第6話 シュテュルプナーゲル公爵領Part A
「美味しそうなもの食べてズルいってみんな怒ってます……お父様?」
リリスはそう言い絶対零度とも言える笑みを浮かべた。
その言葉が本当であればガイナスおじさんの娘さんという事だろう。私は自身の年齢を把握していないが私と同じくらいなのだろうか?
――それにしても身長が私より頭2つ分くらい高くないかな?べ、別に気にしてないけど!
夜で暗いのもあってガイナスおじさんの表情はよくわからないが、黙りつづけて少し呼吸が荒い。
「ほら、お父様早くこちらへ来てください。みんな待ってますよ」
――どこで?
それが素直な感想だった。
冥界などそう言った類だろうか?
リリスはガイナスおじさんの手を引きあるき出す。
「お待ちください!リリスお嬢様!」
「待つ必要がありますか?ピエール伯父様、貴方の奥様もいますよ?」
「……」
引き留めようとしたピエールおじさんもどうしてかガイナスおじさんの様に黙ってしまう。フラッピングエーテルの流れを覗くと心拍数が速いことから同様しているのだろう。
ミイラ取りがミイラになる、とはこのことだ。
「リリスと言ったか?君は何処から現れた?それに……ガイナスの娘ということであっているだろうか?」
「……そうですよ王都の黒騎士様、貴方の噂はかねがねお聞きしております。私はガイナスの娘でございます。私は都市の門から出てきただけですよ?」
「そうか……」
都市の門はどこにあるのだろう?そもそも都市などはなく草原が広がっているだけである。まるで幽霊の話をしている様なミステリーの話を聞いている様な奇妙で奇怪で寒い感覚が首筋から背筋にかけ走る。
――うぉおお……鳥肌がヤヴァい
「あ、お二人はそうでしたね……見えないんですよね?今もみんな見てますよ?」
――ワルくん!
ワルくんをチラり見るとなにか考察のポーズをとっていた。所謂『顎にフレミングの左手の法則を添える』仕草だ。
少し間をおいて彼は口を開いた。
「まさか、位相がズレたところに……あるのか?シュテュルプナーゲル公爵領の都市部が……」
「ええ、ありますよ。」
「それならなんで今まで……それに君やガイナス達は……なぜ今、こちらに位相が合わせられている……」
「確かに魔女様やうちの聖女様はそんなこと仰ってましたね〜……空間の位相がどうのこうのと……今、こちらに出られるのは私とお父様達だけなんです。魔女様と聖女様達もそれが精一杯みたいで」
――魔女に?うちの聖女?
「じゃあ……みんな……生きてるんだな?」
「はい、みんな生きてますよ黒騎士様」
ワルくんの声が少しだけ震えていた。やはり王国の人だけあって公爵領が無事で安心したのだろう。
それにホラー展開ではなさそうで私もホッとした。超常パワー的ななにかでどうにかなっていた様だ。なにがどうなっているのかは私にもわからない。
――はて?空間の位相?
なにかピンと来そうで来ない歯痒さがある。
「よかった……本当によかった……」
ワルくんが……心の底から喜んでいる様だった。王国の人だしやはり心配だったのだろう。
「ワル、お前……まさか……いやまさかな」
――なになに?全然話についていけないのですが?
「ガイナス……そのまさかだ……お前も人の親とはな」
「そうですよお父様、それにミッションクリアですよ!ようやくそのお方を連れて来てくれましたね?お母様もカレーの事以外怒ってませんよ?」
そのお方とはどうやら黒騎士ことワルくんのことみたいだ。
――やめて!私、話に全然ついていけてないから!
「怒ってんのかよ……それに黒騎士って兄貴だったんだな……道理でカレー作れるわけだ」
――兄貴?おじさん達よりワルくんの方が全然若そうだけど……
「ははは、まあ黒騎士は二足の草鞋ってやつだ……20年前まではな。リリスはもしかしてミーシャとの子か?ミーシャによく似ているな」
「そうだぞ兄貴、ミーシャも会いたがってたぞ……」
――私、おいてけぼりなんですけど〜!?
「どうしたアーニャさっきからもじもじして、うんこしたいのか?」
――く……!
「お父様そういうところですよ」
「ほんとほんと!ガイナスおじさんとクロノおじさんいつもそればっかり!」
リリスの後ろに回って威嚇する。
正直話についていけず除け者にされた様な寂しさから弄ってくれて嬉しかったりもする。でもうんこはないだろう。
「あらクロノ伯父様もそうなのですか?あ〜、シャロもそこで聞いてますのに」
「う……いるのか」
シャロってクロノおじさんの娘さんかな?リリスの口ぶりからはそう感じた。
「それに、貴女は?」
「あ、はじめまして……自己紹介出来てなかったです……私はアーニャと申します。」
「まあ私はリリスです!貴女の茶色の髪の毛、夜なのに綺麗にみえますね!羨ましい!宜しくお願いしますね」
「う、うん!よろしく!」
――茶色の髪の毛?
