第2話 強者のたまり場

 次はどんなバトルをしようか。談笑していると、突然教室の入り口から、不良集団が乗り込んできた。


「お前校舎裏の!」


 仁科は叫んだ。見覚えのあるリーゼントに改造した学ランだ。


「な、なにしに」

「うっせえ、勝負だ」


 不良が拳を構える。


「ええ――!」


 仁科は悲鳴を上げた。


「加勢するわ」


 有里が仁科の肩に手を乗せた。


「タイマンだ」


 不良が言った。新藤が、富枝になにやら耳打ちをしていた。


「タイマンっていうのはね、一対一で戦うってことだよ」

「ほう……、大変じゃないか!」


 富枝が目を見開く。


「ちょっと待って!」


 仁科は両手のひらを不良に向けた。


「行くぜおらあ!」


 不良が殴りかかってくる。腹にめり込む拳。仁科は机立ちをなぎ払いながら吹っ飛ぶ。


「ぐう……ううう」


 起き上がれない。その間も、不良は仁科が起き上がるまで、拳を構えながら律儀に待っていた。仁科は膝に手を突いて立ち上がる。不良の足に向かって弱々しい蹴りを入れる。すぐに不良の膝蹴りがみぞおちに入る。L仁科は床に崩れ落ちる。今度は仁科が、全力の拳を打ち込んだ。それは不良のくるぶしに当たった。しかし彼はなんとも無い様子で、這いつくばっている仁科を見下ろした。仁科は這いつくばったまま、不良の足にパンチを繰り返した。仁科は足蹴にされ、体中の痛みでギブアップしたくなっていた。そのときであった。突然、不良が尻餅をついた。


「くっそ!」


 不良は立ち上がろうとして、断念した。


「……痛ってえ!」


 学ランのズボンの裾から、彼の足首が腫れているのが見えた。


「そうか! 軟弱なパンチだったが、何度も積み重ねることで確実に負傷させてたんだ!」


 新藤が興奮した様子で言った。


「軟弱は余計だよ。……ところで、なんで急に来たんだろ」


 仁科の疑問に、不良が顔を上げた。


「バトってんのが見えたから。血が沸いたんだよ」

「怖っ!」


 有里が悲鳴のように言った。仁科も震え上がった。

 そして、リーゼント頭の不良はゆっくり立ち上がり、歩きだす。富枝が支えようと試みる。


「大丈夫か」

「折れてはねえ」


 不良が言った。仁科はふと疑問に思ったことを聞くことにした。


「どうやって入ったの」

「うっせえ。……抜け道があんだよ」

「なんの用で来たのだ」


 富枝が聞いた。


「財布忘れた」


 不良は富枝とは目を合わせずに答えた。


「そうかそうか。気をつけて帰るんだよ」


 そう富枝は声をかけた。


「……手なずけてる!」


 有里が小声で言った。


「……てか、富枝ちゃんめっちゃお婆ちゃんみたい!」


 仁科は突っ込みを入れた。

 その後、校舎裏の不良はいなくなった。仁科たちはまた、何をしようか話し合い始めた。




 突然、窓の外から爆音が響いた。バイクの音であると、仁科たちはすぐに気づいた。窓からのぞき込む。駐車場に乱雑にバイクが次々と並べられ、たくさんの人間が正面玄関から入ろうとしていた。凶器的な髪型、背中に刺繍の入った改造学ラン。バッドを持っている者もいる。


「なんだあれは!」


 仁科が叫んだ。


「襲撃だ! とりあえず隠れよう」


 新藤がそう言い、有里が電気を消して、皆でしゃがんで隠れた。

 次の瞬間、扉が吹っ飛び、大勢の足音が教室に入ってきた。


「らあああ! どこだおらああ!」


 咆哮が響いた。


「逃げるぞ!」


 仁科は反対の扉に向かって走り出した。足音は混ざり、有里たちがついてきているかは分からない。不良が来た方とは反対方向へ走る。月明かりを頼りに走り、階段近くまで来た。後ろから空気を切り裂く音が聞こえ、とっさに横に退いた。振り返ると、メリケンサックをつけた拳を突き出したところであった。凶器的なモヒカンに、改造しすぎた学ラン。顔は傷だらけで、般若の様な形相。仁科は全く動くことができない。次の拳が、仁科の腹に入った。


