第九十二回「来る」 客待つ本
閉店の札を下げて店内に戻ると、この店で一番古い本の主がくわりと欠伸をしながら尻尾を揺らしていた。狐にも鼬にも見えるそれに実体はなく、見えるのは店主と一部の変わり者だけだ。
「今日も暇だったな」
「古書店とはそんなものだよ」
嫌味を笑って受け流した店主は、大して乱れていない本棚を見回りながら、本の場所を入れ替えていく。分野ごとに並ばない雑然とした本は、誰かに手に取ってもらえる日を待っている。
今日目につかなかった本でも、明日には目に留まるかもしれない。出会いとは、ほんの少しの偶然が生むものだ。
「ここは暑いから下がいいって? はいはい、わかったよ」
その手伝いをする店主は、今日も本にこき使われている。
300字で綴る物語 暁 湊 @akatsuki
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