第2話 昨日のことだ。

昨日のことだ。珍しく岩田との車談義になった。性能云々ということではなく、無謀運転だと岩田には映っている走り方についてだ。

「罰金に、下手をすれば免停だよ。大損じゃないか」と諭すように言った。噛み合わない会話だと知りつつも、なんとかへこましてやろうと、ムキになって反論する彼だ。

「あんたのような模範生じゃダメだ。この気持ちが分かるはずがない。追い越しなんかで意地悪されるだろ」

「そんなことはないさ。ちゃんと、交通法規通りに走っているんだ、大丈夫だよ」

「分かってないな、法規なんて破るためにあるんだぜ。ポリスという職業がある以上、誰かが違反しなきゃ。そうでなかったら、ポリスさんたちの存在意義がないだろうが。我々青年はだ…やめた。あんたにこんなこと言っても始まらない」

 伝票が出来たぞ! と声がかかり、二人して倉庫の二階にある事務室に入った。中二階の造りで事務をする人間には不評な一室だ。広さも八畳ほどで、そこには女子事務員が三人と課長が陣取っている。そして社長夫人が経理担当としてにらみをきかせている。主任の席もあるにはあるのだが、一階の入り口近くに机を置いて差配している。現場での仕事が多いからというのが理由なのだが、社長夫人が苦手だからさと噂されている。

 カウンター代わりの事務棚の上に小箱が置いてあり、担当者別に伝票が仕分けされている。それぞれに伝票を受け取り、部屋を出たとたんに岩田が「増田商店の本田さんが寂しがっていたよ」と、彼に耳打ちした。昨日急な注文が入り彼の代わりに岩田が届けた言う。にやついた表情でも見せれば冗談かと受け止められるのだが、能面のように無表情では本当なのかと思える。彼はといえばふんと鼻を鳴らして無視する態度を見せているが、眉を八の字にしながらも口元が緩んでいる。内心の嬉しさを隠し切れていない。


 益田商店に着くと「まいど!」と、大声で怒鳴るように叫んだ。間口は七、八メートルほどで奥行きがしっかりある店内で、入り口近くには誰も居ないのが常だ。いつもは事務室でふんぞり返っている部長が、今日は陳列してある商品の確認をしていた。彼の声に気付くといつもの仏頂面で、あごをしゃくり上げて二階へとの指示が出た。その二階には岩田が耳打ちした、あの本田という女性がいる。「失礼しまーす」と声をかけて、事務室横の階段を上がる。階段途中で少し耳たぶを赤くした彼が、また「まいど!」と声を張り上げた。

 二度も同じ言葉を発して何をくだらぬことをと思いつつも、いつもそうだ。要するに、まいど以外の気の利いた言葉が出てこないのだ。主任からは、お世辞の一つも言ってこいと言われてはいるが、どうにも思い付かない。まいどと言う言葉すら、先輩社員の助言で覚えた言葉なのだ。当初は蚊の泣くような声で「こんにちわ」と入った。それはそれで初々しいと当初は好感を持たれていたけれども、ふた月も経つと、営業に「まだ慣れないみたいだな」と笑われてしまった。

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