第23話 あれから10年…ノル君水シュッシュ!!

 3日が経った。

 リナちゃんは目覚めない。


 リナロードのど真ん中に鎮座する私の家。

 さすがに邪魔かな?部屋数も少ないし、って思って結社の帝国支部に来た。


 帝国支部って前に止まってた宿屋らしい。

 結社の息のかかった宿だと思ってたよ…。従業員はみんな結社の人か内定した志望者。

 最近は支部食堂でがっぽり稼いでて庶民向けの分支店もあったりで連日大盛況。

 冒険者ギルドやフランチャイズによる店舗拡大なども考えてるみたい。

 さすがに帝国皇都にある宿なのでそれなりに大きい。

 リナちゃんの家でもあるし。


 本部の者として支部にお金を落とす構図でアーニアが一ヶ月分の全員分の宿代を魂核決済で前払いしていた。

 法人決済である為、アーニア個人の懐が痛むわけではないのだしまあ大丈夫なんだろう。

 私が前に泊まってた時も勝手に決済してくれてたみたいだし。


「そんな、アーニア様方からお代は受け取れません!」

 とか困っていたのだけど、アーニアもプライドがあるのだろう。強引に支払う方向に進めたいた。

 ただ支払い額をみてアーニアの表情が固まっていた事を、私は見逃さなかった。

 思ったよりも高かったのかな…??


 あとから聞いた話だと料理は自分で作るからその分、調整したらしい。

 高かったんだ。


 リナちゃんについては、健康も健康でバイタルサインは全くの異状なし。でも目覚めない。


 埒が明かないため、別綾子に憑依している子に聞くことにした。

 どうやって?


 別綾子が手綱を握ったまま、意識をその子に渡すらしい。


「じゃあ、行くね。」


 そう別綾子が言うと、雰囲気が変わった。

 根暗の私が言えることじゃないけど根暗感がやべー!


「あ!やっと自由になった!あのさ…、私、もうこの子の中から消滅して本体に反映されてもいいからさ。もう消えるね、じゃあね。」


 なんていい始めた。でも問屋はそうは卸さない!


「あれ?私、消えられないんだけど?どうして!?あれ?なんでそんなこと出来るの!?早く消えさせてよ!!私が自由になれないこの子の身体にいても嫌だよ!」


 うわあ、泣き始めちゃった。

 消えたいとか言いながらガチ泣きする女の子のヤバい絵面である。

 しかも姿は私と一緒だから質がわるい。


「あのさ、リナちゃん目が覚めないんだけど、なにかわからない?リナちゃんになにしたの?」


「ぐす、リナちゃん?ああ、龍の子ね。」


「なにしたの?リナちゃんに」


「なにをって精神体を侵食しただけだよ。そしたらこの子の精神体がどこかにいっちゃってさ、それで侵食出来なかった。精神体が見えなくなったのは私のせいじゃないからね。」


「あ、そうなんだ。ご苦労さん。次は私のいた世界に戻る方法を聞くから。それまで大人しくしてて。」


 そう言って別綾子さんが戻ってきた。

 完全に制御してるんだね。


 結局、リナちゃんの精神体がどうなってるのかわからないので状況としてはあまり変わらない。

 同じく精神体絡みで私と入れ代わり割とその辺が詳しいアーニアでもお手上げ。


 ―――っとなると

「ノアならなにか知らないかな?種族的に。」


「ノアか……一応、聞いてみるか。」


「ノア?その子も神龍なの?」


 別綾子の世界にはノアがいないのかな?


「神龍が2体も家族とか頭が痛い……」

 別綾子が額に手を当てる仕草をする。


「まあ、リナもノアもあの『女』の子だから下手したら生まれ代わりみたいなものかも。」

 アーニアがそう説明する。

 あの女?


「あの皇龍姫の子ども?相手は!?まさか」


「大丈夫、転生秘術みたいなものだし相手はいない。けどノアは私とノルくんの魔力で、リナは私の魔力だけで孵化させた。あの女が甦らないように。だから実質、私が親かな?」


「あ、ならいいか。でもやるじゃん、そのノアって子は実質、貴女とノルくんの子どもだね。おめでと。」


「あ!そっか!そういう事になるね…やった!でも、ノアはこの綾子についていかなきゃいけないみたいだから、でも免除出来ないのかな」


 ノルくんとアーニアの子?でもそのえちちち〜な事して出来た子じゃないからなにか微笑ましい話である。

 えちちち〜な事してアーニアに子が出来ていたら?先を越された〜!って私は2週間寝込むだろう。

 だって私は私の知るノルくんに会えてもいないんだよ!?

