元女子高生猫型怪人ニャンダコリャーの憂鬱

@owlet4242

第1話 猫魔美依子はトラックに轢かれる

 桜の花吹雪も散り終えて、麗らかな春の日差しを浴びて葉桜がきらめく春の佳き日。


「いっけな~い! 遅刻、遅刻!」


 そんな古典的なセリフを口走りながら、今、高校への通学路をチャリンコを漕いで全力疾走している美少女は何者か!?


 そう! 私、猫魔ねこま 美依子みいこである!


「……って、誰に向けてのアピールなんだろ、これ?」


 うーん、まぁ、深く考えなくてもいいか!


 昭和の家電レベルの単純な思考回路が持ち味の私は、少し考えても結論が出なさそうなことはほっぽりだして、学校のホームルームに間に合うことに全力を注ぐことに決める。


 昔から、私は複雑なことを考えるのが苦手だしなぁ。


 今から10年前、私がまだピカピカの小学校一年生だった頃。当時の私の通知表の担任のコメント欄には、「猫魔さんは元気なことが取り柄です。その元気さを生かして体育以外の教科も頑張りましょう」と書いてあった。

 しかし、小学校を卒業する六年生の通知表では、教師にもさじを投げられたのか後半のコメントが丸ごと消えて「猫魔さんは元気なことが取り柄です」としか書かれなくなった。

 中学校を卒業する頃には、コメントはさらに悪化して、「猫魔さんは元気なことだけ・・が取り柄です」と書かれていた。


 ……ひどくね?


 いや、確かに体育以外の成績は赤が付かない方が珍しくて、与えられたハードルはどれだけそれを下げられても、その更に下を匍匐前進で潜ってきた私だけども!

 クラスの半数がインフルエンザで学級閉鎖になって、その後続々と家でクラスメートが倒れて結局クラスで私だけがインフルエンザにかからなかったこともあったけども!

 もっと、こう、私を褒めるところがあるのではないだろうか!?


「……だめだぁ、思いつかねぇ……」


 自分ですら自分の魅力を全く思い付かないことに頭を抱える。いや、多分、私の可能性は自分でも気付かないほどの奥底に眠っているのだ。うん、そうに違いない。


 だから、誰かそれを掘り起こして私を元気付けて下さい、お願いします。


 しかし、そんな自分でも気付かない自分の魅力を掘り起こしてくれるほど、私のことを好きになってくれる人間はいない。


 猫魔美依子、16歳。この世に「オギャア」と生まれたその瞬間から、絶賛彼氏募集中です!


「って、ダメだ、ダメだ! 朝からこんな調子じゃあ学校に遅刻しちゃうよ!」


 脇道へ際限なく逸れて行きそうだった思考を慌てて現実に引き戻す。

 そう、今の私は大絶賛遅刻寸前。小学校一年生から守り通してきた皆勤賞という名の砦に傷がつきそうなのである! 

 今日の朝の連続ドラマが名シーンの宝庫で、余韻に浸っていたらすっかりいつもの登校時刻を過ぎていた。調子にのってその後のニュースの星座占いまで見てしまったのも、今思い返せば判断ミスだ。ちなみに、今日の私の運勢は12位、今日はやることなすこと全て裏目、不慮の事故に気を付けようとのコメントだった。


 ちくしょう、見なければよかった……!


 生まれてこの方大きな病気や怪我の一つもせずに、コツコツと皆勤賞を積み上げてきた私。そんな私から元気という要素を取り上げて一体何が残るというのか。


 ……「無」なの? 最後に残るのは「無」だというの? では、私とは一体、ウゴゴ……


 そんな哲学的な問いに頭を捻りながら、私の体は刻みつけられた動作をマシーンのようにこなして、交差点を全速力で曲がる。


「くらえ、前輪溝落とし! 掟やぶりの地元走りよ!」


 叫び声を上げながら、前輪を排水用の溝に引っかけ後輪をドリフトさせることにより、理論上最速でコーナーを攻める。幼少のみぎり、乳歯の前歯二本と引き換えに完成させた奇跡のドラテクに全米が震えた。私がツール・ド・フランスを制覇する日も近い。

 ここを抜ければ学校まではストレート、残り時間はまだ10分近く残っている。


 私は勝ったのだ。


「おっしゃあ! 私、大☆勝☆利! ……ん?」


 チャリンコの上で勝利の予感に喝采を上げ、遅刻寸前で教室に滑り込んだ後の担任へのコメントまで考えて始めていた私。


 そんな私の前には現れたのだ。


「あっ、ネコちゃん! かわい……ヽ( ;゚;ж;゚;)ノブッフォ!? なんだあのネコ、ぶちゃいく過ぎる!?」


 普段ならネコ一匹、そのままスルーして走り抜けるところ。しかし、そのネコは私にそれを許させぬほどにぶちゃいくだったのである!


 なんだあのネコは、フレンチブルドッグの遺伝子でも混ざったのか? 禁酒法時代のマフィアの親分みたいな顔をしてるぞ……

 ……キメラ! もしかしてキメラなのか!? くそう、人間を混ぜたキメラは作っちゃダメだってエドワードが言ってたのに! 

 ……ダメだ、あれは捨て置いて走り抜けるには勿体ない、十年に一匹の逸材……!


 学校までの距離おおよそ300メートル。教室に入るまでの距離も考えるとかなりシビアな時間管理が要求されることは目に見えている。

 しかし、そんな皆勤賞を求める私Aとは別の私Bが、「あのネコを確保すれば、今日一日、教室での話題の中心地は私だ」と脳内で語りかけてくる。


私A「いけません、私よ。皆勤賞を私から取り上げて、一体私に何が残るというのです。ここはリスクを避けて、スマホのカメラで撮影するのです」 

私B「しかし、カメラではこのネコのぶちゃいくさを十分に伝えられるとは思えません。近寄って逃げなければそのまま確保しておしまいなさい」


 そう言って、脳内で私Aと私Bがガッチリと握手を交わした。交渉成立である。


「おっしゃ、急ブレーキ! アーンドリフトオフ!」


 タイヤが摩擦で煙を上げるほどの勢いで停車した私は、自転車を丁寧に歩道の端に停めるとぶちゃいくに向かって駆け出していく。

 そんな私の目の前でぶちゃいくは逃げるどころか、ふてぶてしい態度で路上でごろんと横になり始める。


 ……勝った! このネコ、れる!


 完全勝利の予感に酔いしれながら、私が路上のぶちゃいくに手を伸ばしたその時。


「あ、危ない」

「……へっ?」


 ……プアーッ! キキーッ! ドンッ!


 正体不明の誰かのやけに冷静な声色の警告を聞きながら、私の体はトラックに跳ねられ宙を舞った。


 ……今日はやることなすこと全て裏目、不慮の事故に注意、か。なるほど朝の星座占い、結構いい仕事するじゃない……


 ……ドグチャア!


 アスファルトにパワーボムの体勢で後頭部から叩きつけられるその刹那、私の脳裏に浮かんだのは朝の星座占いへの賞賛の言葉だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る