第2話 猫魔美依子と悪魔の取引

 前回までのあらすじ!


 くっそぶちゃいくなネコをゲッツしようとした女子高生、猫魔美依子はトラックに跳ねられてアスファルトにパワーボムを極められたぞ!



◇◇◇



「……空、めちゃくちゃ青い」


 いつの間にか路上に仰向けに転がっていた私は、雲ひとつない青空を見上げていた。

 なんだか、体が一ミリも動かせないんだけど、そんなことすらこの美しい青空の前では些細なことに思えてくる。


 ……訳ないじゃん! どうなってんの私の体!?


「ふんぬー! ふんぬぉー! あ、ダメだこれ、全然動かない! やっべーい! このままでは、10年連続、今季11回目の私の皆勤賞に傷が!? というか、何で私こんな状況になってるの? 助けて神様! サムバディ、テルミーホワーイ?」


 訳の分からぬ状況に、流暢な英語(通知表10段階評価で2点)で説明を誰かに求めるも、そんなに都合のいい人間が側にいるはずもーー


「なら、私が説明してあげよう」

「ーーあったぁ!?」


 おお、天は私を見捨てなかった!


 その声の主は喋り方は男性のようだが、声色からして若い女性なのだろう。都合のいいことに、私が今置かれた状況を説明してくれる優しい人間が側に居たことを神に感謝する。


 ん? 日本人としては仏に感謝した方がいいのかな? いや、でも咄嗟のことだから神に祈っちゃったし、神でいいか! ありがとう神様、マジ感謝だね!


 取りあえず神様に感謝を捧げつつ、私は優しいその人に問いかける。


「それでは親切な人。私が今置かれた状況を説明していただけますか? あ、もしよろしければ、私あんまり頭がよろしくないので簡潔に説明してもらえると助かります」


 なんとか動く口でお願いすると、視界のすみでその人がこくりと頷くのが見えた。首も動かせないのでおぼろ気な輪郭しか見えないけど、どうやら女の人っぽい。

 その女の人は恐らく顎に手を添えて少し考える仕草をした後に、スパッと言葉を口にした。


「猫魔さん。君は今しがたトラックに跳ねられた。多分もう少しで死ぬ」

「うぇ!?」


 おお、天は私を見捨てた!


 というか、私、死ぬって! さっきの感謝を返して! 一週間以内ならクーリングオフできるって私だって知ってるんだから!


「……クーリングオフは商品を受け取った側が使える制度だから、今回使えるのは『感謝』をもらった神様の方であって猫魔さんは使えないぞ」

「なんてこったい!」


 どうやら心の声が漏れていたようで、親切な人の冷静かつ的確なツッコミを受けてしまった。そして、そんなやり取りをしている内に私はあることに気が付いた。


「あれ? 私、親切な人にお名前教えてましたっけ?」


 そう、私と親切な人は恐らく初対面のはず。それなのに親切な人は私の名前を口にした。これはバカの私でもわかるぐらいおかしな話だ。

 いや、もしかしたら死ぬ寸前に火事場の馬鹿力的なあれで、私の秘めたる知性が覚醒したから気づけたのかもしれない。

 まあ、とにかくおかしいのだ!


「ああ、それはですね……」

「あっ! 私、気付きましたよ!」

「……一体何に気づいたんですか、猫魔さん?」


 親切な人が何かを言おうとしていたのを遮って私は叫ぶ。


 これは、私も知ってる展開ですよ! 友達の友美ちゃんがよく読んでるライトノベル?ってやつで良くあるやつだ!


「親切な人、貴女は実は女神様で、私は貴女の不手際でトラックに跳ねられて異世界に転生させられるんでしょう! ですよね!」


 トラックに跳ねられて異世界に転生する。


 最近はそんな展開が世の中では流行っているのか、友美ちゃんが貸してくれた数々の本では最初の数ページ位で8割位の主人公がトラックに跳ねられていた。

 これが現実ならトラックは呪いのアイテムとしてNBC兵器に次ぐ第四の人類への脅威の兵器としてNBCT兵器拡散防止条約が制定され、いすゞは倒産するだろう。

 しかし、実際に自分の身にそんな本のような出来事が起きるなんてーー


「いや、私は女神じゃなくてただの人間だ。ちなみに私の名前は松戸、松戸まつど彩円さいえんだ」

「へぎょー!?」


 ーー起こってなかった! なんてこったい!(本日二度目) ……あれ? でも……


「……それじゃあ、松戸さんは女神でもないのに何で私の名前を知ってるんですか?」

「ああ、君が不細工なネコを捕まえようとしてトラックに盛大に跳ねられてアスファルトにパワーボムを決めているときに、鞄から生徒手帳が落ちてね。それを拾って名前を見たというわけだ」

「うわー、納得ー」


 松戸さんの語る最もな理屈に、私は心底納得した。そりゃあ生徒手帳を見れば名前も分かるわ。


 ん? でも、そういうことは……


「えーっと、ということはですよ」

「うん?」

「私、普通に死ぬってことですか?」

「そうだ」

「ぐへぇ!?」


 な、な、なんてこったい!(本日三度目)


 え、嘘、私、死ぬの? 健康しか取り柄がない私が? ぶちゃいくなネコを追いかけてトラックに跳ねられるなんてアホ丸出しの死因で?


