第3話 聖女詐欺2

 夢を観た。


 それは理想なのかも知れない。


 物語なのかも知れない。


 また、幻想なのかも知れない。


 あんな事が起こらなければ、ありえたかも知れない明日の光景が広がる。

 私は毎日料理をして、他愛もない話を重ね、月が昇ると「おやすみ」と言うだろう。

 そして月が落ち陽が照らす世界で「おはよう」を伝え合う。

 そんなありふれた日常の光景が。


 素直に言葉や態度で気持ちを表すことの出来ない私でもある程度のアプローチはしてきたつもりだった。

 やがて伝わるだろうと思っていた。

 あんな事になるならもっと素直になっておけば良かった。


 あんな事になるならもっと大胆に気持ちを伝えたら良かった。


 タラレバにしかならない事は理解しても割り切れない感情を1年ほど焦がし続けてきた。


 いつになっても尽きる事のない燃料は更に感情を焦がし続ける。

 親に、友に心配をかけていると言う現実が拍車をかけていた。



「綾子……、おはよう」

 レイちゃんの声が聴こえる。


 夢から意識を戻した私は涙を流していた。

 また口に入った。しょっぱい……。


 涙はなぜ口を目指すのだろう?嫌がらせ?


 両腕でそれが流れる元を隠した。


「レイちゃん、体が動かないよ〜」


 気力がごっそり無いだけだ。


 この世界に来てリーシャさん宅に泊まり落ち着いた頭は現実を考えてしまいメンタルがだいぶ落ちている。


「綾子……私も……」


 え?どういう事?レイちゃん朝弱いの?

 私はガバっと起きてしまった。


 動けるじゃん!私


 隣のベッドをみるとレイちゃんが起き上がろうとし身を震わせるが体が耐えきれず、糸が切れたかの様にベッドに身を預ける動作を繰り返していた。


「レイちゃん大丈夫?具合悪いの?」


 レイちゃんの額に手を当てる。

 熱は無さそう。

 

 私は全然動けるけどレイちゃんも気力が無くなっちゃったのかな……。


「なにか力が抜ける感じ……。思うように体が動かない……なに……これ……」


 枕を背もたれにする様に立て掛け、レイちゃんの上体を起こした。

 レイちゃんの後頭部が少しベッドの硬い部分にぶつかっちゃった……ごめん。


 私は部屋の冷蔵庫から水のボトルを出しレイちゃんに飲ませる。

 レイちゃんコップすら持てないのだ。


 ちなみにこの世界、冷蔵庫があるのだ。

 電気ではなくエーテル?で動くらしいけど……

 私には銀河を駆ける鉄道アニメのヒロインしか思い浮かばなかった。


 レイちゃんの状況、不安に胸を締め付けられる様な感覚に襲われ始めようとしていた時


「キュオーキュオー」


 ん?シンリュウの鳴き声?どこ?外?

 カーテンを開ける、うわ、日光眩し!


 恐竜の様な動物、シンリュウがいた。

 窓を開けると、ピョンと跳ねて中へ入ってきた。


「君、昨日の夜どこにいたの?」


 綾子を見つめ首を傾げるシンリュウ。

 キョロキョロしレイちゃんを見据えた様に見つめる。


 どうしたのだろう?


 シンリュウがレイちゃんのいるベッドに近づき跳び乗る。

 レイちゃんに近づき、レイちゃんの顔を見つめ始める。

 レイちゃん嬉しそうにニヤニヤしている。

 昨日全く相手にされていなかったのだから余計に嬉しいのだろう。

 レイちゃんは撫でようとしていた。

 手を震わせながらもシンリュウを触ろうとした直後、


 ガブ!!


 レイちゃんは差し出した手を思いっきり噛みつかれた。


「レイちゃん!!こら!シンリュウ!」

「いや綾子、大丈夫……、痛く……ないよ。」


 微笑みながら噛まれていない手でシンリュウを優しく撫で始める。


「そっか……、大丈夫なの?」


 よくみると噛みちぎるのか?位の勢いで噛んだにも関わらず血も出ていない。

 まるで注射でも打つかの様に噛んだ姿勢で止まっていた。

 しばらくすると静かに噛んだ手を離した。


「綾子、体が動く!」


 よく寝たのポーズをしてレイちゃんが体を動かす。


「君が治してくれたの?」


 レイちゃんはもうニヤニヤしてシンリュウ撫で回し聞いた。

 シンリュウは目をクリクリしながら首を傾げるだけ。

 かわいいなあ。


「よくわかんないけど、シンリュウありがとう!」


 レイちゃんがシンリュウを抱きしめる。


 ハイパーウルトラ美少女アルティメットスマイルハグだ。

 これを男子がやられたらイチコロだろう。

 シンリュウはバタバタ暴れ逃げたのち私の後ろに隠れてしまう。

 この照れ屋さんめ。

 あの人の前で転んだ時に体を支えられハグ状態になった時、私も似た様なリアクションをした覚えがある。

 だから、わかるぞ。

 あれ?でもシンリュウって男の子?女の子?