 自分の知るノルくんが近くにいるだけアーニアは幸せである。

 しかも魔力を併せてできた擬似的な子どもだと!?けっ!


 おっと……心が乱れちゃった。


「まあ、ノアを呼んでみよーよ。」


「そうだね、連絡いれてみるわ」


 アーニアがノアに連絡しだした。

 なにやらノアがなんで私も一緒に連れて行かなかったのかと喚いているみたいだけどまあ、なんとか宥めたみたい。

 最近反抗期?なのかノア結構ワガママを言うようになってきている。

 歳は今年で13歳。

 え?私?ノルくんに関わること以外でワガママはあまりいいませんが?


「ノアあと3日で来るって、リリスと一緒」


 3日か〜、惑星の裏側から!?早くね!って思って聞いたら最近凄く成長しているらしくノアには可能らしい。




 3日が経った。

 この3日間は疲れた。

 何をしていたかと言うと、帝国のコロシアムを借りて模擬戦をしていたのだ。

 別綾子が強い、強すぎる。私とアーニアで揃ってヤラれていた。

 特段、一撃に破壊力があるというわけでも防御結界が強いわけでもなくただスピードが早く急所を狙う。

 それだけで私とアーニアはワンパンされる。

 私は刃を潰していたとはいえ刀持ってたんだよ?剣道3倍段だよ?当たらねえ。

 それにあのアーニアがワンパンだよ?あれ?夢でこんなことがあったような?

 まあその話は別のお話。


 ようやくノアが今日来る。

「ノア最近わがままだから、別綾子に鍛えて貰いたいね。ほら精神がどうのって別綾子もいってたじゃん?」


「それは同感、あの子……ノア、反抗期なのかね?」


 別綾子に模擬戦で負けて私もアーニアもこうノアわがままだな〜、と言うことで傷の舐め合いをしていた。

 我ながら子どもである……!だってまじで悔しかったから!そのあとの別綾子vsノルくんではノルくんが楽しそうでさ!

 私、じゃなくアーニアがハンカチを噛んでたからね。それをみて私は冷静でいられた。


「ノアそろそろ来ると思うんだけど」


 帝国の城の1番高いところで私とアーニアで待ってた。

 城を我が物顔で使いたい放題である。

 こちレイちゃんが一言いったら使いたい放題になった。

 帝国の人達、みんなこちレイちゃんに跪いて涙していたけど?何故?


 遠くの空にデカい影が、轟音と共に近付いてくる。

 うわ、まじでデカい、城くらいありそう。


『ノア!それじゃ帝国が滅んじゃうから!スピード緩めるか小さくなりなさい!』


 アーニアが注意した。


『は〜い!わかった〜!』


 その瞬間、ノアの大きいドラゴンの身体が光に包まれ光が小さく収束し、私より頭1つ分くらい小さい女の子に変化した。

 ノアは人化出来る様になったのだ。所謂コンバートである。フラッピングエーテル【通称魔力】と呼ばれる素粒子を細胞の核で操り、その身を自由に作り変える神の所業の様な技術である。

 ちなみに私はナッちゃんに教わっていて猫で挑戦して猫耳と尻尾は出せる様になった。


「アーニア様〜!綾子様〜!ズルいよ〜!みんなで旅行なんて!ズルいズルい!」


 そんな事を言って空中から突進して来た。

 リリスちゃんは投げ出されて落ちていっちゃったけど……――まあ着地してると思うけどね。

 でも、これ直撃したら衝撃何メガトンあるんだろ?

 やばくね?あれ?


 やばいやばい!


「ノア!やめなさい!城が壊れるから!ワタシ!防御結界!」

「わ、わかった!」


 ガン!!そんな音を立てて結界がノアを弾く。


 まじでヤバかった〜、城がガレキと化すとこだった。

 ノアの手加減の出来なさをどうにかしなきゃいけないのが次の世界へ一緒にいく為には必要なことである。


「いった〜い!これ綾子様の防御結界でしょ!この〜!!ぬおりゃ〜!!」


 やめろ〜!!無理に結界をこじ開けようとするなあ〜!あと多分こじあけるの無理だぞ!!



「少し静かにしなさい。やっぱりあの『女』が目覚めて来てるんじゃないの?」


 別綾子さんがいつの間にかやってきた。

 あんただ!あんたしかいない!やってくれ!黙らせてやってくれ!