 そんなことを考える私の脳裏に、葬式で私のことを偲ぶ友達のビジョンが鮮明に浮かぶ。


ホワンホワンホワン……


「猫魔さんが死んだなんて今でも信じられませんよ。机の奥から出てきた二週間前のパンをペロリと平らげても平然としていたのに………」

「ええ、小学校の頃『慣性ドリフトォ!』と叫んで自転車でドリフト使用として失敗、顔面からアスファルトに突っ込んで前歯を二本ロストしても次の日普通に学校に登校していた猫魔さんが……」

「まさか、ネコを捕まえようとしてトラックに轢かれるなんて……壊れたのはトラックの方の間違いじゃないんですか?」

「しかも、そのネコめちゃくちゃ不細工だったんですって。猫魔さん、ちょっと変わった趣味をしていらしたから、捕まえずにはいられなかったのですね……」

「猫魔さん、貴女のことは忘れないわ。あ、貴女に貸してた購買のパン代500円、香典から引いておくから受付には19500円渡しておいたわ」

「さようなら猫魔さん。君がいなくなると定期テストの順位表で自分の下に書かれる名前が一つ減ってしまうのが最高に悲しいよ」


 さようなら、猫魔さん。さようなら、さようなら……


「わー!? そんなのやだぁ! なんか、私が死んでも録な思い出を語ってくれる人がいなーい!?」

「……悲しい人生を歩んできたんだな、猫魔さん」

「うわーん! 顔は見えないけど初対面の人に心底同情されてるのが声色でわかるぅ!」


 うう……、まさか初対面の松戸さんにすら同情されるなんて私の人生ってなんなの?


 このままでは、死んでも死にきれない。取りあえず皆勤賞は諦めるにしても、死なないように救急車を呼んでもらおう。なんとか命だけでも助かることが肝心だ。そうすれば葬式で録な思い出を語られないという最悪の結末だけは回避できる。


 さすが私! 死にかけても冴え渡る知性!(定期テスト学年順位192名中191位、内1名欠席)


 そうポジティブに考えて、私は救急車の手配を頼むために松戸さんに声をかける。


「あのう、松戸さん。何度も頼み事をして申し訳ないのですが、できれば救急車を呼んでいただけると嬉しいかなーって」

「それはいいんだが、多分猫魔さんは普通の病院では手遅れだな」

「えっ」

「だって君の首、今人間の限界を超えたベクトルで曲がってるから。多分動かした瞬間に死ぬぞ?」

「ぎゃぴぃ!?」


 えっ、人間の限界を超えたベクトルって何!? 私の首、今どうなってるの!? み、見たい! あ、だめだ、やっぱり見たくない。というか、そんなことよりーー


「う、動かしたら死ぬんですか?」

「ああ、今君は奇跡的に首の神経が途切れてないが、一ミリでも動かせば間違いなくブチッといくな」

「ぶちっとッスか……ははは……」


 うーわー、これ詰んだ? 人生、詰んだ?


 ここから一ミリでも動けば死ぬ。その恐るべき事実に、流石の私もテンションだだ下がりのナイアガラである。

 走馬灯のように過るのは、今までの楽しかった友人・家族との思い出と、まだ見ぬ未来の彼氏(イケメン)の姿。


 あ、これ後半はただの妄想だわ。最期の最後まで締まらないなぁ、私は。


 そんなことを考えていると、ふっと私の視界に青空以外のものが映る。

 それは長い黒髪を市松人形のようにカットした、整った、しかしどこか鷹のような鳥を思わせるような眼光鋭い女性の顔だった。


 もしかして、松戸さんかな? 取りあえず死ぬ前にお礼の言葉でも言っておこう。色々手間を取らせちゃったし。


 私がそう思ってお礼の言葉を口にするその前に、松戸さんの口が開く。


「……しかし、猫魔さん。君は運がいい」

「はい?」


 突然松戸さんに「運がいい」など言われた私は戸惑う。


 だって、今日の星座占い12位だったし。なんなら今死にかけてますし?


