転校生は吸血鬼!?⑥
辺り一面に広がる色とりどりな花畑を見て青唯は目を輝かせる。
「わぁ・・・! 何この場所! 凄く綺麗! この住んでいる街に、こんな素敵な花畑があるなんて知らなかった!」
「よかった、喜んでくれて」
「でも、どうしてここへ私を連れてきてくれたの?」
尋ねかけると、一真は少しバツが悪そうに顔をそらす。 単純に喜ばせたいから、といった理由ではなさそうだ。
「え? あ、えっと・・・。 お詫び、かな・・・」
「お詫び? 何の?」
「あ、ごめん、間違えた。 退院祝いだよ」
「退院・・・」
確かに退院したての身。 だがそれを一真に言った憶えはなかった。
―――私が入院していたことを知っているのかぁ・・・。
だが彼が来たのが二週間前であるなら、欠席している人間が入院しているくらいの話を聞くこともあるだろう。 青唯は深く考えず、本当に退院祝いで連れてきてくれたことにした。
「もう身体は大丈夫なの?」
「うん、もう元気でバッチリだよ!」
―――まぁいいや。
―――二週間も休んでいたら、転校生でも理由は知りたくなるよね。
「よかった。 堪能するまで、ここにいていいよ」
「ありがとう!」
そうしてここでのんびりと過ごした。 一真と話しながら花を眺めるだけだが、それだけでも十分過ぎる程楽しい。 だがやはり真夏の日差しは強く、日光の下に長時間いるのは辛かった。
「やっぱり外は暑いね」
「そうだね。 日陰のところへ移動しようか」
一真の言葉を合図に移動する。 その道中気になっていたことを聞いてみることにした。 半袖の自分がこんなに暑いというのだから長袖の一真が暑くないはずがないのだ。
「そう言えば、一真くんってずっと長袖を着ているの?」
「あぁ、うん」
「暑くない?」
「暑いよ。 でも俺は肌が弱くて出せないんだ」
「そっか。 肌が弱いと大変だね。 ちゃんと水分取ってね」
「心配してくれてありがとう」
青唯の頭の中では茜鈴が言っていたことが思い出されていた。 吸血鬼は太陽に弱く、長袖はそれから身を守るため。 だがそうなると露出してる部分が少しでもあるのはおかしいとも思う。
実際に肌が弱く日光に晒すことができない人は本当にいるのも知っている。 少々ジロジロ見過ぎたかと思い顔をそむけたところ、一真はバッグから水筒を取り出した。
「飲む?」
「あ、えぇと、今はいいかな」
青唯もこの暑さで喉が渇いている。 だがやはり茜鈴の言っていたことが気にかかり、断ってしまった。 一真は水筒に血液を入れていてそれを飲むのだという。
当たり前の話だが青唯は血液なんて飲みたくないのだ。
―――まさか、ね。
一真はマスクを外し飲み始める。 あまりジロジロ見るのは悪いと思うが、つい横目で窺ってしまう。 牙は残念ながら見ることすらできなかった。
ただ本命は水筒の中身で、喉が揺れるのをジッと観察していた。 飲み終えたのかゆっくり水筒が口から離れていき、そして、一滴の赤い雫が口元から垂れたのが見えた。
「嘘・・・」
「ん?」
心の声が漏れてしまい慌てて口を押える。 それを一真は不思議そうに見ていたのだが、それが少々の恐怖に繋がった。
「どうしたの?」
―――・・・でも、ここまで来たら聞くしかない、よね。
―――もしその赤いのが血だとしても、私なら受け入れられる。
―――本当に水筒の中身は噂通り赤色だった。
―――あとで茜鈴に謝らないとな・・・。
噂話は真実だったのだ。 牙の存在は確認できなかったが、間違いなく水筒の中には赤い液体が満たされている。
「ねぇ、その水筒の中身は何?」
「これ? 飲んでみる? って、いらないんだっけ」
「ううん、ちょっとほしい。 飲んで、いいの?」
「構わないよ」
水筒を受け取り口を開けたが、流石にこのまま飲むのは怖過ぎた。
―――一応念のために聞こう・・・。
「これ、私が飲んでも大丈夫?」
「問題ないよ。 寧ろ身体にいいんじゃないかな」
―――身体にいいと言われても・・・。
意を決して少量口に含む。 酸味と甘味が広がり、そしてそれは飲んだことのある味わいだった。
「あ、美味しい・・・。 トマトジュースだ」
「どうも水道の水は苦手で。 だから特別に、家から持参の水筒を持ってきてもいいっていう許可を学校からもらったんだ」
「そういうことだったんだ・・・」
―――よかった、血じゃなかったんだ。
―――水筒の中身も真相も分かったし、これも茜鈴にまたあとで報告だね。
ホッと一安心して水筒を返したところで、二人の近くから大きな影が伸びた。
「ん?」
見ると一人の大人の男性と目が合う。 先程まで周りに人がいる気配はなかった。
「あれ、君は・・・」
そして、男はどうやら青唯のことを知っているようだった。 更に言うなら、青唯もどこかで見かけたような記憶がしている。
「あれ、どこかで・・・」
だがそれがどこでかは分からない。 誰かもわからない。 しかし何故か、一真を見れば険しい表情をしていた。
「一真。 まだこんなことをしているのか」
「あぁ。 俺は父さんを止めてみせるから。 もう父さんの好き勝手にはさせない。 行こう、青唯さん」
「あ、うん・・・」
一真に腕を引っ張られここを離れる。 どうやら大人は一真の父親だったようだ。 しかし一真とでさえ今日が初めての出会いだというのに、その父親なんて知るはずがない。
首を捻り考えていると背後から彼の父が叫んだ。
「待て! 吸血鬼の息子ごときが、生意気な口を利くな!」
「・・・え?」
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