「綾子はなんともないの?」

「うん、起きるのはしんどかったけどいつもの事だし、へへ。あ〜、でも昨日シンリュウに甘噛みされたからそれがなんかあるのかも」


 憶測も憶測だけど現時点ではそれしか思い浮かばない。


「ん〜、まあ、細かい事は気にしないでおこっか。動ける様になったし。」

 朝陽を背景に満面の笑顔の美少女レイちゃん。


 絵になるなあ。



 起きて顔を洗いリーシャさんに用意していただいた衣服に着替える。

 街娘みたいな感じだろうか?シャツに紐ネクタイにスカート。

 下着もかなり造りが良いしスベスベしてるし。

 それにしても造りがだいぶ良い気がする。履きやすい靴もいただいた。

 私達がいた世界のものと比べても性能は遜色ないと思う。いやそれ以上かも?


 着替えたあとはキッチンに向かいリーシャさんに挨拶をする。


「おはようございます、リーシャさん」


「おはようございます!ただ、リーシャちゃんって呼んではくれないのですね……それに、敬語ではなくていいのですよ?敬語など聖女様に使わせられません……」


 哀しげに寂しげに言うリーシャさ……リーシャちゃん。

 まだ続いてたの?というか終わらないよね。


「おはよう!リーシャちゃん!」


 リーシャちゃんの顔がパーッと明るくなる。

 これから私達は丁寧な言葉は使わず友人の様に接する事にした。


 リーシャちゃんがスープを作っている最中だった。

 せっかくだし私もなにか簡単に作れそうなもの作らせもらおうかな。

 あ、食パンがある!


「リーシャちゃん、私もなにか作ってもいい?簡単なパン料理。」

「聖女様のパン料理!是非是非勉強させてください。」

「といっても誰でも作れるフレンチトーストだから、ハハハ」


 フレンチトーストを作り始める。

 レイちゃんはシンリュウを抱っこしながら待っている。

 シンリュウもだいぶ懐いたのかな?


 卵とミルクを混ぜ浸しフライパンにバターを溶かして焼く、卵とミルクの黄金比はあるけどね。

 焼いたら砂糖とかメープルシロップだったりジャムだったりホイップクリーム乗せると美味しい旨をリーシャちゃん伝えた。

 でもね、メープルシロップというものは存在しないらしい。


 だからハチミツ&砂糖を焦がしたカラメルのフレンチトーストとベーコンと野菜、胡椒を乗せたお惣菜フレンチトーストを作った。


「こんな簡単に美味しそうなものが出来るのですね?これは皆が喜びます!ありがとうございます!皇宮でも食べたことないです!」


 いまサラッと皇宮とか単語出て来たけど、お城あるのかな?

 皇宮で働いてたりしたのかな?

 見た感じ気品溢れる人だし皇宮勤めだったのかもしれない。

 帝国なのかな?この辺は。


 ちなみにリガルドさんが朝来たけどリーシャちゃんが追い出した。

 毎朝こられると聖女様に迷惑だ〜考えろ〜、て怒ってたハハハ


 さて用意も出来たところで。


「いただきまーす!」

「綾子、めちゃめちゃうまいもぐもぐ」

「レイちゃん、もぐもぐ、食べるとき喋るとお行儀悪いよもぐもぐ」

「ははは」

「懐かしいですね〜。聖女様に料理を教わった当時を思い出します。聖女様にお会いしなければ料理は一生やらないと思っていましたよ。」


「リーシャちゃんって良いところの生まれだもんね?」


 勿論知らないけど、多分貴族とかだったのではないだろうか?

 ワケアリかもしれない、と考え言葉を選んだ私、偉い!


