第4話

 俺は赤外線観測機を操作した。


「バカな!?」


 俺は観測結果を見て思わずつぶやく。


「どうしたんですか?」

「奴はどうやって軌道を変えたんだ?」

「どうって?」

「化学燃料にしても核燃料にしても、反動推進を使っているなら、高温のガスかプラズマが観測できるはずだ。だが、奴の周囲にそんなものはない」

「でも、実際に軌道は変わったわ」


 そうだ。軌道は確かに変わった。となると考えられるのは……


「やはり……」

「どうしたの?」

「奴が軌道を変えたと同じ時間に重力異常が起きている」

「重力異常? という事は……」

「ああ。慣性制御だ。そうとしか考えられん」


 ヒッグス粒子が発見されてすでに半世紀以上経過するが、人類は今でも重力を制御する術を持たなかった。慣性制御など不可能だという説を唱える学者も少なくない。

 だが、たった今慣性制御が可能だという事が証明されてしまったわけだ。


「素晴らしい!!」


 なんだ!? 急に目を輝かせて彼女はどうしたんだ?


「そんな凄い宇宙人とお友達になれたなんて」

「いや、まだお友達なれたわけでは……」

「お友達ですよ。現に私の誠意に答えて軌道を変えてくれたじゃないですか」

「それはちょっと……ん?」

「どうしたの?」 

「お……おい……これを……」


 俺はレーダーを指さした。


『みゃみゃみゃ』


 スピーカーからは相変わらず猫の鳴き声のような音が流れている中、彼女はレーダーを凝視し、次第に青ざめていった。


「あの、これってここにぶつかるんでは?」


 俺は無言で頷く。


「ええ!? 早く逃げなきゃ」

「どうやって!? 君が乗って来た船なら月へ帰ってしまったぞ」

「あの……この衛星は動けないの?」

「姿勢制御用の小さなエンジンならあるが、推進用のエンジンはない」

「そんな……」


 こうしてる間にもレーダー上で奴の影がどんどん近づいてくる。


『にゃにゃにゃあ』

 

 猫のような鳴き声もどんどん大きくなっていくようだ。


「宇宙人さん。お願い!! スピードを落として。ぶつかったら私達死んじゃうんです」


 彼女はマイクに向かって必死に訴えかかっているか、今度ばかりは誠意が通じる様子がない。

 いや、むしろスピードが上がったみたいだ。


 このまま俺達はここで死ぬのか?


 考えろ……何か方法があるはずだ。


 宇宙服で脱出……いやだめだ。


 推進力のない宇宙服で外へ出ても逃げ切れない。


「こうなったら」


 俺はコンソールを操作した。


「ちょっと!! 何をするんです!?」


 俺がやろうとしたことに気が付いたのか、彼女は背後から俺を羽交い絞めにしてきた。


「放せ!! こうなったら、一か八かレーザーで奴を吹っ飛ばす」

「やめて!! 宇宙戦争にでもなったらどうするの!!」

「じゃあこのまま、みすみす奴に殺されていいのか!!」

「ええっと……死にたくないです」

「そうだろう」

「でも、私は宇宙戦争を止めるために来たんです。そのために殉職するなら本望です」

「いや、まて!! 君はそれでいいかもしれないが俺は嫌だぞ」


 軽い衝撃が伝わってきたのはその時だった。

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