第4話 失われた公爵領 Part A
世の中にはきっと理解の及ばない領域というものが在る。
主観、客観、価値観をならべると主観である。私のことをわかるのは私だけ。逆に他人のことはわからない。それが『主観』だ。
それ以外は10人いれば10人が「その通りだ」と口々にするのが『客観』であり、社会は『客観』が正しいとされる。
そして『客観』を加味しつつ私が考えること、すなわち『主観』を織り交ぜ自分が譲歩したものが『価値観』だ。
人それぞれが『主観』と『客観』を天秤にかけ社会性を保つものが『価値観』であるはずだ。
――でも人の気持ちって難しいよね、そんな理屈、無意味になることばっかり……
一晩寝れば「裸を見られた」ということに対する自身の憤慨も緩和するだろう、まあ過ぎた事は仕方ない、と考えているだろうと思っていた。怒りとは感情の一時的な高まりだろうと思っていたし――事実、寝て起きたら「お腹すいたな〜」としか思っていなかった。
それに?まあ彼はサラダ収穫係として貴重な存在だし、事故だったみたいだしまあ譲歩して許すのも吝かではないとは考えていた。まあ覗いた事実は消えないが。
「むむむむ……」
「……す、すすすす、すまん!!」
私は起きたらベタベタしているのが嫌で近くの川で朝の水浴びをしている。昨日いつもよりお肉を沢山食べたせいか普段よりベタベタしていたし今日は念入りにだ。
だから、またワルくんに見られないように気配を消しながらだ。気配を消せるなにかを発動できると知ったのは今日水浴びをする前に気付いた。ガイナスおじさん達にもワルくんにも全然気づかれなかった。これを使えば見られることもないだろう。事故だったとはいえ念には念をだ。
「貴方はいちいちラッキースケベをしないと気がすまないんですか?」
彼は私のいる方向とは逆を向いている。まあ、そうしてくれないと私も身体を拭いたり服着たり出来ないしそうするのは当たり前なんだけど……、なんでまだいるのだろう?
「いや……その、あの……食べれる野草を採っていてだな……」
まあ弁解をする為にいたのだろう。
彼の手には袋が下げられていた。野草がはみ出すくらいに見えているので大量だったのだろう。私としては直にこの場から去って欲しかったのだけど……。
「でも気をつけないと毎回こんなこと起きちゃいますよね?」
「すまん……、気配がなかったし大丈夫かなとは思ったのだが……」
――あ、もしかして……気配消したのが仇になった?それに気配消しても見られなくなるわけじゃないんだね……
そう言われてしまうと私も悪いなと思ってしまう。いや、私に悪いところもある。
でも……でも……
「……」
裸をまた見られた、という事実が私の感情を静かに昂らせ無言で彼の前から立ち去ろうとする。
それに追従する様に彼も、あとをついてくる。
まあおじさん達のところに戻るのだから仕方ないだろう。
「おうアーニャ、どこいってたんだ?小便か?にしては長かったな?ハハハ」
――クロノおじさん……セクハラ!!
ワルくんへの続・憤慨もあり、自身でも眉間にシワが寄るのを感じていた。
「ふん!!」
「おいクロノ、女の子にそんなこといっちゃダメだろ」
――ピエールおじさん!紳士!?
「そうだぞクロノ、女の子なんだうんこだったとしても黙ってなきゃな?」
――ガイナスおじさん!違うもん!違うもん!!水浴びだもん!!
「……」
「どうしたアーニャ黙ってちゃってさ、ちゃんとケツ拭いたか?手洗ったか?おいワル!その野草、そこに置いといてくれ」
ブチ
何かが切れる音がした。
人間怒ると冷静になれることを知った。憤慨しているだけまだマシだったのかもしれない。
私は無表情なのだろう、す〜っと頬から力が拔けるのを感じた。
――ガイナスおじさんとクロノおじさんはマッサージ抜きだな
まあこの仕打ちに対する対価としては妥当だろう。男と女の価値観の違いについて改めて考えるべきだろう。
――でも美味しい匂いが……
昨日あれだけ食べたのに私はお腹ペコペコで怒りはお腹の切ない気持ちに負けそうだ。
でもデリカシーのなさについては抗議したいし、ここはご飯を遠慮して怒っているということを理解していただきたいところだ。
「ほれアーニャ、ドラゴンのコンソメ角煮だ。昨日から寝かしたからトロトロだぞ〜?それにカラアゲだぞ〜?」
――ふん!そんなんで誤魔化されないし!
ぐ〜ぎゅるぎゅるぎゅる
「あ、ピエール!つまみ食いすんな!!」
「うほ〜、うめ〜、これ兄貴におしえてもらったカラアゲだろ?懐かしいな!」
――別に1日くらい食べなくても死なないし!!か、カラアゲ!?