「え!?アーニア様?」


 ノアが別綾子をみて驚いたと同時に別綾子がフッと消えノアの背後に現れ首辺りをトンッと軽く叩く。


「ふぇっ!??」


 糸の切れた人形の様にノアが落ちていく。

 別綾子が下へ周りキャッチする。

 ノアの顔を見た別綾子は微妙な表情をしている。

「なんかこの子、私達にかなり似てるね。少しレイちゃんにも似てるね、ノルくん成分はあまり感じられないけど。」


 別綾子がノアを見た感想だった。

 顔の作りは私達、篠村綾子にかなり似通っている。

 しかし髪は黒く、若干目尻や所々のパーツでレイちゃんに見えなくもない。


 恐らくアーニアの魔力で孵化し、私と一緒にきたレイちゃんから魔力を吸収していたからその名残なのだろうというアーニアの見解だった。

 レイちゃんもレイラインシステムの大障害に巻き込まれこの世界に来た途端に魔力詰まり体質で起き上がれないほどだったのをノアが詰まった魔力を吸収することでなんとかしていたのだ。

 今はシステム障害もないし吸収は必要ないけどね。

 

 でもリナちゃんは、そんなに私達に似てないよね。


 ひとまずノアが帝国にとって災厄にならずに済んだ。

 あ、でも

「ノア気絶させたら聞けないね」


「あ、そうだね。どうしよ。」


「まあ、でもこの子が素直に教えてくれるの?」

 別綾子が疑問を投げつける。


「あの『女』じゃないし大丈夫だよ。こう駄々は捏ねるけどお願いしたことはやってくれる。」


 あの『女』=皇龍姫が誰かわからないけど。よっぽど『敵』だったんだね、素直にそう思った。


「そっか、ならいいけど。」


 ひとまずノアの目が覚めるまで待つか。

 いつのまにかリリスちゃんが現れたのでノアはリリスちゃんに任せた。


「じゃあ、今からレイラインシステムの総点検しようか?」

 アーニアさん!?


「あ〜、そうだね時間も空いたことだし。」

 別綾子さんも!?


「わ、私はちょっとお腹痛くて少し横になろうかな?」


「お腹痛いの?大丈夫なの?」

 別綾子さん?優しい!アーニアみたいに鬼じゃないんだね!?

 ――って思ってたら笑顔でアーニア印の結社謹製ポーションを渡してきた。


「これ、凄いよね。私も自分のいた世界に戻ったらこのポーション作ってみるんだ〜えへへへ。これ飲んで治してがんばろう、ワタシ。」

 別綾子さん、純粋に心配して気遣ってくれたっぽいのだけど、私にとっては逃げ場を失なわせた鬼にみえる。

 アーニアはポーションを褒められてドヤ顔である。


「あ、ありがと……がんばる」



 こくこくこく

 うわぁ、めちゃくちゃ効くなあこのポーション。

 やる気もなんでか出てくるんだよな!?このポーション!

 怪しい成分入ってないよね!?


「よし、やるか!!」


 一応、別綾子がさっき憑依してた子にも聞いたけどどこイジったか覚えてないみたい。


 私はステータスの付加価値システム周りを見ていた。

 まあこの辺はまだ優しいからね。理論的におかしいところがないか?バクはないか?入力値におかしい存在がいないか?を一気にやってくれる術式を組んで検索させてる。

 その間は、私の異空間からミルクレープをシレっと取り出して紅茶を淹れ管理者ウインドウに表示される進捗率ゲージを眺めていた。

 

 現在のサーチ進捗率は38% Result 0件

 まあここは大丈夫なのかな?さあミルクレープでも食べるか〜。


 ってなんか視線が……

 ――同じ様に検索術式を組みおわって暇になったであろうアーニアと別綾子が無言でこっちを見てくるのだ。

 圧力を感じる、特に別綾子から。

 狙いはミルクレープか?それとも、私がサボっている様に見えた?

 ――あ、確かに暇になったとは言え仕事しながらミルクレープ食べるってお行儀悪いもんね〜。

 うん、これは私が悪い、紅茶はともかく。

 ミルクレープは仕舞おう。


「え?あ、仕舞うの?」

 別綾子が反応しだした。

 え?ごめん!ちゃんと仕舞うから!

 さっとミルクレープを仕舞った。


「ごめんね、仕事中に紅茶淹れるから。ハイ!これおいしいんだよ!」


 紅茶を2人分だした。

「あ、ありがと、このお茶おいしいね、でも――」

 あれ?元気がないなあ別綾子…ノルくん成分が切れちゃったのかな


「大丈夫?別綾子……ノルくん不足?」


 アーニアがなんとも言えない顔をしだした。

 ――なんで!?


