さそうやな」
「こちらも、貴様と意見を合わせるのは非常に不愉快だ。先ほどから身体の寒気が止まってくれない」
「あ?」
「ん?」
「おお~、盛り上がってますね~。改めまして、ふぁいっ」
「やんねーよ!」
「やらないぞ」
「息ぴったりですね~。実は仲良しさんですか~?」
『誰がっ!?』
とまあ、このように横やりが入った影響なのか、剣呑な空気は有耶無耶となり、その場は散会。
源斗と慧の対峙はお流れとなり、小幸発案の賭けはノーゲームとなった。
実際、この一分後に、担任の体育教師が教室にやってきたので、新学年早々に騒ぎが大きくならなかったのは、まさに僥倖といってもいいだろう。
……後々、黒木小幸は二人の対決を賭けの対象として煽っているように見えて、実は咄嗟の機転でこの騒ぎを止めたのではないか? などという憶測が、二年五組の生徒達の中で囁かれたのだが。
真相は不明のままである。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「ねっ、ねっ、ソコの可愛いキミッ」
「え……わ、私、ですか?」
そんな、ドタバタとした二年五組の状況を知るでもなく。
一年三組の教室の片隅では、二人の女生徒が初めての出会いを果たしていた。
「や~んっ、見た目と同じで声も可愛いっ」
一人は、焦げ茶のハーフアップのセミロングの髪に、パッチリとした同色の瞳、お化粧の整った細面、耳のピアスも爪のカラーネイルもしっかりと飾った長身の少女で、
「そ……え? え?」
もう一人は、黒髪ショートのおかっぱ頭、少し眠たげな黒色の半眼、化粧っけも飾り気も乏しい、ちょっと丸みのある童顔かつ小柄で華奢な少女である。
「うっわー、近くで見ると、髪の毛サラサラやん? うち、ちょっとクセあるから羨ましいわ~」
「えっと、その、初対面でいきなりそこまで言われると、非常に恥ずかしいというか……」
「あ……ごめんごめんっ。うち、空気とか読めへんタイプやから、ついついグイグイ行ってしもうて。謝るから怒らんといて? この通りっ」
「……そうなんですか。別に怒ってないですよ。ちょっと距離感がつかめなくて、混乱しちゃいましたけど」
「あー、それは今後気をつけるわ。でも、うちがキミを可愛い言うたんは本心なんよ。こう、一目見てピピッときたのっ」
「そ、そんな。私なんかよりも、あなたの方がとても綺麗ですよ。人目を惹きつけてて、スタイルもよくて、とっても憧れちゃいます」
「ホンマに? ……そこまでまっすぐに言われると、なんや、とっても照れてしまうわ」
「それでいて、表情がコロコロ変わるの、羨ましいです。私は普段から、ちょっと分かり難いって言われますから」
「そんなことないって! キミ、めっちゃ可愛いやん。笑ったら、もっと可愛くなるって!」
「それは……その、ありがとう、ございます」
「だから、さっ」
「? だから?」
小首を傾げて問い返すおかっぱ髪の少女に、ハーフアップの少女は一つだけ呼吸をおいてから、にぱっと笑って、
「うちの、お友達になってくれへんっ?」
そのように手を差し出すのに、
「……私でよければ、喜んで」
驚きながらも、恥ずかしげに小さく笑って少女は、その手を取った。
「うち、
「はい。
これは、入学早々に友達になった二人の少女の、よくある出会いではあったのだが。
――遠い未来で。
この瞬間こそが、ある意味運命の出会いだったと振り返ることになるのを、二人はまだ知る由もない。
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