気が違う、けれどそれには原因がどこかにはあって

「これが宇宙船です!」

 彼女に無理やりに連れられて、やってきたのは路地裏の奥深く、なぜだか路地の合間に生まれたらしい何もない空間に、どんとただ置かれていたずんぐりむっくりした、丸っこい何かの目の前で、彼女は再び西部戦線が如き平原をボクの目の前に、精一杯示すのです。


「へ、へぇ、これが宇宙船なんですか」

 なんというか、今時どれほど下手なSF作家であろうが用いないであろう、古典的な、というかもはやSF黎明期に出てきたであろう、鍋と鍋を上下さかさまにくっつけたかのような姿をした、ダサいどころか、失笑さえもを誘う図体をしていたのです。もう少し、この不細工さはどうにかできなかったのだろうか、ボクは思います。

 もちろん、それ以前にただの高校生なはずの彼女が、一体どうしてこんなものを用意してきたのか、謎はどんどんと混迷して行きます。なにせ、ごく簡単に簡単に「鍋と鍋を上下さかさまにくっつけたような姿をしている」と入ったものの、ソレのサイズ感は、人が余裕で数人は入るほどの大きさがあるのです。

 モダンアートとさえいえないであろう、洗練されていないデザインをして、どこかからくすねてきたわけでもないのでしょう。……もしかすると、どこか遠くの山奥にまでわざわざ赴き、そこで不法投棄されていた産業廃棄物の中にコレがあった、というのならば、絶対にないわけでは無いのかもしれません。

 どんな産業でさえ絶対に生み出すことのなさそうなこのゴミを、もし本当に産業廃棄物として不法投棄されていた、その場合は、産業と言うものは、思ったよりもおちゃらけたものとなってしまうので、そうでないことを信じたいのです。


「なんというか、斬新ですね」

 斬新、個性的、この二つの言葉を作った先人は日本、もしくは中国の人間の中で最大級に偉大な人だとボクは思うのです。迂遠な言い回しで、人を傷つけることなく、かつ噓をついているわけでもない、本当に利便性が良い言葉だと思います。

 キャトルミューティレーションをする側の機会だとは思えない、それどころかまだバターを作る機会と言われたほうが余程信ぴょう性のある、目の前に鈍色の物体を前に、理性の失せた、次に一体何をするのかさえまるで見当のつかない彼女の姿を視界の端に置きながら、彼女の言葉をおもねるのです。


「ふふ、そうだろう? この世に一つとない斬新な形だ」

 そりゃぁ、そうだ。宇宙に行くのに、一体なんでバカみたいに空気抵抗を引き起こす形をしたものを飛ばそうと思うのか、こんな形の宇宙船が打ち上げられないのは、斬新である以上にそれ相応の理由があるということを、もしかしたら彼女は気付いていないかもしれない。

 ああ、けれどボクはこれから死ぬのかもしれない。もしくはこれは人間バター製造機であって、ボクは今から第一号の人間バターになるのかもしれない。自信満々の彼女に肩を掴まれたボクは、ふざけた考えが一瞬にして悲嘆へと傾きました。今まで知らなかった、ぼくよりも華奢な身体をしている彼女の凄まじい腕力に抵抗などできません、何せ下手をすれば方が面白いように避けてしまうかもしれないのです。


「美しい光沢、見ほれちゃうね!」

 何をこれは楽しそうに言っているのか、宇宙人と話している時の気分はこういう物なのだろう。人の形をとって、自身と似たような言語を操り、さもコミュニケーションが取れているような反応を寄越していても、実のところその姿は人の姿を模倣する異形で、自身の知っている言語と究極的に近しい物を話していても、まるで違う言葉を操り、意志の疎通などまるでできていない。

 妙に妖艶な表情で、鋼色で不健康そうな重金属のきらめきを、いとおしそうに撫でる彼女を見て、ボクはそう思わないでは居られないのです。


「じゃあ乗りましょう?」

「の、る?」

 乗る、とは一体何なのでしょうか。純真に笑みを浮かべた彼女を見ながらも、もしかすると本当究極的に近似した、本質的には全く非なる言語を話しているのだろうかと本格的な疑念が湧いてくるのです。

 薄汚く薄暗い、こんな場所においてある金属製の何かに、またがれとでもいうのだろうか。

 その時、彼女が撫でたあたりから、空気が漏れたような音がした後、何もないように思えた一体が、扉のようにしてへこみ右側へと引き込まれるのです。


「宇宙船地球号、偉い人は地球のことをそう言うよね」

 後ろで両手を組みながら、楽しそうに暗黒の空間へと進んでいく彼女。時折こちらに顔を向け、何となく笑みを浮かべる彼女の姿に、今の意味不明な状況と、なにがあるのかさえ分からない漆黒と、それまでの彼女の蛮行を忘れてしまうほど、顔の整った彼女に少しだけ見惚れてしまうのです。