「はい、ただあの後は、わたくしが皇女と言っても政略結婚させられるのが嫌で城を飛び出し、当時は開拓初めだったこの村へ逃げました。昨年まで私が村長でした。もう町とも言える位になったので帝位を次の代に譲ったリガルドに来てもらって村長をやって貰ってるんです。」


 帝位?リーシャちゃんは元皇女様?リガルドさんは元皇帝様?

 私、リガルドくんとか呼んじゃったよ!

 皇宮勤めどころか皇族だったよ……


 レイちゃんに目線を送る、あ、駄目だレイちゃんシンリュウの餌付けに夢中だ……

 可愛いなあちくしょう。


「あ、あ〜、そそそうなんだ〜。ハハハ知ってた。」


 この後、動揺を抑えつつ聞いたらこの村は

 世界中の皇族や他の国の王族、公爵家、他貴族、騎士の中で引退した者だったり堅苦しい王宮、貴族社会を抜けたい者が暮らす秘密の村らしい。

 大丈夫かな?皇族に聖女詐欺しちゃってるけど。

 レシピ沢山教えるから許して……。


 でも、やっぱり正直いった方が良いかなあ。

 レイちゃんをみる。


「シンリュウ!これも食べな!美味しいでしょ?綾子の料理!」

「キュオ〜」

 うん、楽しそうだ。

 まあ、その内どうしたらいいか考えよ……。


「リーシャちゃん旦那さんは?」

 私は軽率だったと思う。


「あの……、私、未婚でして……男性経験もないんです。皇女という立場が無くなり虫は寄り付かなくなりましたけど、村の経営や料理の研究ばかりしていましたので」

 うっ……!!


「ごめんなさい……」


「いえ、いいのですよ。毎日料理が出来て楽しかったのですよ。皇宮を出たのも料理がしたい!っというのもあるのですよ、ふふふ」


 リーシャちゃんすごい!それに比べ私は……

 しかも聖女詐欺だしね……。


 ん〜、だめだ。


 正直に話そう。レシピを山の様に伝えて許してもらえないかな?レイちゃんに相談してからかな?

 なんて考えているとリガルドさんかリーシャちゃん宅に来た。肩で息してる。

 どうしたの?


「結社の方がいらっしゃいました。聖女様のご令妹様だと思います。「おねえちゃんいる?」と仰ってました。」


 結社?それにごれいまい?レイちゃんどうしよ。


 ご令妹ってこと?妹?私、1人っ子なんだけど。聖女詐欺のこと謝ろうって考えてたのにバレたら面倒なことにならない?

 

 ヤバいよね、どうしよどうしよどうしよ……


「レイちゃん、ちょっとヤバくない?」

「ん〜?どうしたの?ふふふ、シンリュウここ撫でられると気持ちいいの?んー、かわいいね〜シンリュウ!いいこいいこ!」


 レイちゃん楽しそうだね。

 シンリュウの事が可愛くて仕方ない、っといった感じ。


 ……じゃなくて、ヤバイかもなんだよレイちゃん!


 パニック状態の私はトイレへ逃げた。



 5分くらいかな?深呼吸をして少しだけ落ち着いた私はダイニングへ戻った。

 よし、かかってこい。いまならジャンピング土下座でもなんでもやったるわ!


 ジャンピング土下座のイメトレもバッチリだぜ!間違いなく偽物ってすぐ気付くでしょ。

 諦めが肝心よ……!


 いざダイニングに戻るとレイちゃんがあいわらずシンリュウと戯れあっていた。

 仲良しだなあこの子たち!


 リーシャちゃんとリガルドさんは?外かな?ちなみにリガルドさんのことはリガルドくん呼びしない方針です。


 玄関に向かい、こっそり外を覗いてみた。あれ?妹ちゃんは?

 覗いてみるとリーシャちゃんとリガルドさんが立っててよく見えないけど誰かいる。

 少しドアを開くと見えそう。


 ギリギリかなってとこまでドアを開け覗く。


 視線の先にいたのは小さいちびっ子3人組だった。かわいい!

 幼女?童女?小学校高学年になるかならないくらいの子かな?


 特に真ん中にいる子、ローブかな?すごくかわいい。

 ポンチョと魔道士ローブを混ぜた感じで凄くよく似合っている。

 フードもかわいい!施されたステッチが色鮮やかで、うは!かわいい……!

 あとね、耳が長いの!これってあれよね!あの種族よね!?