ジュルリ
「その辺の野鳥から卵を拝借してマヨネーズというものを作った、まあ解毒したし大丈夫だろう」
「ワル、なんだそりゃ?マヨネーズ?ん?酢かこれ?これは肉にもサラダにもあいそうだなあ。後で作り方教えてくれよ!」
「ああガイナス、いいだろう」
――ま、マヨネーズ……別に私にはポン酢があるし……
ゴクリ
「マヨネーズとカラアゲ合うな〜」
「お〜いアーニャいつまで不貞腐れてんだ〜、悪かったよ」
「悪かった悪かった!一緒にご飯たべよ〜ぜ!」
――ふ〜んだ!
ジュルリ
「ワル、悪いがマヨネーズつけた唐揚げをな……?」
「なんだダジャレのつもりか?わかった、ア、アーニャ……唐揚げだぞ?マヨネーズは知ってるか?」
ワルくんがマヨネーズをつけた唐揚げを持ってきた。
――そんなんで許しませんからね!?
ぽた……ぽた……
――なんの音だ……?わ、私のヨダレがたれてる音!?
「アーニャ、さっきのアレ……本当にすまなかった。それにご飯食べないと身体壊すぞ?あっちでガイナス達と食べよう」
箸で目の前に唐揚げが運ばれてきた。
――なんでそんなことするの?嫌がらせ?嫌がらせ?嫌がらせ?
パクリ、もぐもぐもぐもぐ
「……――おいし〜!!!」
なんかどうでも良くなってしまった。
――食欲には勝てなかったよ……
でも、しかし、デリカシーの無さについては抗議した。水浴びする度にお花摘みと思われちゃうのも嫌だし。
「まあ下品な内容でからかったのは悪かったよ……、でもワルと戻ってきた時にただならぬ雰囲気を感じてな?ワル仮面越しでもしょんぼりしてたからな……」
「ああ、なんかアーニャプリプリしてたしな……」
――でも……うんこって!!やめてよ!
「うんこだけにプリプリってな!ハハハ!」
――く!ご飯食べてるんですけど……わ!この角煮おいし〜!
「おいし〜!!」
「はは、そうかいっぱい食え!」
「食べる〜!!」
まあ、ガイナスおじさんとクロノおじさんは少し下品なんだけど私が怒っていることやワルくんのしょんぼり加減から察した気遣いなんだろう。
「でもおじさん達もっと違うフォローの仕方あったでしょ……」
「まあそうだな!わりい!でもその前に怒ってたことは鎮まったか?」
――う〜ん、気配を消してた私も悪いし?う〜ん、事実は消えないけど
「アーニャ、ポン酢マヨネーズだ。」
――わ!ワルくんなにこれ!絶対カラアゲに合う!
「鎮まるとか許すもなにも怒ってないですし、おいし〜!!」
私の価値観なんぞはご飯で塗り替えられてしまった。主観や客観、価値観について考え始めていたのだけどそんなのは空腹の前には無意味だ。私も大人気なかったかなとは少しだけ、ほ〜んの少しだけ……反省している。
「そうか、良かった」
「さて飯もこれくらいにしてそろそろ行くか!」
朝ご飯をガッツリ食べ私達は公爵領へ向かう。おじさん達ともお別れかもしれないと思うと目頭が多少熱くなる。
――そういえばワルくんは馬ないの?
なんて思ってみてたら
「え?バイク!?なんでこんなのあるの!?どこから出したの?」
「なんでって、作ったんだけど?君のとは違うが空間を圧縮して小さくして携帯してるんだ」
――わ!わ!やっぱり!?篠ほまれやポン酢知ってたし!?マヨネーズ作ってたし?
「ワルくんって向こうの世界の人?というか髪黒いし日本人?」
「まあ日本人だ。あまり覚えていないことだらけだけどな」
「記憶喪失なの?」
「いや、随分昔のことだからな……」
――あ、そういう系の?まあ男の子だし不老不死とかそういうの憧れちゃうよね〜、格好も黒いしワルそうだしぷふふ
「そ、そっか〜、ま、まあそういう設定も悪くないんじゃないかな?」
「……そ、そういう設定ってなんだ?まあいいが、君も日本人だろう?髪の色やそもそも米を持ってたしな」
――髪?
この金髪や銀髪にもみえるプラチナピンクの髪の色が?日本人?もしかしてワルくんオタクだったのかな?アニメのみすぎでは?そもそも日本に住んでたのに髪の色すごいよね私。
「日本人だと思うよ?多分……?」
自分の容姿はどんなのかわかるが、日本人かと問われたら正直怪しい。でも昔から日本に住んでたと思うしそもそも日本語以外しっかり話せないと思う。
そもそも今現在日本語が通じているのが謎だ。異世界翻訳とかそんな感じなのだろうか?
