第5話 失われた公爵領 Part B
「え、ただの草原じゃん……」
彼女はそう小さく呟いた。
ガイナス達が公爵領へ案内すると言い到着した場所はただの木々がまばらに生えた広い草原だ。困惑してしまうのも仕方ない事だろう。
「アーニャ……」
声をかけると彼女も察したのだろう、静かにガイナス達を見守っていた。
「すまねえな、アーニャ、それにワル……少し気持ちの整理をする時間が欲しい」
アーニャがこちらを見て、少しの間を置き頷く。俺も問題ないと考えていた。
アーニャも公爵領につれていくと言われて此処に連れてこられたのだし思うところもあるだろう。でもガイナス達の気持ちを汲んであげたのだ。優しい子なのだろう。
「うん……おじさん達今日はここで野営する……?」
「そこまでのつもりもなかったが……すまん、いいか?」
「うん、いいよ」
彼女はいつもの様に明るいトーンではなく、焦らせない様に優しく声をかけていた。
俺も出来る限りのことはしよう。
「夕飯は俺が作るがよいか?」
「ワル、作れるのか?」
「ああ、料理は得意な方だ」
「まあマヨネーズやら知ってそうだったよな、わりい今日は頼む」
「ああ、任された」
野営の準備をしている時も彼らをみるとずっと座って草原を見つめていた。時々溜め息混じりに俯き3人でなにやら話していた。
「ワルくん、おじさん達の気持ちが落ち着くまで此処にいてもいい?今日だけで終わればいいんだけど」
「まあガイナス達のアレは仕方ないな、それに俺も調査もあるし問題ないよ。」
アーニャが魔力災害の調査対象になっている、なんてことは言えないがガイナス達に付き合おうとする気持ちは同じだ。
――ガイナス達の気持ちはわかるからな
「そう、ありがとう……それと、ここって公爵領……だったの?」
「ああ、元公爵領都市部があった場所だ」
「あった場所……?」
シュテュルプナーゲル公爵領都市部は20年前に此処に存在した。
横にも縦にも20キロメートルほどはあったし我ながら思うと大都市だったが、『侵略者』と『魔物』の出現とほぼ同時期に跡形もなく瓦礫も残さず消えた。
消えた都市の周りを調査する特に魔力により分解された様でもなく、そこにあった質量まるごと消失したのだ。
俺は『侵略者』『魔物』の対応で出ていた為に巻き込まれなかったが戻った時には既に此処には何もなかった。
領民のみんなは多分……――いやそこは考えないでおこう。
ありとあらゆる観点から調査はしたがなにもわからず終いだ。唯一、ガイナス達生き残りに漸く会えたということぐらいだろう。
「そっか〜……そのお話聞いたら切なくなっちゃった……娘さん私と同じくらいだって言ってたし……」
「そうか……娘がいたんだな……ん?」
――ん?違和感があるな?ガイナス達娘いたっけ?そもそも結婚してたっけ?いや、公爵領じゃないところで結婚したのかもしれない……でも気になるな
「おじさん達大丈夫かな……」
「あ、アーニャ……君は今……」
そこで言葉を詰まらせた。
女性に無暗に歳を聞くのはNGだろう……
「私?今?」
大した話ではないし話題を切り替える事にした。
「お腹空いてるか?」
「うん……正直もうお腹ペコペコ〜、なんでこんなにお腹空くんだろう……前はそんな食べてたとは思えないんだよね」
本当にお腹が空いてそうな表情だった。せっかくの同郷民であるし特別な料理をすることにしよう。とは言え現地調達が必要だ。
「少し野草や野芋、球根さがしてくるよ。火をおこして肉をそうだな、このくらいの大きさで切っておいてくれないか?」
いわゆる2センチ四方のごろごろ肉だ。
「うん!オッケー!切るだけなら私でも出来る!」
割と野菜の原生種なのかこの世界で進化したものなのか?その辺に自生していたりはする。本当は玉ねぎや人参、じゃが芋があればいいのだが贅沢は言えない。
見つけられたのは野葱だが太く固く玉ねぎの代用となる葱、マッシュルームの様なキノコと、キュウリをデカくしたような中身が完全にカボチャな瓜だ、瓜はじゃが芋の代わりにはなるだろう。あとはサラダに使えそうな野草も取ったしまあまあな収穫だろう。
水洗いをして戻ったら日本刀を片手にアーニャが一仕事終えたような表情で待っていた。
――魔物でも出たのだろうか?彼女の強さなら問題ないだろう
「あ、ワルくん火も起こしたし肉切り終えたよ」
「あ、ああ……ありがと」
火は何故かキャンプファイアーの様に俺の背丈よりも高く高く燃え盛り、肉はゴロゴロサイズに切られジェンガの様に盛られていた。ところどころゴロゴロではないサイズを混ぜ固定している様だ。それに日本刀で切ったのだろうか……
――食べ物で遊ぶな!!そしてナイフを使え!!