 表情が読み取りずらいミステリアスな雰囲気に整った目鼻口。

 しかもジト目。

 キラキラしてる!なんだこの可愛すぎるちびっ子エルフは!?

 っと興奮していた。


 あ、目あっちゃった。


 ちびっ子エルフはこちらを向いた。


「あ、おねーちゃんだ。おねーちゃんなんでここにいるの?」


 ワタシオネーチャンジャナイヨ!!!


 妹?はこちらへ近づいてくる。


「おねーちゃん帝国におにーちゃんと行ったんじゃないの?やっぱり言う事聞かないから滅ぼしちゃった?」


 滅ぼす?


「あ、さっきリリーちゃんみたけどみんなに呼び出されて帰っちゃった。なんか大変みたいだよー。」


 リリーちゃんって?誰?


「おねーちゃんもノアちゃんもいないし、みんな忙しいし、私寂しかったんだよ」


 ノアちゃんって誰?あとこんな可愛い妹をほっとくなんておねーちゃんは何を考えてんの?聖女様がおねーちゃんでしょ?

 私は聖女様じゃないけど。

 聖女様はエルフなの?


 私は妹?を撫でいた。

 ほんとかわいい。


「あれ?おねーちゃん、いつものローブは?それに髪切ったのー?」


 んんんん!?ローブとかわかんないよ……

 聖女様は髪ながいの?髪伸ばそっかな?

 セミロングだけど結構伸ばしたんだよ?


 どうしよどうしよどうしよ頭パンクしちゃう。

 かわいい妹?と困惑で私はパニックに陥っていた。


「まあまあ、こちらでお話されてもなんですから、中へお上がりくださいませ。」


 リーシャちゃんによる助け船!ありがとう!


「貴女達は帰ってて、また呼ぶかも」


 妹?はお友達?の2人にそう伝え、お友達?は去っていった。

 お友達は大事にしなきゃダメだよ?おねーちゃん心配だよ?


 ダイニングへ向かう途中、妹ちゃんが手を繋いで来たので思わずニヤニヤしてしまった。

  なんだこの可愛い生物は……!!!


「あれー?ノアちゃんだー!久しぶりー!って、あれ?おにーちゃん?じゃない?女の子にコンバートした時のおにーちゃんに似てるけど違う人か」


 妹ちゃんはシンリュウに向け話す。

 おにーちゃん?


「綾子……この可愛い子だれ?」

 レイちゃんがようやく反応を示す。興奮している様だ。わかる。


「妹らしい」(ボソッ)


 ダイニングで椅子に座ると、なぜか妹ちゃんは私の膝の上に座ってきた。

 え〜、嬉しいけど膝上?んーかわいい!


 レイちゃんが話かける。


「はじめまして!私はレイ、こっちはアヤコって名乗ってるよー!君お名前は?」


 レイちゃん上手い!


「わたしはエレナ。そっちの子はノアちゃん、レイちゃんよろしくねー。おねーちゃんアヤコって名乗ってるんだねー。あっちの名前目立つもんね」


 あっちの名前って聖女様の名前?


「この子はシンリュウじゃなくてノア?」


 レイちゃんが訊ねる。


「うん、その子はノアちゃん。神の龍とか神龍とか龍神とか言われてるけど始祖龍のノアちゃん。おねーちゃんがあるじでー、私はお友達!」


「そっか、ノアっていうんだー君。よろしくねノア!私もノアとお友達ー!」


 レイちゃんがノアに頬擦りする。

 レイちゃん楽しそう。

 そしてずっとレイちゃんを甘噛みするノア。


「おねーちゃんとおにーちゃんとわたし達以外に懐いてるの、はじめてみたかも。」


 レイちゃん、初めはノアに無視されてたもんね。

 私に擦り寄ってたのって主だからなんだ。

 でも動物って見た目とかじゃ別人ってすぐわかるんじゃないの?


 あとシンリュウって、神龍ってことなのね。

 え、ノアすごくない?


「おねーちゃん。ノアちゃんおねーちゃんに話かけても無視されるって言ってるけどどなにかあったのー?」


 え?龍の言葉わからないよ?