――それよりも!
「ワルくん、サイドカーとかないの?」
サイドカーあれば寝れそうだ、とかは断じて考えてない断じて。馬はおじさん達の前に乗せてもらっていたが、どこか掴まってなきゃだめだし割と疲れるのだ。
「あるぞ乗るか?」
「やった〜!!乗る〜!!」
というわけでサイドカーに乗った。
おじさん達はバイクをみたことあるのか羨ましそうにしていたが私は独りで馬に乗れないし乗れない者特権だろう。
――というわけで出発〜!!
道中、魔物が沢山現れけどおじさん達もワルくんも強いし問題はなかった。
「魔物が多いな……魔力災害の影響か?」
ワルくんがそんな独り言を口にする。この世界であるから良いだろうが絵面的には痛い。黒い装備に仮面が増してそう思わせる。
――まあ、私もコスプレみたいな感じだけどさ。
「でもアーニャにばっか魔物寄っていってねえか?気のせいか?」
「や、やっぱり!?」
魔物はおじさん達を素通りして私を狙ってる気がする。多少、ワルくんにも行くけど大半の魔物は私に向かってきている。
「弱そうって思われたのかな?」
「いや……魔物は動物と違うからな〜。魔力が見えるならアーニャは逆に襲われにくい筈なんだ」
ピエールおじさんがその辺詳しいからか説明してくれた。
「それにアーニャを襲う時の魔物の面が凶暴すぎる、あんな血走ってねえよ普段」
魔物ってそういうものたと思っていたが……しかし違う様だ。私の異世界魔力が美味しいとかそんなファンタジー展開だろうか?
「そういえば……ドラゴンも凶暴化してたな……調査が必要だ」
――その調査に私が含まれてるんですよね?ワルくん……それに私ってなんなんだろう?どうやら魔法的なものも使える様だし
私はなんで記憶を失ってしまったのだろうか?――そればかり考えてしまう。
記憶がないことにより考えても答えなどでるわけもなく、どこか漠然とした不安がじわじわと溜まっていくのを感じている。
おそらく公爵領につけばおじさん達家族もいるしお別れだろうし、どうしたらいいのだろう?
――え、ワルくんしかいなくなるじゃん……まあ、公爵領で考えよう。
「あと1時間も走れば公爵領だぞ」
「わ〜楽しみ〜!!」
「思ったより早く着きそうだな」
早く到着出来ることにこしたことはない。その分、街も見て回れるだろうしね。
公爵領に近づくにつれ魔物も現れなくなりウトウトしはじめて寝てしまっていた。サイドカーのシートが思ったよりふかふかで振動もあまりないし心地良すぎたのだ。
――そして、夢をみた
『これおいしいね!』
『ふふふ、電車2時間かけて来た甲斐があったわね』
『また来たいね!』
『そうね、今度は○○くんと●●ちゃんとも一緒に来て食べたいわね〜』
『うん!みんなと一緒に来たい〜』
夢では私にソックリな女の子が2人、ケーキを食べている。私はそれを近くで観ていた。
これはどちらかが私なのだろうか?
双子だろうか?
日本にいたころの記憶?
そんなことを考え微笑ましい光景だなあって眺めていると片方の女の子が話しかけてきた。
『■■、私もいますぐいくから待っててね。■■――』
――ーニャ……アー…ャ
「おい、アーニャ」
――ふぇ?
「ありゃ?ワルくん、ドテールのミルクレープはどこですか?」
「ドテール?懐かしいな……けどカラアゲのおむすびさっき食べたでしょ?着いたぞ」
どうやら寝ているうちに到着したようだ。懐かしい夢だったと思うのだけど記憶にないし夢は夢なのだろう。
しかしワルくん、認知症のお婆ちゃんに対する対応の仕方だったのは解せない。
サイドカーから降りて空を見上げた。まだ陽も落ちていないしいい頃合いだ。
――でもね
「ガイナスおじさん……ここ……」
「アーニャ、ここが公爵領の都市部だ」
「ガイナス緊張してきたなあ……まずは娘や妻に謝んねえとな?」
「わかってる」
――え?なに?ここってさ
「え、ただの草原じゃん……」
「アーニャ……」
ワルくんが私にこれ以上はおじさん達をツッコまないであげてくれ――、そう言っている様に聴こえた。仮面越しだがワルくんも悲痛な表情をしているのだろう。
私を必要以上に娘扱いしていたのも、娘との思い出の地を巡っていたのも……全ての点と点が繋がった様に思える
――つまり……
ガイナスおじさん達はお墓参りに来た――そういうことなのだろう
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