「ならば私はこれに、宇宙船鉄星号とでも名付けてみましょう!」

 ほら、こっちに来なよ。黒洞洞たる宇宙船鉄星号とやらの中でこちらを振り向き、招き猫のように手でまねくのです。いや、手薬煉を引いているという方が正しいかもしれません。鉄星号もしやこの塊は本当に鉄ででもできているのでしょうか、まるで理性の欠片もない瞳で、彼女は言うのです。


「ほかには宇宙船有海アルミ号って言ってもいいかもしれないね」

 ノリノリで名前を付けようとする彼女には、一体今ボクがどんな表情をしているのか、分かっているのでしょうか。

 まあ、ボクも鏡のない状況で正確に今のボクがどんな表情をしているかなど、分かるわけもないのですが、だからといって彼女の言葉を真摯に聞いているような表情はしていないと思うのです。少なくとも、ポジティブな表情はしていないと断言できます。


「今の状況を打ち破るのなら、常識なんてゴミ箱に投げ捨てなきゃダメなんだよ」

 けれど、彼女はついに行動に出るのです。まるで中身の見ることの出来ない暗闇に、まるで足を踏み入れないボクにしびれを切らしたのでしょう、少しつまらなそうに、少し怒ったように、少し虚ろなように、少し顔を歪ませて、ボクの腕を引っ張りました。思わずボクは目を瞑りました。

 現実を凌駕した闇、全く光を通さない内部は、まるで墨汁が液体のまま固まってしまったように見えて、息を止めました。


「……あはっ、間抜け過ぎでしょ、ほら目を開けなよ」

 しばらくして、スマートフォンか何かのカメラのシャッター音がして、笑いを必死にこらえる様な震えた声がきこえたときにボクはようやく目を開き、体が必死に求めた酸素をようやく取り込み始めるのです。

 するとそこには、現実では今まで見たこともない絵の具やクレヨンで塗ったような視界へと変化していたのです。一体どんなファンタジーであるのか、ボクだって意味が分からないのですが、事実としてリアルだったはずの輪郭も、ある程度デフォルメされて、網膜へと移りこむのです。


「さっさと、これ着てね。宇宙を目の前にして、私はほんの少しの時間を待てないの」

 熱に浮かされたような彼女の姿も、小さくお子様体型な姿がより強調されて見えて、彼女が渡してきた重量のある宇宙服とやらも、先程までのソ連軍人だかアメリカ人だかが着ていたような、古めかしくリアルなそれは、着ぐるみのような見た目へと変化して、先程の重さもどこかへと消失している様なのです。

 意味の分からぬ、理解の出来ぬ、空想世界のようなソレに、ボクは困惑しました。先端科学技術とやらはここまで、非現実的なことが出来る様になるほど、進歩しているのだろうか。まるで魔法に掛けられたかのような現状に、思考だけが速くなるのです。


「よしっ! それでは搭乗員の皆さん! 外をご覧ください!」

 仕方なく、重量が限りなく減少したソレを着て、しばらくすると何らかのボタンが羅列された板を持ち出してきた彼女が騒がしい声を上げ、大きく人差し指を天に向けて掲げるのです。

 外、その言葉を聞き取って、しかし周りは窓もない閉鎖的な空間、辺りなど覗けるはずもないのです。が、彼女は困惑しきっているボクに「信じれば何でもできる!」と、まるで窮地に瀕した日本軍ばりに意味不明なことを宣うのです。

 第一こんな宇宙服なるものまでを着させられて、一体何をさせられるというのか。


「……うわぁ、ナニコレ」

 外を見られると信じられる訳もない。しかし信じてもいないのにただの壁であった場所からは、あたりの光景が見えるようになっています。しかしながら、少しだけボクが知っている者とは違う、どす黒い何かが蠢く世界でした。

 ファンシーなパステルカラーで満ち満ちたこちら側とはまるで違って、なんだか悍ましいような見た目をしているのです。悪趣味以外の何でもありません。


「宇宙に向けて、旅立とう!」

 その瞬間、立っていられな程の振動がボクを襲います。どこにも身を預けていなかった振動によって、顎が暴れ、ガチガチと歯がぶつかり合い、少々痛いのです。あたりのなにかは、振動を始めた途端どこかボクらから逃れるように離れて、そして隠れてこちらを見るように、路地裏の隙間から除くようにチラチラとみる事しか出来なくなりました。


 その瞬間、景色が動き出しました。

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