「あれ?綾子〜、ミルクレープの甘い匂いがしたんだけど?気のせいだったのかしら?」


 アヤがどこからとなく現れた。

 犬か!?いや、犬でもそんなに嗅覚よくないだろ!?


「ミルクレープなら仕舞っちゃったよ。仕事中だしね。」


「いや、仕事中だけどいいんだよ?ミルクレープは食べても」

 別綾子が言い出した。


「え!?いーの?」

 なーんだ!ミルクレープ食べよう!って思ってミルクレープを再度取り出した。

 1つだけ


「あ……」

 別綾子は哀しそうな顔をする。


「こら〜、ひとりだけ食べてたらみんな食べたがるでしょ〜?なんとか水のことみんなに言っちゃうわよ?私はツムギちゃんが作ってくれるならいつでも食べられるけどこっちの綾子は食べたことないかもしれないじゃない。自分同士仲良くした方がいいんじゃないかしら。」


 なんとか水?まさかノルくん水?それはやべー!

 あ、アーニアがジト目をしてる!これはやべー!


「じょ、冗談だよ!やだなあ、みんなの分もあるから……!」


 別綾子の表情がパァっと明るくなる。


「1000食くらい、異空間に収納してるからいくらでも大丈夫だよ!」 


 ――ってなわけでみんなに振る舞った。

 アーニアはどかか疑い目をかけたような視線でこっちをみてくるけど。

 ノルくん水、バレませんように


「これ、本当においしいね、これも教えてくれる?」

 別綾子、これでミルクレープ20食目である。

 私、そんな食いしん坊キャラだっけ?アヤみたいだぞ!?


「うん!全然大丈夫だよ!あ、アーニアさんや、レシピは渡しちゃダメなの?」


「全然大丈夫だよ。まあレシピは貴女の成果だし好きにしていいよ。それよりなんとか水って「良かったね〜ワタシ!これがレシピだよ」


 アーニアの話を途中でぶった切って別綾子にレシピを共有した。


「この身体を乗っ取られてこの世界だけじゃなく私の世界のみんなにも迷惑をかけちゃったからどうしようと思ったけど、これだけでも身体を乗っ取られた甲斐があったかも……――ありがとうワタシ!みんなにおいしいご飯を食べさせられる。」


 いえいえ〜。私はゴマをするような仕草をした。

 プライド?引きこもった頃から半分は捨ててんだよ!

 というか別綾子って私に比べると大人というかだいぶ落ち着いてるね。

 アーニアでさえたまに私っぽい落ち着きの無さは目立つのに。

 あれ?私と入れ替わった時の後遺症じゃないよね?

 いや、そんなわけないはず。


「はあ〜、なんとか水ってのは気になるけど何か研究成果があって発表出来そうならその時はしてよね。」


 アーニアがそう言った。

 綾子学会があれば全綾子が総立ちしそうな研究成果いっぱいあるんだけどね!「ノルくん水」とかあと色々ね。

 最近は構想段階だけど「ノルくんに抱かれ枕」とかいうノルくんに添い寝してもらう体験できる枕を考えてたんだけど…!どう考えても禁忌だから私にはまだ早いかな!?

 もし作ってる人いたら頭イカれてるし。

 でも作ってみたいなあ…!?


 そんな、こんなで検索術式は完了した。

 どうせなんもみつからないでしょ?知ってる!

 な〜んて思って余裕ぶっこいて管理者ウインドウをみていた。


 現在のサーチ進捗率は100% Result 異常1件

 detail:

 対象:ケビン・ストラタス

 スキル:魅了【無制限】精神体を侵食し眷属化する。


 上記は異常です。データベースに無いスキルです。


 この名前て確か。あ、え、あの男か。

 なんか悪寒が……ノルくん水シュッシュッ!あ〜包まれる〜!

 これはあまり関わりたくない案件だなあ…


「くんくん、これはノルくんの匂い!?貴女、そのスプレー、ちょっと調べさせてくれる?」


 あ、やべ!しまった!ぎゃー!!アーニアさん!これは違うんすよ!違うくないすけど違うんすよ!


「いいから早くそれを渡しなさい」


「あら〜、綾子バレちゃったわね〜」


 あぁ終わった――

 釈明する為に脳をフル回転させてはみたものの、空回りしていた。


「違うんすよ!ほんとにほんとに違うんすよ!違うくないけど違うんすよ!だからご勘弁を〜!私にお慈悲を〜!それすら取り上げられちゃったらノルくん欠乏症になっちゃう〜!!」


 私は命乞いするかの様に、必死に弁明していた。

 それは今にも蛇に捕食される寸前のカエルの如く。

 それは処刑を免れたい罪人の如く。

 アーニアには悪いことをしている自覚はある。

 我ながら見苦しい限りである。


「……――」


 別綾子が状況を理解していないのか?目を私とアーニアに行ったり来たりと泳がせ沈黙を貫いている。

 いや、困惑しているだけか?同じ綾子なのに?