 しかし、そんな私のことなどお構いなしに松戸さんは言葉を続ける。


「実は、私はこれでも結構名の知れた科学者なんだ。それこそ、病院では治せないような末期の病気や怪我すら治してしまうほどのね」

「ま、マジですか!?」


 目の前に蜘蛛の糸よろしく垂れ下がった生存の希望に私は思わず声をあげる。


「ああ、本当だ。多少イリーガルな手段にはなるが、猫魔さん。もし君が私に全てを委ねるというのなら、私は君を救うこともやぶさかではない。どうかな?」

「えーと、うーん、どうしようかな……」


 突然私の前に差し伸べられた救いの手。

 しかし、私はその手を取るかどうか迷った。

 日本の医療技術が世界最先端なのはアホな私でも知っている。じゃあ、そんな最先端の技術ですら治せないような私の怪我を目の前の松戸さんが本当に治せるのか?

 いくらアホな私でも躊躇いなくその手を握り返すのは無理ーー


「ーーちなみに、もう悩んでいられる時間はないぞ? もうすでに、他の目撃者が救急車を手配しているからな。事情を知らない救急隊員が来たら猫魔さんの体は搬送のために持ち上げられて、君の首は『コキャッ』となって二度と意識が戻ることはないだろうね」

「はーい! 私、松戸さんに全部委ねまーす!」


 あぶねー!? もう少しで私、完全に死ぬところだったよ!?


 耳に遠くから微かに聞こえるサイレンの音を感じながら、私は目の前の松戸さんが満足そうな表情で頷くのを見た。

 松戸さんは取り出したゴツい無線機のようなスマホを耳に当てると誰かと話始める。


「あー、もしもし。《ウルフ》か? 私だ、松戸だ。今活きのいい実験モルモッ……じゃない、患者クランケが手に入った」

「あれ、今、実験体モルモットって言いませんでした?」

「気のせいだ、君は死にかけているから幻聴でも聞こえたんだろうさ。……ああ、こちらの話だ。とにかくすぐに車を回してくれ、病院と学校へは今から私が横槍を入れる。ああ、頼んだぞ」


 その言葉を最後に松戸さんはスマホを切る。


 なんだか、不安を煽るような言葉が聞こえたような気がするけど、きっときのせいだよね? よね?


 その事を松戸さんに詳しく聞こうか私が躊躇っていたその時。


ヴォンォンォン! キキーッ!


 けたたましいエンジンとブレーキの音が聞こえて私は狼狽える。


「な、なんです!?」

「心配する必要はない。私の迎えがきたんだ」

「え、めちゃくちゃ早くないですか?」

「ああ、ウルフには何かあったときのためにいつも近くで待機させているからな」


 そんなことを言っていると「バタン」とドアの開く音が聞こえて、重い足音がこちらに近づいてくる。


「博士、こいつがさっき言ってた患者か? ……なんか、活き活きどころか直ぐに死にそうなんだが……直るのか、これ?」


 足音の主はどうやら若い男性のようで、どうやらこの人が通話相手の《ウルフ》さんらしい。


 ……なんかウルフさんの言ってる「なおる」のニュアンスが違ってた気がするけどこれもきのせいだよね?


 そこはかとない不安を感じさせるウルフさんの言葉に、松戸さんが力強く頷く。


のか、じゃない。んだよ、どんな手を使ってでもね」


 ……え、私、一体何されるんです?


 流石にツッコミを入れようと思った私だったが、それよりも先に動いたのはウルフさんだった。


「そーかい。んじゃ、取りあえずこいつ車に載せるから持ち上げるな」

「えっ、ちょっ、私持ち上げるというか、動かされると死んじゃうんですけど……」

「あん? なんだこいつ意識があったのか。こんなこといってるけど、どうする博士?」

「構わんよ、運んでくれ。……猫魔さん」

「……はい?」


 今までで一番優しい声色で話し掛けてきた松戸さんに、私は恐る恐る応える。


「君は私が責任をもって直すから、とりあえず、ラボに運ぶために一旦死んでくれ」

「えーっ!? そ、そんなこと急に言われても心の準備が!?」

「んじゃ、話もまとまったところで運ぶぜ、それっ!」

「あっ、ちょまっ、運ぶときはせめてお姫様抱っこでデリケートにおねげふぅ!?」


 私の希望の言葉が最後まで終わらない内に、私の体は引っ越し業者が雑に扱っても構わない段ボールを持ち上げるような感じで持ち上げられた。


 それはどちらかというと「お様抱っこ」というよりも米俵を担ぐような「お様抱っこ」のようなスタイルで。


 とりあえず、私、猫魔美依子は死んだ。

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