自分の髪の毛を手のひらにのせ私は考え1つ仮説をたてる。私が導き出した仮説は「ワルくんもリリスも色覚異常なのではないか?」だ。ワルくんも私の髪の毛を茶色と言っていたしその可能性が高いだろう。このド派手な色が茶色なわけがない。
「どうやったら俺やアーニャは都市に入れるんだ?ガイナス達は入れるんだろ?」
「すまん兄貴わからねえ、リリスはわかるか?」
「詳しいことは魔女様と聖女様から」
「魔女と聖女は初耳なんだが?俺のいない間に何があった?」
『私が話すよ』
――誰?この声!?って……私の声に似てない?
電話越しだと声が誰だかわかりにくい、というのが一昔前はあったがこの声は明瞭に聴こえる為、聴き間違えではないだろう。
「だれだ?この声誰かに似てるな?」
――気づいた!?私の声に似てるじゃん!?ってこれ念話的なやつかな?ファンタジー的な
『私は魔女って呼ばれてるね……やめて欲しいんだけどね、名前は……え?姉さんなに?もう……わかった』
『やっほ〜!私は聖女って呼ばれてる方よ〜!ガイナスよくやったわ!ミーシャにもしっかり言っておくわね!』
どちらも私の声に似ていた。今は口調の違いから魔女と聖女を判断するしかないだろう。
「うちの聖女達の声にソックリだな」
――え!?私の声にもソックリでしょ!?
ワルくんは聴覚も少しよくないのだろうか?後でワルくんの耳と目のフラッピングエーテルの流れが悪くないか診てみよう
「どうした……?アーニャ」
「そうだぞ、兄貴のこと横からそんな至近距離でじっと見て」
「は……!いやワルくん耳が悪いんじゃないか?って思って」
「……」
ガイナスおじさんから「なに言ってんだこいつ」みたいな目で見られた。
『話を戻していいかしら?』
「ご、ごめんなさい……」
『あら?綾子……?じゃないわね、ごめんなさい人違いね……でもおかしいわね今そんな気がしたんだけど』
――綾子?綾……綾……なにか……出て……こない……
「綾子っていったか?聞き間違いか?聞き間違いだろうな」
ワルくんはやっぱり難聴など聴覚障害だろう……
『姉さん、綾子姉さんが来るのはもっと先でしょ?それにどう見ても別人でしょ?声も違うから、まあ雰囲気や喋り方は確かに綾子姉さんぽいね』
『そうね……なにか違和感があるのよね……なにかしら?あ、そのローブは?』
『私も思った……』
魔女と聖女は私に興味をもったのか話を戻そうとしたにも関わらず、自ら脱線させていた。この2人も私と自分達の声が違う様に聴こえるらしい。みんな聴覚障害なのだろうか?異世界小説だとうまく言葉を聴き取れない発言をする主人公もよくいるし異世界は耳が悪くなりやすい何かがあるのかもしれない。
「わ、わかんない……記憶喪失だし……」
『そう、まあいいわ。今から二人とガイナス達を都市に入れる様に空間の位相をずらすわね。リリスは両方の空間に合わせてるから元の状態に戻すわね』
――なにかが始まる!?
話の流れ的に空間の位相をずらすと都市が目の前に現れるのだろうか?幻の都市が蘇る!!的な光景が目に映るのかもしれないし心が踊るような気分になった。
『はい!みんなの空間の位相ズラしたよ』
――この声は魔女の子かな?ワクワク!ドキドキ!
「あれ……みんな消えちゃた……」
都市は現れず、ワルくんもリリスもおじさん達も消えてしまった。
辺りは風が囁き、焚き火の木が燃え弾ける音が響いていた。
――寂しい!!
私だけ位相がズレなかったということだろうか?
『あれ?おかしいな……どうしてだろう?この子だけレジストされちゃった?姉さんわかる?』
『う〜ん、何かしら……わからないわね。貴女の魔科学をベースに権能で増幅させてるのにね』
――魔科学?権能?
どこかで聞いたような?
『もう一回!』
魔女の挑戦虚しく、私だけが世界に取り残された様な感覚だ。
――カレーでも食べよ
「じゃあ、この都市ごとこっち側に位相あわせられないの?もぐもぐ」
『それが出来たらいいんだけどね……』
『そうなのよね……おいしそうね……カレー』
――どこから見てんだ?