 わからないの?ピーンとこないの!?

 いや、それどころではない


「なに?いきなりどうしたの?」

 え?アーニアさん!?


「え、だって、それが、そのスプレーが何かわかってるよね多分……怒ってないの?」


「え!?なんで!?」

「だって、ノルくんに関わる怪しいことしたんだよ?怒らないの?前に両腕シートベルトしたら怒ってノルくんお触り禁止令出したじゃん」

「はぁ〜、そりゃムカついた時もあったよ?それよりも!貴女がいく次の世界、本来行くべき世界の、貴女にとってのノルくんに悪いじゃん?それなのに両腕シートベルトとか。貴女それ理解してる?」


「あ」


 心に針が刺さるような、頭を鈍器で殴られた様な、アーニアの渾身のパンチを1000回くらった様なそんな痛みを胸に感じた。


「私は、なんて……うっ……ことを…ウッ…ひっく…ウゥう…――ふえ〜ん、ノルぐんごめ〜ん!うわぁ〜ん」


 久々に泣いたな〜、盛大に。

 心が裂け溢れた様に涙が止まらなかった。

 アーニアも別綾子もオロオロしだした。

 メンタル不安定女子なめるなよ!?伊達に引きこもったりしてないからね?

 別にイキってないし!?


「まあこのなんとか水?ならまあいいよ。成分もこの世界のノルくんに関わるなにかとは言え、まあその欠乏症やらってのはわかるし……――それに貴女の感情や記憶が一部入れ替わった時に残っちゃってるしね。なんというか貴女は色々とこの世界で学ばなければいけない。その為にこれが必要なら、次の世界の貴女にとってのノルくんの為になるなら、これは使ってていいから。」


 いいの?でも、これはこの世界のノルくんのだから。


「あの、このノルくん水、全部貴女にあげるよ……――私にとってのノルくんはこの世界のノルくんじゃないから……いままでごめん……――」


「あ、あ、あ、別にそこまで思い詰めなくてもいいのに、でも貴女に覚悟があるならこれは貰っておくね。」 


「う、うん、はいこれで全部」


「うわあこんなに、でも受け取っとくよ……――なんで手を離さないの!?手を離しなさい!渡しなさい!」


 結局、アーニアに力づくで奪われた。

 いや違う、私の覚悟に杭を打って貰った。


 ここまで真面目な話っぽい雰囲気を醸し出してはいるけど……

 ――この会話、他の人が聞いたら狂気しかないよね!?

 ノルくん水だよ!お風呂の残り湯だよ!?いやでもアーニアや私にとっては真面目な話である。

 別綾子も多分理解している。


「でも、お風呂の残り湯とはいいところに目をつけたね。ワタシ」


「へへへ〜、わかる?これはちゃんと不純物を取り除いてノルくん成分を抽出してから濃縮還元したんだよ!わりと良い出来だと思うなあ!」


「わかるわかる!へえ〜、やるなあ。まあでも寝具とかでもグッズは作るべき。まあプロトタイプはあるんだけどね『ノルくんにだか……』おっとヤベ、なんでもないわ。」


 これはまさか、いやまさか、私も構想段階のあの禁忌??

 この会話は別綾子も理解しているはず。きっと今にも会話に加わりたいはず。


「いや〜、アーニアさん理解が早いっすわ〜。」

「いやいや、さすが私だよ〜目のつけどころがいい。」

「別綾子もわかる〜?」

「わかってるはずだよ!絶対に!」


 お膳立てはした!さあ一緒に楽しも!?


「え、残り湯?それ本気でいってるの?全然わからない」


 別綾子が驚愕の表情を浮かべる。

 わかりやすく言うと、まじかこいつら?みたいな顔してる。


「「なんで!?」」

「え、残り湯でしょ!?」


 ダメだお話にならない。

 同じ綾子とは思えない。

 本当に篠村綾子か?