「ぐうっ!」


吹き飛ぶ仁科。床に投げ出される。仁科は丸まって、身を固くした。血が出ているのではないかと思った。痛い。痛い。


「ふうっ……ぐうっ……うう……」


反撃する気は無い。脇腹に強い衝撃。次の瞬間、仁科は階段に投げ出された。踊り場まで転げ落ちる。鼻の奥がツンとする。仁科に近づく足音。それだけじゃない。たくさんの叫び声が聞こえる。あちらこちらで乱闘が起こっていのだ。みんなは無事だろうか。

そのとき、顔に傷のあるモヒカンの悲鳴が聞こえた。仁科は驚いて顔を上げる。リーゼント頭に少しだけ改造した学ラン。さっきまで仁科と戦っていた、校舎裏の不良だ。


「先輩!」


 校舎裏の不良は、怒りに打ち震えていた。


「喧嘩は素手だろうが!」


不良は、仁科と戦っていたときよりも乱暴な拳で、相手に殴りかかった。他の侵入者たちも集まって来る。拳や蹴りで、次々と校舎裏の不良は敵を倒していった。すべての敵が倒れ、不良が油断したときだ。背後の一人が、金属バッドを持ってよろよろと立ち上がったのだ。


「危ない!」


 仁科の叫びは間に合わず、バッドは不良の頭に直撃する。倒れ込む不良。床に血が広がる。


「先輩!」


 仁科が駆け寄ると、他校の不良たちが起き上がり、殴りかかってくる。しかし、突然他校の不良が吹き飛んだ。足を高く上げた、有里が立っていた。その後ろに、新藤と富枝がいる。負傷していない有里たちのおかげで、他校の不良たちは退散していく。


「お前ら! 大丈夫か」


 仁科の問いに、新藤が顔をゆがめる。


「あんまり大丈夫じゃない、あばら痛い」

「私も、しばらく座っていたい」


 そういって富枝と新藤はその場に座り込んだ。仁科は反対に、ゆっくりと立ち上がる。腹部に血がにじんでいる。


「よし、待ってろ! 俺がおじさんに助け呼んで来るからな!」


 みんながおじさんと呼ぶ、用務員だ。


「私も行くわ!」


 有里が手を上げた。階段を降りて一階、玄関の近くに用務員室はある。夜の見回りが終わった後は、用務員はそこにいつもいる。

 仁科と有里は、急いで階段を降り、用心しながら歩いた。しかし突然、一歩前を歩いてた有里が、何か見えない者に阻まれたように止まった。次の瞬間、上から大きな物体が降り、有里の肩に直撃した。


「うっ!」


 倒れこんだ有里は、肩を押さえる。石の詰まったバケツであった。月の明かりに照らされ、キラリと何か光って見えた。仁科はそれをのぞき込む。細い糸だ。これに有里が引っかかったのだ。


「仁科ぁ、もう一人で行って……」


 泣きべそをかきながら有里が言った。


「ケガはねえな?」

「無いけど痛い……気をつけてね」


 有里は弱々しい声で言った。


「オッケー、待ってろ! 行ってくるから!」




 仁科が玄関のあたりまで来ると、用務員室前に、用務員が立っているのが見えた。


「おじさん! 大変なんだ!」


 用務員は口をポカンと開けた。


「どうした?」


 仁科は一から掻い摘まんで説明する。


「そんなことが。気づかなかったな」


 その一言に、仁科が食いつく。


「気づかなかった? それはおかしい! あいつらこの玄関から葉いったんだぞ! いくら用務員室の中にいたって、バイクの音とか、入ってくる奴らに気づかない訳がない! さてはおじさん! あんたがあいつらを招き入れたんだな!」


 用務員は顔を伏せ、黙った。そして、ゆっくり口を開く。


「……バレちまったら仕方ねえな。ここでお前をぶっ倒さねえと!」


 突如用務員が仁科に殴りかかってくる。遅い拳だが、ものすごく強い。かすっただけで風圧を仁科は感じた。重い一発をなんとか交わす。しかしすぐに次の拳が繰り出され、仁科は吹っ飛ぶ。そこで仁科は動けなくなった。


「仁科! 助けに来たわよ!」

「大丈夫か!」

「私らも加勢するぞ!」


 有里と新藤、富枝だ。


「みんな! おじさんが!」

「分かってる! さっき隠れて聞いてたから!」


 有里が言った。


「じゃあもっと早く出てこいや!」


 仁科は叫んだ。そして勢いで起き上がる。しっかり地面に足を付けて、立ち上がった。用務員をにらむ。彼は堂々と立ったまま仁科が立ち上がるまで待っていた。四人で一斉に殴りかかる。用務員から次々に繰り出される拳、蹴り。

