バトって青春!

@mayoinu

第1話 放課後はバトルのお時間

「バトル部を作りたいです! 顧問になってください! お願いします。バトル漫画が大好きなんです!」


 仁科は職員室で教師という教師に頼んでまわったが、笑われて終わった。最後のひとりは事務員で、困った顔をされてしまった。


 職員室を出た仁科は、とぼとぼと廊下を歩いた。窓からは中庭が見え、小さな庭園の様に噴水やベンチがあった。今は放課後だから、生徒の姿はない。各々の部活だったり、帰宅部は返っただろう。


ひとりだけ、壁際の石段に腰掛けて煙草を吹かしている用務員がいる。デッキブラシが横に投げ置いてある。仁科は廊下の掃き捨て窓から中庭に出た。石段に沿って用務員の所まで移動する。


「おじさん、さぼり?」


仁科は用務員の隣に腰掛ける。


「お前のおじさんじゃ無いよ」

「そうやって皆に呼ばれてんじゃん」


 仁科がいうと、用務員は頭をかいて「まあな」と答えた。


「石段の苔を掃除してたんだけど、飽きちまった」

「雑用しかやってないよね。なんで先生じゃなくて用務員になったの?」

「先生になるのは難しいけど、用務員には簡単になれるからな」


 用務員はニカッと笑った。


「そんでお前は? 帰らねえのか」

「頼みがあってきたんだよ」

「なんだ? 喧嘩なら止めに行ってやるぞ。隠し場所に困った物も預かってやる」

「違うんだけど、みんな何預けに来るの」


 仁科は身を乗り出した。


「あっち系のだよ」

「ああ」


 用務員と仁科は顔を合わせてニヤッと笑う。


「頼みってのはさ、新しく部活作りたいから顧問になってほしいんだけど。さすがに用務員は顧問になれないよな」

「なれねえなあ。どんな部活だ? 聞かせてくれよ」

「バトル部」

「そりゃ先生たちもオッケー出さないだろうな」

「やっぱりか。でも諦めきれないんだよ」

「よし、良いアイデアをやろう」

「おっ」




 仁科はドキドキしながら職員室へ入ると、学年主任の先生の席に一直線で向かった。


「先生! 討論部を作りたいです」


 先生は書き物をする手を止めて振り向いた。


「バトル部はもういいのか?」


 先生はにっこり笑っている。


「それはもういいです! 討論部の顧問になってください!」


 仁科は先生の目をじっと見る。一方の先生は、さらっとこう答えた。


「活動実績がないと部活は作れないぞ。討論部を作るには、討論の実績が無いと」


 仁科は大きな瞬きをした。


「討論の活動って、何をしたら良いんですか?」

「待ってろ――」


 そう言って先生は机の上の書類を掻き混ぜ始める。そして一枚の紙を仁科に見せた。


「討論会に出るのはどうだ。ちょうど募集してたんだ」

「見せてください」


 仁科はその紙をひったくるようにして受け取った。それを真剣なまなざしで読む。先生が、内容を掻い摘まんで説明する。


「発表原稿を作って、それを発表の場で読むんだ」

「原稿を書くんですね、やります」


 仁科は姿勢を正した。


「やるのか! よし、持ってきたら読むからな。内容に詰まったら来いよ」


 先生は仁科の腕をバシッと叩いた。


「ありがとうございます!」


 仁科は九十度を超えるお辞儀を見せた。

 仁科はその後、原稿を作っては先生に繰り返し見せに行った。そしてとうとう、合格が出たのだ。討論の原稿の完成だ。




 討論会当日、仁科は教師に送って貰い市民会館へ行った。大勢の観客の中、仁科は発表に成功した。用務員の姿も客席の中にあった。

 帰るとき、ロビーで学年主任の先生はこう言った。


「仁科、部活動は作ってやる。顧問も校長と相談して、暇な先生を付けてやろう」

「ありがとうございます!」

「次は部員集めだな。お前の他に部員が二人以上いれば部活は作れるから。頑張って集めろよ」