「そもそもなんでこうなっちゃったの?」
『この都市を守る為にも仕方なくね……』
『そうなのよね〜……20年前にね――』
聖女が語るには、どうやら大規模なフラッピングエーテルの災害がこの都市を襲い、守る方法が空間の隔絶だったらしい。しかし土壇場だった為に守るには守れたが今の状況から元に戻せなくなった様だ。
『当時は私がアドリブで術式を構築して、姉さんが権能で増幅させて今の状態を維持してるんだけどね……これを都市ごと解除するには天文単位の数の堅結びを一気に紐解くくらいの術式と魔力が必要でね、でも私空間系の術式あまり得意じゃなくてね……解除が出来ずにいるの』
ふ〜ん、なんて思ってはいたけど私は知っている気がする。魔科学についてをだ。
「私もその術式っていうのわかるかも?記憶は朧気だけど」
『そのローブは結社のモデレータ級のローブだし貴女も術式は知っているだろうけど……私は貴女を結社で見たことがない……それに貴女のガーデンシステムがないと術式を共有出来ないけどわかる?ガーデンのこと』
「ガーデン?ん〜……思い出せない」
――けど、ガーデン!出てこい!
なんて念じたら
『結社業務効率化アシストシステム GARDEN
・ガーデン 起動――正常
・AIルーン共に起動――正常
・異空間収納リスト――正常
・バイタルチェック――正常
・プロフィール――失敗
プロフィールを再読み込みしましたが精神体、魂核の該当箇所へアクセスが出来ませんでした。
・レイラインシステムアクセス――失敗
・レイラインシステム同期――失敗
レイラインシステムにアクセス及び同期出来ませんでした。以後、スタンドアローンにて維持します』
という文章がホログラムの様に映し出されていた。私はこれを知っている気がする。ステータスオープン!みたいな感じではなく古いパソコンを起動した時の様な感じだった。
「ガーデン起動したっぽい……あ!UIカッコいい!」
何か色々出来そうな気がする。『異空間収納リスト』が凄い気になる。なにが入ってるんだろ。
――『異空間収納リスト』っての押してみよ〜かな?
『あ、起動出来たの?今から私のガーデンからフレンド送るから』
「フレンド!?」
――なんか俗っぽいファンタジー!?
『ピコン!Peerアクセスによるフレンド申請が来ました』
「しゃ、喋った!!」
『記憶喪失なんだっけ?それはAIのルーンだから話しかけると便利だよ、フレンド承認よろしく』
「へ〜、そうなんだ……宜しくね!」
『貴女のプロフィールは……ブランクか……いま術式を共有するから』
「わかった!」
なんとなくだけどガーデンも使い方がわかる。しかし不可解なのが私は日本というファンタジー皆無なところにいた筈なのだけどガーデンを知っている。そもそもフラッピングエーテルという名称も知ってたし……それに結社にローブ……
――私は日本で結社という組織に所属し日夜魔科学について研究していた!?まあ、いっか……
魔女に共有してもらった術式だけど、これも不思議な事に
『多分位相のズレを解除するの無理だと思うよ?綾子姉さんと一緒にシズル姉さんも来る筈だしシズル姉さん頼りかなあ……』
――シズル?はて?どこかで聞いたような?結社とやらの同僚?
魔女の術式は突貫だったからか確かに無駄箇所が多く見受けられた。ただこのくらいであれば問題なく解除出来る。
――世界を渡る様な話ではないのだから
――う〜んと、これをこうやって……コピペして……あとはここの条件をこの場合にループして……この場合なら破棄して……この数値を超えると終了して、あとはオマジナイすればオッケーかな?
「出来たよ?」
かなり良い出来だと思う。オマジナイ頼りだから術式オンリーだと厳しいかもしれないけど
『え……?見せて?どれどれ?……――え?凄い!こんなの作れる人、別綾子姉さんやシズル姉さん以外にいたんだ……』
――別綾子?新キャラ?あれ?なんだろ……頭が痛いな……痛くないけどなんだか頭が痛い
『でも私じゃ制御出来ないかも……』
『私もサポートが難しいかしら……』
「私が行使するから大丈夫!行くよ!」
『え、ちょっ……』
――空間位相術式!展開!範囲を条件設定エリアへ拡張!あとはオート……
『なにやってるのよ!!権能のサポートないとこの範囲をカバー出来ないわよ!!今すぐ止めなさい!』
「大丈夫、綾子やシズルって人を待つのも時間がかかるでしょ?いまのうちに終わらせた方がいいでしょ?任せて」
――私、一人で野営とか寂しくて嫌だし!!さて仕上げのオマジナイ!!
「位相のズレよ〜♪とっとと〜♪とっとと〜♪滅んでしまえ〜♪」
『え、かわいい……アハハハハそれなんの踊り?』
『……なんでそれを使えるのかしら?』
術式エフェクトが何重もの束となり綾を織りなす光となり公爵領都市部があったであろう範囲を覆い空間の位相ズレを修復していく。
光が納まり目の前に視えたのは、きっとシュテュルプナーゲル公爵領都市部だろう。位相のズレは解除完了だ。
私はドヤ顔をキメた。
ぼっち野営回避は確実だ!ふふん!
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