「そう、綾子朝からノアのこと無視してるでしょ。」


 て言われてもなー。


「え?レイちゃんノアがなんて言ってるかわかるの?」


「え?うん、朝噛まれた後に初めてお話したよ。それから余計可愛くてね〜この子。ノアって名前は今知ったけど。」


「ノア、わたしも噛んで。」


 ノアは噛まない。


「おねーちゃん、ノア困ってるよー。ほんとに聴こえないの?あれ?ガーデンやシステム使えないとは聞いたけど、エーテル回線も落ちちゃったー?」

「シ、システムってこれ?」


 私は管理者ウインドウを開いた。


「ログイン出来ないの?」

「き、昨日は出来たけど、いまはなにも」

「システム使えなくても、おねーちゃんなら自力で使えると思ってたんだけど、あー、おねーちゃんなんか凄く弱くなってない?システム使わなくても単身で世界を何回も更地に出来るくらい強かったのに、いまはゴブリンにすらやられちゃいそー」


 ギクリーーー!!!


 あーバレてる?偽物って

 あと強さを表現する例えが物騒

 あとゴブリンとかいるんだ。

 レイちゃんごめん!私には無理だ……


「エレナ、あのね……私は聖女様じゃなく別人なんだ。だから私は貴女の姉じゃないし人違いなの。」


「綾子……」


「………………うう、おねーちゃん、わたしは妹じゃないって……グス……こと?グス……わたしのこと……グス……嫌いになっちゃったの?たしかにこの前無理いってビナスまで着いて行っちゃったの……グス……、やっぱり怒ってる?てらふぉーむしてるの誰にもいってないよ……。あとおねーちゃんが聖女様っていうのは初めて聞いた……グス……。う〜……グス。」

 エレナが泣きながら答える。

 って、わー!!!!泣かしちゃった!!!!!


「あー、嫌いじゃないよ!エレナ可愛いし嫌うわけないじゃん!ほら私弱いからさ。おねーちゃん失格かな?……とか思っちゃったり……」


「……うー、ぐす、ほんとー?」

「ほんと。」

  間髪入れず答えた。

  まあ、おねーちゃんってところは嘘になっちゃうんだけど……。


「……んー!なんだーそういうことかー良かったー。ううう〜」


 抱きつかれ私のシャツはエレナの涙でぐしょぐしょになった。

 そっとエレナの頭を撫でる。

 泣きじゃくりながらもエレナは表情に笑みを浮かべてくれる。


 守りたい……!この笑顔。


 レイちゃんはずっと口をあけてあんぐりして「ビナスってまさか……」とか言ってる。

 ビナス?美茄子?野菜?


 落ち着きを取り戻したエレナが続ける。


「ぐしゅ……、もうおねーちゃんがおねーちゃんじゃないとか言ったりしないで。このアドミニストレータウインドウ出せる時点でおねーちゃんはおねーちゃんなんだし、魂核がもうどっからみてもおねーちゃんなの。おねーちゃん弱くなっちゃってもおねーちゃんなの。でもこのままじゃ心配だし……、わたしおねーちゃんとレイちゃんの護衛やる……」


 いやいや、こんな小さい子に護衛とか……


「わたしモデレータになってまだ2500年くらいだけど今のおねーちゃんやレイちゃん護るくらいは強いよ。だからお願ーい。あとおねーちゃん達の旅にわたしも着いて行きたいのー!」


 2500年って貴女はいったいお幾つなのですか?


 レイちゃんが訊ねる。

 目が輝いてるな。

 これは琴線に触れたな?


「エレナって今幾つ?」


「2708才だよ〜エヘヘ」


 左手5本指を開き、右手に3本指を開きエレナは答えた。

 8才だよー、と言わんばかりの笑顔。

 2708歳児だ。


 レイちゃんすごい笑顔!わかる!


「レイちゃんはー?」

「わたしは17歳だよ。へへ。アヤコおねーちゃんもね。」


「あー、知ってるおねーちゃんよく言ってたやつだよね。んーとねー、そー『永遠の17歳』ってゆーの!あれ?16歳じゃなかったっけ?」


 聖女様痛くてわろた。

 レイちゃんがこちらをチラっとみて肩を揺らし堪えてる。


 笑うなー!私じゃないぞー!!聖女様だぞー!


 エレナはすごい歳上だった。

 エルフだから?でも幼すぎない?というか可愛いすぎない?

 思わずギュっとしてしまった。


 レイちゃんが続ける。


「旅の準備が出来るまで当分この村にいるんだけど、エレナもいてくれる?おねーちゃんが美味しい料理作ってくれるよー。」


 っと、こちらをチラっとみる。


 エレナの目がキラキラしている。

 眩しい!