「あ〜、この人こんな感じだったかも……私がこの人の世界に立ち寄ってた時も。でも8000年くらい前の話だから記憶が朧げだなあ」


 アーニアがそう囁やく


「あのね聞こえてるよ、まあでも貴女がいなくなってから私にとっては20年くらいの感覚なんだよね。まあ世界の枝が育って同じくらいの高さになったからかもしれないけどね。でもまあ世界の発展具合からがんばったんだね。結局中世時代風に落ち着いた感じ?でもノルくんについては相変わらずみたいだね〜。」


 あ、アーニアは引き込もりとか関係なく私と同類なのか。

 別綾子はなんでこうも違うの!?


「まあね、2回惑星が滅びかけたけど……」


 滅びかけた!?


 それにしても、あのアーニアが手玉に取られているな……、まあ私にとってアーニアが上司みたいなもんで、アーニアにとっては別綾子が上司みたいなもんだもんね。


「結局、別綾子はなんでそんな大人びて落ちついてるの?本当にワタシ?って思っちゃったよ。」

 

 ド直球に空気を読まずに聞いてみた。


「おや?それだと私が子どもみたいに落ち着きないみたいじゃない」

 アーニアさんからクレームがはいる。

 まあ私よりは大人だよ、でもたまに大人げない。

 それよりも別綾子!


「私は私だよ?進んできた道が違えば多少違いは出てくるよ。でも基本的には貴女達と私は大した違いはないはずだよ?強いて言えば……――いや、なんでもない。貴女達もがんばりなさい。」


 強いて言えば?なんなの?強いて言えばなんなの?気になるじゃんか!

 どこか別綾子の頬が朱くなってる気が?気のせい?まあいっか、人には話たくないこともあるのだろう。


「まさか!?まさかのまさか!?」


 アーニアがいきなり大声で言い始めた。びっくりした。どうしたの?


「!?ま、まあご想像にお任せするよ」


「ま、まじか〜私もがんばんないとね……」

「あらあら〜、そっちの綾子〜ふふふ。こっちの綾子もがんばんないとね。こっちの綾子もね。」


 アヤが後からアーニアと私の頭を撫でそういう。

 なにを!?なにをがんばるの?大人になって落ち着けってこと?

 う〜ん、本でも読んで勉強するか!


「確か結社の図書館に『出来る大人の女!の作法コンプリートブック』があったから読んでみる!」


 アーニアは苦笑い……なんで!?

 別綾子は優しく笑って頭を撫でて来た。


「この綾子可愛いでしょ〜?」


 アヤ!可愛いって言うなあ!それ孫に対して使う「可愛い」って知ってるし!

 可愛いとか言われてなんか恥ずかしくなっちゃったよ。


 あれ?なんか忘れてる気がするな?あれなんだっけ?


「そういえばレイラインのシステム異常見つかった?こっちはなんにも。」

「こっちもない」


 あ!そうだった!ノルくん水がバレる発端になったケビンって奴の!許さね〜!ってあれ?バレて良かったって話になったんだ…。でも…また気持ち悪くなっちゃった…。


「ステータスのシステムで異常みつかったよ……これ」


 検索術式の結果をみてもらった。


「うわあ、まじでもろこれだよね。精神体への侵食って……こんなスキルをステータスに入れた覚えないし」


 だよね。

 アーニア曰く、悪用されそうなスキルは組み込んでないそうだ。


 というわけで別綾子には憑依してる子を呼び出してもらった。


「あ〜、これこれ。」

「なんでこんなスキル入れたの?」

「なんでって、自分の侵食以外に手駒を増やそうとしたのよ。その後にこのケビンって女たらしの奴を従わせたら使いやすそうじゃん?」

「どう従わせるの?」

「そりゃあパンツでも見せたら従うでしょ?男ってそういうもんじゃないの?私は恋愛経験とかないからよくわからないけど――て、痛い痛い!痛い!もうそんなことしないし出来ないから!痛いからやめて!」


 憑依してる子が頭を抑えて転がりだした。

 正確には憑依された別綾子の身体なんだけど、ややこしい。

 あ〜、別綾子に中で何かされてんだな…。


「もう貴女にこの身体で好きかってさせない。なんかイライラする。代わりに通信回線専用に繋いで上げたからそれで喋って。」


『うう〜、痛かった。永いこと痛みと無縁だったけどこれは、辛いね。』


「なにがパンツみせれば従うだよ…頭おかしいだろ。」

 別綾子、おこである。そりゃ自分の身体でそんなことされそうだったと知ったら怒る。


 まあ恋愛については他人のこと言えないけどさ。

 パンツ見せて従う人もいるかもしれないけど、ケビンってヤツにはそれ逆効果じゃないの?偏見かもしれないけど…


『役に立つ情報だったでしょ?私もミルクレープ食べたいな。この状態だと感覚がないから少しだけ身体貸して?悪いことしないから』


「はあ?なにが役にたっただよ悪いことした身分でさ……罪滅ぼしにもなってない情報のすり合わせだよ?それに感覚ないんじゃなく切ってるだけだよ。味覚と嗅覚だけ。視覚はあるでしょ?」


『ふぇ、鬼。ミルクレープ。』

 すげぇ、私が霞むくらい捻くれてんなこの子。


「まあ、ひとまずこの子はおいといて、ケビンって男の子のスキルだよね。どうしたもんか。すぐ無効化しちゃおうか?」


 そうだね!女の敵!それは賛成!