「はい!」


 仁科は軽やかな足取りで駐車場へ向かい、先生に送って貰って会場を後にした。




 翌日の昼休み、仁科は部員集めを始めた。

 部活に入っていない人で……同い年が良いな、話しやすいし。先輩たちと交流ないしな。折角だから、バトル漫画とか好きな奴が良いな。

 仁科は廊下から自分の教室を見た。

 うちのクラスにはいないな。他のクラスに行こう。

 仁科は隣の教室の前にいる男子生徒に声をかける。


「ねえ、そっちのクラスに、部活入ってない子いる?」

「伊藤と山田と……有里(あり)がいるな」

「どいつ?」


 そういうと男子生徒は自分の教室に向かって声をかけた。


「おーい! 伊藤と山田と有里さん! 呼んでる!」


 といって仁科を指さす。仁科は教室の中の生徒たちに軽く会釈をした。

 まず男子生徒が二人廊下に出てくる。伊藤と山田だ。その後、背の高い女子生徒が一人、廊下に出てくる。その彼女の美人さに、仁科は見とれた。

この子は入らないだろうな――。一緒に部活動したいけど。

 少し残念な気持ちになったが、気を取り直して、部活動の勧誘をする。


「バトル部作るんだけど、バトルしたい人いない?」


 伊藤が眉をひそめた。


「そんな部活できんの?」

「表向きは討論部だけどね」

「ふーん、俺パス。家でアニメ見る時間減るから」


 それを聞いてもう一人の山田も、「俺もいいや」と言って教室に戻っていった。


「そっか、ごめんな呼んで」


 収穫なし。仁科が次の教室に行こうとしたときだった。


「私入るわ」


 美少女、有里が手を挙げた。


「えっ」


 思わず聞き返す。


「体を持て余してたの」


 その豊満なボディを揺らす有里に、仁科はどきっとする。


「脚力には自信があるしね」


 そう言って有里は、目の前で足を振り上げ、上段蹴りを披露する。風がビュンと鳴り、仁科はまた、ドキッとした。

 有里は足を下ろすと、スカートをなでる。


「バトル漫画も好きよ」


 妖艶な笑顔だった。仁科はドキドキしながら、有里を連れて隣のクラスに行く。ちょうど廊下に出た女子生徒に、有里が声をかけた。


「由子ちゃん、由子ちゃんのクラスで部活入ってない子っているかな?」


 有里と比べると、その女子生徒は十センチ近くも差があった。


「いるよ、ちょっと待ってね」


 その小さく見える女子生徒が、教室へ入っていく。そして、男子生徒を連れて戻ってきた。眼鏡をかけた、これまた背の高い男子生徒であった。


「他の子は今いないんだ。どこ行ったかわかんない」


 女子生徒はそういうので、有里と仁科はお礼を言った。彼女は廊下を歩いて行った。

 黙っていた男子生徒が、眼鏡をくい、と上げた。


「なんか用かい」


 彼は、有里をじっと見ているようであった。口を開こうとする有里を、仁科は手で牽制した。一歩前へ出る。


「俺が説明するよ。バトル部作るから入らない?」


 入らなそう。まず勉強しかしてなさそう。

 仁科は全く期待をしなかった。彼は未だに、仁科の後ろにいる有里を見つめていた。


「有里さんも入るのかい?」

「ええ、入るわよ。新藤君もどう?」


 眼鏡の男子生徒、新藤はレンズを輝かせた。有里が微笑む。


「入る」

「よし来た! これで部活作れるな!」


 有里に夢中なのは気に入らないが、仁科は人数がそろったことの方が嬉しかった。

 さっそく職員室に行こうとする。


「私も入りたいぞ」


 声とともに、仁科は服の裾を引っ張られて振り返る。小さな女子生徒が立っていた。


「私も入れてくれんかのう」

「富枝ちゃんだ。いいよ」


 仁科は二つ返事で了承した。小さな少女、富枝のことは仁科は前から知っていた。お婆ちゃんみたいな話し方と名前、それらと可愛さのギャップから富枝ちゃんという名前は学年中に広まっている。