何かツッコミを入れて欲しいのか彼女は期待を込めた目でこちらを見つめるが、どこからツッコめばいいのか正直わからない。それにあの刀、本物であれば国宝なんだが……
流石に食べ物で遊んだことは咎めないと……なんて思っていたら
「こ、こうお肉詰んでおけば邪魔にならないし、こっちで野菜切れるでしょ?えへへ」
なるほどそういうことか、とは思った。まあ肉はボールに入れてスパイス等で漬けるからボールに入れて欲しかったけど説明もしてなかったし、そういった気遣いは嬉しい。
「ありがとう」
そう伝え、肉ジェンガを崩しボールに放り込む。ドラゴンの肉の脂になれていないからか少し力んでボールに移した時の音が乱暴になってしまった。
「あ、苦労して積み上げた私の作品が……」
――いまなんか言ったか?
呟いた声が小さく聴き取れなかった。
すかさず肉にスパイスを揉んでおく
「し、シカトされちゃった……」
キャンプファイヤーの木がバチバチ燃える音が大きく、アーニャがなにかを言っていたのだが聞き取れなかった。
次に野菜を切ろうとしたら
「私が切るよ」
「お、そっか、じゃあこの葱をカレーに入れる玉ねぎみたいに切ってくれ、わかるか?」
「カ、カレー?カレーってあのカレー?カレー作るの?」
「そうだぞ」
「き、切る〜!バッサバッサ切る〜!」
乱心した侍の様なセリフを吐き、彼女は刀で野菜を切る。カレーに使う具材と理解したからか葱だけでなくどの野菜も理想的に切りそろえられていた。
「いい感じだな」
「えへへ、切るだけなら私にも出来るよ〜、今までもいっぱい切ってきた気がする〜」
切り終えた彼女は満足そうに笑顔でそう答えた。
この刀の事は追々聞くとしよう。
あとは肉を軽く炒め野菜を入れ水を入れて煮込んだら俺特製のカレー粉を入れるだけだ。調査で匂いを立てるわけにもいかなかったし中々使える機会は限られていたが、この辺は魔物もいない様だしタイミング的に今日くらいは良いだろう。急ぐわけでもないし軽くキャンプ気分だ。
「うわあ、本当にカレーだあこれ辛すぎたりしない?」
「ああ、まあ大丈夫だと思うぞ?辛いのが苦手な幼なじみも食べてたしな」
「それなら大丈夫なのかな?……――あと幼なじみ?もしかして女の子かしら?」
「う、んまあそうだな……」
「ふふふ、まあこれ以上は聞かないことにしてあげるわよ」
――そういえば、かしら?わよ?口調が変わったか?まあいいか
「あとあの月があの辺まで昇ったら食べるとしよう」
あと20分くらいかな?空は茜に染まり陽も落ちる寸前、正確には18時02分だ。
「ん?あれ……私、今なにを……まいっか、カレー楽しみ〜!!カレー好き〜!!」
――さっきの口調は聴き間違えかな?