「でも、このスキルを無効化して正気になった人達ってどんな気持ちになるのかしら?」

 アヤが疑問を呟く。


「え?あ〜確かに私とアヤはケビンみたことあるけど、パーティーメンバー女の子ばっかだったよ」

「まじか」


 ここで正気になった場合、女の子がどうなるのかみんなで考えてみた。

 結果

 ・好きでもない男にエチチチ〜なことされてたら病む。

 ・本来好きな人がいたら罪悪感で死ぬ。

 ・どっちにしろ嫌なのでは?

 ・本当に好きならいいんじゃん?

 (チーム綾子主観、顔が私達に似てるアヤも含む)


「結構、深刻だね。どうする?」

「どうするって会ってみる?ケビンやその女の子達に。」


 げぇ〜、まじで?

「私、欠席します!」

「そんなに嫌なの?私は会ったことないからわからないけど」


 アーニアさんや…知らぬ仏とはいったものの絶対に会ったら鳥肌立つと思うよ。なんでも自分の思う通りになるって思ってそうなタイプだったし。


「私ももう1度会うって言われると嫌かしら」

 そうだよね〜アヤ


「ほんととんでもないことしてくれたよね。この私の中にいる女神の写し身とやらは。」

『痛い!痛い!なんでこの状態なのに痛みがくるの?意味がわからない!痛い痛い!』


 まあパンツみせようと企んでいた罰だ。


 とまあ、冒険者ギルド職員を使ってそれとなくさり気なく探らせて調査させよう!ということになった。

 あとケビンの魅了【無制限】は無制限に人数に侵食をかけられる為に、無制限を外しこれ以上の侵食被害者が出ない様に一応は措置をした。

 まあ、発端の憑依してる子の件は落ち着いたからそっちは急いでもね。でも早めに解決出来たらなあ


 リナちゃんが起きたら私も冒険者ギルドでなんか結社の研修で依頼受けなきゃいけないんだっけ?冒険者ギルドいったらケビンに合わないことを祈る






◇余談 アーニアの答え合わせ


 別世界から来たワタシ。通称別綾子がいったい向こうの世界でノルくんとどれだけ進んでいるのか気になって仕方がない…。

 私だって8000年も一緒にいるんだよ?それなのにそれについては小学生か下手したら幼稚園児レベルだよ!?「ご想像にお任せする」だって?まじでどんだけ進んでるんだ…!?


 あの大人びた雰囲気間違いない!

 絶対に……チューまでは進んでるよ!

 私が向こうの世界にいたころはかなり大人げない感じあったぞ!?あの人


 だから私はとある術式を開発した。

「どれだけ進んでいるのか」を計測する術式だ。

 これはレイラインに接続された別綾子のガーデンシステムをハッキングしてバイタルチェックシステムに接続し脳内の受容体分泌や肌の状態やホルモンバランスからざっくりではあるがどこまで進んでいるのか計測する簡易術式だ。

 恋愛経験のある結社の子、ない結社の子を数十人捕まえて計測し、ヒアリングした答え合わせとの精度もバッチリ!

 こんなことまでわかっちゃうんだ!?って感じの我ながらヤバい術式だ。


 

 ちなみに簡易なものなので計測結果は以下で表示される


【大聖女】

 無垢、生娘でありアレでナニをしたりもしない。流石は大聖女である。手は繋いでもオッケー。


【聖女】 

 無垢、生娘であるが、アレでナニをしたことがある……残念!大聖女にはなれない!


【聖女剥奪】

 無垢、生娘だがチューをしたことがある。大人になってしまったのか……貴女は今日から大人の女性。


【追放】

 エチチチ〜なことをしたことがある。エチチチ〜なのはいけないんだよ!?それは


 とまあこんな感じ。名付けてまあ、名前はいいか。

 ナニって何!?って!?そんなこと言えるか!