「やったー!おにーちゃんしか料理あんまりしないからおねーちゃんお菓子しか作れないんだと思ってたー!」


 そうなんだ。

 でも牛すじカレー作れるから結構料理はしてる方だと思うんですけどね、そのおねーちゃんは。


「あとー、ノアちゃんやっぱりおねーちゃんとお話ししたいみたい。回線ダイレクトに繋ぐね。ノアちゃとお話してあげて!メンバーはわたしとおねーちゃんとレイちゃん。ホストにノアちゃん。どー?聴こえるー?」


 え、なになに?一体何が始まるのかしら。


『アーニアさま……聴こえる?』


 わ!声が聴こえるアーニア?誰?なにこのかわいい声。

 ノア?もしかして流行りの念話?


『わーん、やっぱりまた無視されたー。』

「おねーちゃん、ノアちゃんのこと無視したのー?」


 アーニアって私?


「あ、ノアちゃん、いまおねーちゃんアヤコって名乗ってるみたいだよー。なにか制限事項あるのかもー。」


 いや特に制限はないけど……。

 聖女様ってアーニアっていうんだ。

 あれ?どこかで聞いたかも……どこだっけ?


『アヤコさま、聴こえる?』


「ノア?聴こえるよー?無視したわけじゃないんだけどごめんね。私今までなにも聴こえてなかったの、だから無視してたわけじゃないの。寂しい思いさせてごめんね。」


 私はノアの頭を撫でた。


『キュオーキュオー』「キュオーキュオー」


 副音声で鳴き声が聴こえる。

 ノアは尻尾をぶんぶん左右に振っている。

 うれしいのだろうか?かわいいね。


『レイちゃん、アヤコさまに撫でられたの!』


「んー、ノアよかっでちゅね〜。んー!すりすり」


 レイちゃんノアの事大好きだなー。

 レイちゃんにギュっとされながらもノアも満更ではなさそうに喜んでるみたい。


「レイちゃんって不思議な人だねー。モデレータ以上の皆でも懐くの時間かかったのにすごいねー。」


 モデレータがよくわからないけどレイちゃんはすごいらしい。

 うん、レイちゃんはすごいよ。レイちゃんに比べて私は……


 私はこの時、どんな顔をしていたのだろう?


 様子を見守っていたリーシャちゃんが口を開く。


「皆様、まだ朝食の途中でしたのでスープ温め直しますね。エレナ様の分もご用意しますね。また当分の間になりますがこの狭い家ですみませんがよろしくお願い致します。」


「やったー、ありがとーございます!」


 エレナが喜ぶ。

 エレナ大はしゃぎ。

 私も嬉しくなるよ。


「私、エレナの分とおかわりしたい人の分つくるね。みんなおかわりいる?」

「「「いるー!(是非!)」」」


 全員だね。リガルドさんも何故か混じっている。


 リガルドくん……


 今日はこんな感じで雑談したりキッチンに立ちながらリーシャちゃん、レイちゃん、エレナ、リガルドさんの奥さんも招いて、お料理教室を開催して過ごした。

 ノアもずっと聞いていた。


 レイちゃんは黒いフレンチトーストを作りノアに食べさせようとして逃げられていた。

 それ以上は語らないでおこう。


 なんか私、普通に人と話せてるね。

 エレナにこの世界のこと聞かないとなー。

 エレナのことや聖女様アーニア、この管理者ウインドウについても。


 聖女詐欺ももういいでしょ……

 正直に話はしたし……

 エレナに泣かれたら仕方ない。




 夜も更けた時間。

 私は髪に櫛を通しながら月を見上げていた。


 私は月詠令、読みはツキヨミレイ。

 ツクヨミではなくツキヨミ。


 この世界に来た時は唐突なことで驚いたけど、絶望しかなかった私、いや、綾子含めた私達はこちらの世界へ来て良かったのかもしれない。

 おかげで綾子も笑ってるし私も笑えている。


「綾子も適応力高いよなー、ふふふ」


 ここに来て一つ思ったことがある。


 いま元いた世界では私達はどの様になっているのだろう?やはり、突然消えたのだろうか?お父さん達心配してるだろうな。


 でも僅かでも期待してしまう自分がいる。

 あの人もこの世界へ来てたらいいなって。


「おにいちゃん……」


 そう呟くも夜の風がかき消し誰にも聞かれることはなかっただろう。

 夜風にあたり体が冷えてしまった。


 部屋に戻り私は5秒で眠りに着いた。

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