 有里は富枝に笑顔を向けた。


「女の子も入ってくれると嬉しいわ。よろしくね富枝ちゃん」


 新藤もさわやかな笑顔を向ける。


「これから一緒に頑張ろうね、富枝ちゃん」

「君ら三人とは初めて話したと思うんだけれど、いきなり富枝ちゃん呼びとは驚きだなあ。まあ、よろしく頼む」

「人数もそろったし、職員室行こうか」


 そう言って仁科は歩き出す。


「待ちたまえ」

「なあに富枝ちゃん」

「全員に誘ってみたか」

「三クラスとも、一応ね」

「まだいるな」


 新藤が口を挟んだ。


「いるかしら?」


 有里が首をかしげる。


「確かにいる、それは……校舎裏だ」

「あれはいいです」


 仁科は全力で拒否した。


「骨のある奴が入ってくれるかもしれんぞ」


 富枝は仁科の方をじっと見る。気がつくと他の二人も、仁科の顔を見ていた。


「分かったよ! 皆で行こうね」




 そうして仁科たちは、校舎裏まで来た。まず、たばこ臭いと仁科は思った。


「すみませーん。部活動作るんですけど……」

「ああ! なんのようだおら!」


 リーゼントに、裾を長く改造した学ラン。しゃがみ込んだ状態からにらみ上げられ、仁科は飛び跳ねた。


「ひええ! すみませんでした――」


 仁科たちは全力ダッシュで逃げた。


「……怖かったな」


 富枝がぼそっと口にした。

 とりあえずこの四人でいいという方向に纏まったのであった。

 部員が集まり、部活申請用紙に名前を書いて貰うことができた。放課後になると、仁科はそれを職員室に提出しに行く。


「部員集まりました。よろしくお願いします」


 学年主任に用紙を渡すと、快く受け取って貰うことができた。


「よし、受け取った。じゃあ折角だから、次は校長室の掃除を頼もうかな」

「なんでですか?」

「部活の命運は校長先生にかかってるんだから、恩を売っておかないと。あと、掃除当番がないから誰かが掃除しないと。埃まみれだから」

「行ってきます」


 校長が埃まみれな部屋にいるというのは良くない。仁科は校長室掃除を引き受けた。

 あいつらも誘おうか。いや、わざわざ探すのもな……。一人で掃除するか。

 校長室は玄関近くにある。校長室だけ扉がスライド式でなく、開き戸になっている。ドアノブをひねって開けると、ほこり臭いにおいが鼻を突いた。重厚な机の他には壁いっぱいにトロフィーが並んでいる。教育に関する賞がほとんどであった。

 校長凄い人なんだな――ただのお爺さんに見えるけど

 ハタキをかけながら、仁科は思うのであった。

 その後、無事部活動は許可され、討論部はできあがった。




 月明かりが、廊下を最高のバトルのステージにしてくれる。

 廊下の向こう端に、新藤と富枝、こちら端には、仁科と有里がスタンバイしている。向こうにいる新藤が鼻息を荒くしているのがこちらからでも分かった。


「有里ちゃんにべたべた触りやがって! 絶対わざとだろ! くっそー、許さねえ!」


 それで新藤は怒っていたのだ。有里がきょとん顔で仁科の方を見た。


「わざとだったの?」


 仁科はそっぽを向く。


「まあまあ、そろそろ始めようか! 数えるよ」


 仁科のかけ声で、全員がカウントを始める。三、二、一、ゼロ!

 新藤が急いでチョークを大量に教室から持ち出し、攻撃を始める。


「待て新藤、協力しないと! ああ……仕方あるまい、私も行くぞ!」


 富枝も急いで教室へ入ると、机を持ってきた。それを軽々と片手で持ち上げると、振りかぶって投げた。まっすぐ仁科たちの方へ飛んでくる机。有里がそれを交わし飛び出していく。仁科もすんでの所で飛来物をよける。後ろの壁からドガンッ! と音がして、鼓膜を揺らす。

 仁科は教室へ駆け込む。何か使える物はないか。

 黒板近くに大きな分度器が立てかけてあるのが目に入る。仁科は大きな分度器を持って、有里の後ろを追いかけた。

 有里は飛来物に邪魔をされ、中々敵陣に近づけないでいた。仁科は前に出ようとする。体にぶつかるチョーク。ダーツのごとく投げられたそれは、刺さった様に痛い。


「――っちぃ!」


 仁科はなんとかチョークをよける。次に飛んでくる机。よける。全く前に進むことはできない。隣では、有里が同じように奮闘していた。


「有里、わざとじゃないよ」


 仁科が言った。


「もういいわよ、別に」


 有里は怒っている風ではなかった。


「有里ってすごい強いから。だから、勝つにはああやるしかなかったんだ。わざと密着したわけじゃないよ」


 有里が、ちらっと仁科の方を見た。すぐに飛来物に集中する。


「強いから? 憧れてた?」


 有里は一歩踏み出した。


「そこまで言ってないけど……うん」

「そっか!」


 有里がまた一歩踏み出す。


「協力しましょ。そしたら勝てるわ」


 有里は振り向かずに言った。


「うん!」


 仁科はチョークや机の飛来物をよけ、二、三歩前へ出た。隣には有里がいる。仁科は両手を組み、ジャンプ台を作る。有里はそれに足をかけると、仁科の手にものすごい力がかかる。仁科はその一瞬に力を込め、有里の靴底を押しだす。飛ぶ有里。放物線を描き、新藤と富枝に突撃する。

 悲鳴を上げる新藤と富枝。二人の上に、どっかりと有里が乗っかっている。有里は仁科に親指を立てた。仁科も返す。


「やったぜ!」


 新藤が有里をよけながら、ゆっくりと起き上がる。


「おい、仁科! 有里ちゃんと富枝ちゃんがケガしたらどうするんだ!」

「いやー、だって有里が言ったことだし……」


 たじろぐ仁科。その間に、富枝がのっそり起き上がる。


「やい新藤、お前が一人で突っ走るからこうなるのだぞ」


 富枝が新藤をにらんだ。


「ごめん……」


 縮こまる新藤。


「今度からは気をつけような」


 富枝が、優しく新藤の頭をなでる。


「富枝ちゃん……!」


 二人を微笑ましそうに有里が見ていた。


「なんか良い雰囲気ね」


 有里が仁科に耳打ちした。仁科はその近さにドキッとした。

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