 素手じゃ無理だ。武器はないか……。

 仁科は玄関を挟んで向こう、校長室を見る。


「校長室だ!」


 仁科は校長室へ走った。今度はしっかり、皆のついてくる音が聞こえる。校長室へ逃げ込むと、急いで扉を閉めた。新藤がドアノブを抑える。しかし外側から開こうとする様子はない。


「入ってこないみたい」


 有里は安堵の息をつく。


「待ち伏せしてるんだ」


 新藤は眉をひそめた。


「どうするんだ、仁科よ」


 富枝が訪ねる。


「これを見て」


 仁科は壁を指さした。たくさんのトロフィーが飾られている。


「これを使おう」

「なるほどな」


 富枝は一番大きなトロフィーをひょいと持ち上げた。仁科もトロフィーをつかむ。有里はどれを使えば良いか悩んでいるようであったが、透明なクリスタルの小さな像を両手に持った。新藤はメダルを指の間にできる限り挟む。


「開けるぞ」


 片手に大きなトロフィーを担いだ富枝が、ドアノブをつかんだ。


「いいよ」


 仁科の返事で、ドアが開かれる。四人は一斉に飛び出し、横並びに並んだ。そして一斉にトロフィーたちを投げつける。すべて用務員に命中した。


「うっ!」


 用務員が床に倒れる。


「なあ、みんな…………それでさ………」


 仁科は、有里たちとひそひそ話し始める。他の部員は首をひねるが、仁科がはなしをすすめるに連れ、うなずき始めた。そして彼らが話し終わると、有里が突然うずくまった。


「痛い……! 助けて! 痛いよう!」

「どこが痛い?」


 用務員が力を振り絞って起き上がり、有里に駆け寄った。


「えっ?」


 有里は目をまん丸くして、今まで通り優しそうな用務員を見た。


「嘘だよ、おじさん。やっぱり本当に悪い人じゃなかったんだね」


 仁科は用務員に笑いかける。


「どういうことだ」


 新藤はいまいち分かっていないようである。


「どっきり、だよな?」


 仁科は自信を持って答えた。用務員は黙る。


「だ――っ! バレちまったか。どうして分かったんだ?」

「だってなんか、ケガさせないようにしてんのが拳から伝わったんだよ」

「どっきりって、えええ! どういうこと?」


 有里は仁科と用務員を交互に見る。


「お前らが、実戦もしたいって言うからさ。昔、俺がいたグループの後輩たちに頼んだんだ。計画立てるのは大変だった。なんせ頭使ったことないからな」


 用務員は頭をかいた。


「それで今日は入り口から普通にこいつらを入れたんだ。それでさっき、仁科が来たとき、あれ? 予定より早いな、って思って。全然戦い足りないだろうと思って、ネタばらしする前に俺が相手になったんだ。おーい、お前たちも出てきて良いぞ!」


 入り口から、ぞろぞろと不良たちが出てくる。


「どっきりなら、なんで先輩をあんなに殴ったんですか……」


 仁科は用務員に聞いた。


「先輩?」


 用務員は首をかしげる。


「あのヤンキーの。校舎裏にいる」

「なんであいついるんだ?」


 そこで不良集団の一人が前に出た。


「なんか予定にない奴いたんで、同類みたいだったし、こっちの挨拶として半殺しにしました!」

「やりすぎだ」


 用務員は不良の頭を思い切りはたいた。




 昼下がり、仁科は中庭のベンチで昨日のことを思い出していた。


『あんたのこと、ちょっと凄いなって思った。ちょっと好きかもね』

『えっ!』

『何だって! 悔しい――!』

『新藤よ、私は、あのとき用務員を呼びに行った仁科の様子を見に行こうと言った、お前さんもかっこいいと思うぞ。ちょっと好きになった』

『えっ……』


 まさか新藤が俺を助けようとしてくれるとは。仁科は、富枝に好きと言われてテンパった新藤を思い出してニヤニヤした。

 そして散歩がてら、校舎裏の様子を見ることにする。こっそりのぞき込んだ。


「打倒仁科! 打倒あんときの不良校!」


 先輩が拳を天に突き上げる。


「おおおお――――――!」


 不良たちがそれに賛同する雄叫びだ。


「怖っ」


 仁科はこっそり逃げ出した。以降、用務員が強いことを知ったバトル部の皆が、用務員を戦闘に巻き込んで巻き込んで、昼間は昼寝中の用務員がよく目撃されるとか。

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