第10話 忠節橋手前の

 忠節橋手前の通りで右に折れ、北税務署を左に見ながら少し走ると美江寺観音の交差点に出る。その斜め前には、忌(いま)々(いま)しい裁判所が現れる。つい先日に速度違反の切符を切られ、罰金を支払う羽目になっていた。

(隠れてるんじゃねえぞ、汚えぞ)。取り締まりの警察官に猛烈な怒りを感じたものの、そこで逆らえば青切符が赤切符に変わってしまう。赤切符に変われば、簡易裁判所に呼び出され、ベルトコンベア式に判決を言い渡される。

 違反回数が多くなった一時期に保護観察処分となり、保護司を務める住職の寺に月一回の訪問をさせられた。(あんなことはもうごめんだ)。以来、速度違反だけは犯すまいと決心した――筈だった。それが、高速道路を出てすぐの一般道で、通称ネズミ捕りの速度取り締まりに御用となってしまった。

(堤防を行けばよかった)と後悔しつつ、長良橋通りに入り、ドライブウェイ入り口の麓にたどり着いた。二人のいぶかる視線を背にしながら彼は車を降りた。念のために冷却水の確認をしたかったのだ。今朝確認をしているので心配はないのだが、クネクネとした山道を登るのだ、しかも三人乗車の状態で。馬力の小さい軽自動車なのだ、万が一にもエンジントラブルに見舞われてはならない。特に真理子の前で恥をかくわけにはいかない。


 彼には冷却水の確認で苦い想い出がある。免許を取って間もない頃だったが、水温が異常に上がりオーバーヒート寸前になったことがある。ラジエターの蓋を開けた時、熱湯というよりも火に近いものが彼の顔面を襲ってきた。その時もし、サングラスをしていなかったら……背筋が寒くなる思いをした。鼻(び)尖(せん)とそして上下の唇とに火傷をした。勿論、サングラスは使い物にならなくなった。

 トラブルの原因は半分切れかけ状態のファンベルトだった。たるみができてしまい、うまく回っていなかった。そのためにラジエター内の冷却水がうまく循環せずに、水温が異常に上がってしまった。で今回は少し時間をおいてから、ファンベルトのたるみの確認と冷却水の量の確認をした。(よし、OK)と声に出しながらボンネットを閉めた。

 山肌では四月の上旬には桜が満開となり、ドライブウエイに桜のトンネルを作り出すが、今は終わりを告げている。緑の濃くなった中で、カリフラワー状のモコモコした樹木――岐阜市の木として指定されている金色の花を咲かせたツブラジイの木が郡立している。古代においてはツブラジイの果実であるどんぐりが、そのアクの少なさから貴重な食料とされていた。縄文遺跡からも出土しているという。

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