 ちなみに27歳の綾子に使うと【大聖女】と表示された。

 まじか、私、そのくらいの頃なら【聖女】かな?ちなみに今やっても私の結果は【聖女】である。


 でも結社の子達、【追放】が5割、【聖女剥奪】2割と多かったんだよね。みんな生娘じゃなかったの!?


 あとこの術式の説明もしたんだけどみんな

「アーニア様かわいいですね〜。チューすると聖女剥奪されちゃうんですね〜!」

 とか言ってたけど?可愛いか?チューだぞ?チューで子供は出来ないのは知ってるけど、チューだぞ?両腕シートベルトの何百倍も難易度高いぞ?


 ちなみに私の妹と呼ばれるモデレーターの子達は半分が【大聖女】半分が【聖女】である。誰がどれ、というのはその子達の名誉の為に黙っておこう。


 さて、アヤは?まあ【聖女】だよね。4000年も生きてりゃ。

 アヤの名誉?アヤはママに雰囲気似てるしいいよ。

 ママ、ノルくんに色目使ったことあるからママの代わり報いを受けてもらおう。


 よし、別綾子にしかけてみるか。

 あの大人びた様子だと絶対【聖女剥奪】は行ってそうなんだよね。

 もはやこうも長生きすると私と別綾子はもはや別人なんだけどさ、自分のなり得た可能性と考えるとね。

 まあ気になって仕方がない。

 緊張する〜!!ひっひっふ〜!ひっひっふ〜!


 いくぞ!


 術式を展開した。

 派手な術式紋のエフェクトはない。

 私のガーデンのウインドウに表示されるだけ。

 だって別綾子を計測する為のものだし。


 さて結果は!?アレ?バグった!?なんか文字化けしてるんだけど??それとも長生きな人ほど時間かかって画面が固まってるだけ?中は処理中?

 そう思って10分ほど待ってみた。


 あ!表示されたわ!え〜と?


対象:篠村綾子(別綾子)

【聖女剥奪】

 無垢、生娘だがチューをしたことがある。大人になってしまったのか…貴女は今日から大人の女性。


 や…ややや、やっぱりか〜チューしてんのか。

 お、大人じゃん。

 まじかスゲーな。

 顔が熱くなってきちゃった。

 でも、これも私の可能性と考えると喜ばしいことなのかな?

 おめでと!ワタシ!


 そっかそっか〜、私にもそういう未来があると考えれば希望が持てる。

 チュ…チューとか無理〜恥ずかし!

 でも、先を越されちゃったし…いつかは私も!





◇余談 別綾子の察知

 私単独で稼働しているガーデンシステムが誰かにハッキングされた。

 自動防衛機能でなんとか止めたけど。

 誰の仕業?


 憑依してる子?いやそれは出来ないはず……――じゃあ誰が。

 ログを漁り、ハッキング元を特定した。


「ワタシかよ」


 私の元々いる世界で魔科学を学び、この世界へ来た篠村綾子。

 こちらでは私と同じアーニア・フォン・シュテュルプナーゲルを名乗っているワタシだ。


「何を仕掛けてきたのかな?」


 しかしハッキングが雑だな〜。

 バレバレなんだけど。

 この世界の技術セキュリティ観点でみると割とザルなんだよね。

 あのワタシの詰めの甘さだね。


「昔から変わってないなあハハハ」


 なんか術式が仕掛けられてるね。なにこれ?

【大聖女】や【聖女】【聖女剥奪】に【追放】などの文字が起こされ恋愛がどこまで進んでいるかをざっくり測る術式みたいだね……ハハハ


 私が「匂わせ」たから気になったんだなあ……――昔からこういうところは本当に変わってないなあ。懐かしくて思わず笑っちゃったよ。

 もう会うことないと思ってたしね〜。

 まあなんか残念なところもあるけど、やっぱりこう元気にしてるのをみると嬉しいなあ。

 もう同じ長いこと生きてると「ワタシ」からはかけ離れて差も出来るもんだなと思った。

 子供いないからわからないけど我が子が育ったのをみて感激する親の気持ち?みたいな感じなのかな?


 さてさて向こうのワタシは自動防御で計測出来ないと思っちゃうから結果を送っておくか〜!

 【聖女剥奪】っと。これでよし!


 いや〜、面白いから匂わせたけどね〜。

 相変わらず面白い反応するよね。

 若いワタシがいるから背伸びしてるっぽいしね。ハハハ。


 私の本当の計測結果?

 私としては「匂わせ」ただけだなんだけどね…。

 【聖女】かもしれないし【聖女剥奪】かもしれないし、まさかまさかの【追放】かもしれない。

 

 それはご想像にお任せするね。

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