「ワル……この匂い……カレーか?」
ガイナスが話しかけてきた
「そうだぞ」
「教えてくれ……!だ、誰にこの料理を教えて貰ったんだ……!?」
ガイナスが俺の両肩を手で掴み揺する。
「ガイナスおじさん……落ち着こう?料理人の血が騒いだのかもしれないけど、これは異世界料理だよ?私も知ってるし!私は作れないけど……」
アーニャのフォローが入る。
「あ、あ〜そういやこの料理はそうだったな。ってアーニャもワルも異世界人なのか?」
「あ、言ってなかったけどそうです……記憶喪失だけどそれは覚えてます。」
「まあそれはベラベラ喋るもんじゃないし、それで正解だ」
そう解釈してくれるならそれで良いだろう。
――いまは調査もあるしな
「それよりも飯だ。」
アーニャが昨日、米を余分に炊いて『異空間収納?』とやらで保管していてくれていた。どうやら内部は時間が止まっているのかは不明だが保管機能が優秀で炊きたてのまま出し入れが可能みたいだ。
――『篠ほまれ』という最高の米でカレーだぞ?美味しくないわけがない。
「「「「「いただきま〜す」」」」」
「うまー!カレーだあ!!ワルくんワルくん!めちゃくちゃ美味しいー!」
「そっかよかったよ」
「久々に食べたがうまいな!ピエールこれ好きだもんな?俺も好きだ」
「ガイナス違うぞ、みんな好きなんだ!これ」
「カレー美味しいですよね!私が肉と野菜切ったんですよ〜!」
「この肉切り方……小さいのと少し長いのがまじってんな。」
肉ジェンガ、固定用ブロッグだろう。
「そう、聞いてよおじさん達〜、ワルくんね〜私が一生懸命お肉を積み上げたのにさ――――」
アーニャは根に持っていたのか肉ジェンガを崩したことを言及しだし、ガイナス達にも色々言われてしまった。それに、俺が不機嫌オーラを出してシカトした事になっていた。
「そこはよ〜ワル、一言だけでも凄いな!よく積み上げたな!って褒めるべきだろう?実際凄いなって思ったろ?そのあと崩してればなあ。」
確かに凄いなとは思った。どうやったら肉だけであんな支え方できるのかは興味があった。
「調理の為に仕方なく、それにシカトしてないぞ、聞き取れなかった事はあったかもな」
「ワルくんそういうところ〜」
「ほんとそうだぜワル、このくらいの歳の子はちゃんと反応してあげないとな。それを『紡ぐ』って言うんだぜ、娘も女房もよくいってたぜ?」
――そうだったな……ガイナス達は人の親だったな。
そう考えるとその通りなのかもしれない。
その辺は俺に欠けているものもあったのだろう。
「アーニャ、すまなかった。料理でスペースを空けてくれたのに崩して申し訳なかった。最初は食べ物で遊んでいるのかも?とも思ってたしそこも併せて許して欲しい」
「あ……べ、べべべ別に遊んでなんか〜ないよ……」
「ん?アーニャ、お前食べ物で遊んたのか?」
「や、やだな〜ガイナスおじさん……そんなわけない、よ〜……」
――まあ……いいだろう……
「それにしても多めに作って良かった、みんなあと1皿くらいな」
全員、3皿目だ。まあ食べたきゃ明日また作ればいい。
「ワルくんおかわり〜!大盛り!」
「あ、アーニャずるいぞ!おれまだ3皿目食べ切れてねえのに!」
「俺もだ!」
「ピエールもずるいぞ!」
ガイナスが珍しく食い意地を張ってズルいズルい連呼している。まあ大人気はないが俺にとっては微笑ましい光景だ。
「クロノもか!くそ〜!ズルいぞ!もぐもぐ」
――全然大丈夫だからゆっくり食え
そう思いそのまま伝えようとした
その時、
「ズルいのは貴方ですよ?」
何もない場所から彼女は突然現れた。
――どこから現れた?ソナーにも感知はなかった……原理は?空間の隠蔽か?でも術式で発生する様な魔力の残滓はない……彼女はどうやって、どこから現れた?
「リリスか?2年ぶりか?背伸びたな……」
ガイナスがそう返した。
――ガイナスの知りあいなのだろうか?
「皆怒ってますよ?あそこで……お母様が特に」
何もない場所を指差し、彼女はそう告げる。
「い、いるのか?」
ホラー展開なのだろうか?嫌でもそう考えてしまうようなやり取りだ。しかしリリスという子は実態がある様だし幽霊や非科学的な存在にはみえない。
この世界に存在する術式やスクリプト形態化した魔法ですら1つの素粒子と科学で説明がつくのだ。しかし、目を凝らしてもなにもない。
「美味しそうなもの食べてズルいってみんな怒ってます……お父様?」
冷ややかに笑い彼女はそう告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます