第11話 うわあ!
「うわあ! プードルみたい」と貴子が言えば「マシュマロですよ、食べたあい」と、口数の少なかった真理子が応じた。ルームミラーから見える真理子の目がキラキラと輝いて見える。窓から身を乗り出しそうな勢いでガラス面におでこを付けている。2ドアの商用車であることが残念といった表情もまた見せていた。助手席の貴子も気づいているようで、ご機嫌みたいよと彼に目配せをした。
山の中腹を過ぎて樹木の間から市街地が見え始めると、そろそろ山頂に着く。
「あまり飛ばさないでね、ヒヤヒヤしたわ。さっき、カーブに差し掛かった時なんか、もう少しでガードレールに当たるところだったわよ。ホント、生きた心地がしなかったわ。ねえ、真理子ちゃん」
身振り手振りで後ろの真理子に話しかけ、同意を求めていた。真理子は、さ程に感じていないようだったが「ええ、そうですね」と、短く答えていた。確かに、助手席では恐怖心が倍加されるだろう。そう言えば、途中から貴子のおしゃべりが止まっていた。
「ハイハイ、分かりました。どうせ、上り坂ではスピードは出ません。ご安心下さい」
三人乗りの状態では、速度を上げたくとも上がらない。ギアはセカンドのままでアクセルを目一杯に踏み込む。エンジンの苦しむ声を聞きながら、(がんばってくれ)と祈るような気持ちで、坂を駆け上がっていく。
突然に前を走る車が減速した。ブレーキランプが点いたわけではなく、ただ速度が落ちただけだ。さほどに車間距離をとることなく走っていたために、急ブレーキをかける事態になってしまった。その車の前方にまで気を配って運転している彼には減速する理由が分からない。彼の車に煽られていると感じたのかもしれない。軽自動車ごときにという思いから、ブレーキを踏むことなく減速したのかもしれない。それともアクセルを踏み込む力が、単に弱まっただけかもしれない。慌てた彼を後目に、その車は力強く坂道を駆け上がっていった。
岩田との間で口論になったことがある。二台前の車に意識を持つことに対して、彼は防衛運転だと言い張る。突然のトラブルを少しでも早く察知するためだと。岩田に言わせれば、車間距離をしっかりとっていれば何の問題もないということだ。「危ないから気をつけようよ」ということなのだが、彼は納得しないでいた。
ホッとため息を吐く彼に、容赦ない罵声が浴びせられた。
「こらあ! お嫁に行けなくする気か。それとも、婿養子に来るか?」
「ごめんなさい……それだけは、ご勘弁を」
「それだけは、って、どういう意味なの」
後ろをふり返り「あなた一途ですって」と、真理子に声をかけた。顔を赤らめてうつむく真理子をバックミラーで確認した彼もまた(絶妙のお言葉。姉御肌の貴子さん、ほんとにありがとうございます)と、顔を赤くした。貴子の思いとしては、彼への応援というよりは真理子に彼を印象づけることが切実なことだった。なんとか、二人でのデートを楽しむ関係にまで発展させたかった。
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