第5話 納豆の日

「じゃ、行ってくるねぇ~」

「おぅ、気をつけてな。知らない人に、付いてっちゃだめだぞ」

「なわけあるかー」


 ( ゚皿゚)キーッ!! って顔をしながら、妻は身を翻す。その姿をドアが隠す。


 ドアが閉まって、しばしの静寂。鍵を掛ける音が玄関に響く。


「ふっふっふ。これでしばし独身だーっ」


 妻が、実家に遊びに行った。お泊まりである。お義母かあさん孝行なのである。


 一緒に呼ばれていたけれど、仕事があるので彼女だけを送り出した。別に義母が苦手という訳ではないのだが、なんとなく行きにくい。そんなもんだよ、配偶者の実家なんて。私の場合、自分の実家も行きにくいんだけどね。


 さて、一晩妻がいないということは、今夜は私の自由になるということだ。夜の街に繰り出してもいいし、若いを呼んでどんちゃん騒ぎしてもいい。……年のせいか、酒は弱くなっているし、最近は外で飲むこともめっきり減った。それに、そもそも若い子の知り合いなんかいない。


 えぇいっ! ぼっちな中年には、ぼっちな中年なりの過ごし方があるんだいっ!


 というわけで、今日の晩ご飯は普段食べられないものを食べるのだっ! と言っても、高級食材ってわけじゃなく、妻がだから食卓に上らないものなんだけど。

 その筆頭が、納豆である。大粒でも小粒でも挽き割りでも、納豆はいい。すべていい。なぜコレが嫌いなのか、理解に苦しむ。妻に言わせると「臭いがだめ」なのだそうだが、そんなに臭わない納豆もだめなのは、やっぱり先入観だと思う。育った環境って、人格形成に大きく影響するんだなぁ。あれ? でも、実家うちもそんなに頻繁には、納豆食べていなかったような気も。


  とりあえず、スーパーに行って納豆を買う。しかし、なんで納豆は三個パックなんだろうね? プリンが三連なのは、母親と子供ふたりの三人で食べることを想定しているらしいけどね。

 さすがに、好きでも三パックいっぺんに食べることはできないので、ミニサイズの納豆を購入。これなら食べきることができるだろう。


 家に帰って、冷凍してあったご飯を解凍しつつ、納豆のパックを開封。さて、どうするか。そのまま食べても美味いけれど、やはりいろいろと味を変えていきたい。

 ひとつめは卵。ミニパックなので、鶏卵だと卵が勝ってしまう。そこで、ウズラの卵。わざわざ買ったのかと怒られそう(誰に?)だが、残りはゆで卵にしておくので問題ない。八宝菜とか作る時に入れよう。ちなみに、「卵」と「玉子」、一般的には調理済みのものを「玉子」と表記するけれど、例外もある……てか、例外多すぎ。どっちでも許される場合も多いし内蔵助。

 おっと、脱線。

 ひとつ目の納豆は、からしを入れてからかき混ぜてほどよきところでウズラの卵を割り入れる。付いているタレじゃなくて、醤油を垂らす。あ、刻みネギも入れよう。からしを後から入れる派もあるらしいが、私は先入れ派だ。

 ふたつ目は、どうしようか。キムチ、チーズ、味噌とか発酵食品を組み合わせてもいいけれど、ここはシンプルに塩とごま油はどうだ? うん、ごまの香りが良い感じ。すりごまも少し足しておこうかな。

 みっつ目は、冷蔵庫にあった高菜を刻んで。高菜のしゃくしゃくとした食感も楽しめるはず。

 みっつの納豆バリエーションを食卓に並べ、ご飯と味噌汁。シンプルだけれど、実に豪華だ。普段、納豆食べられない分、豪華に感じるなー。

 しかし、普通の納豆パックでも良かったかな。簡単に食べてしまいそうだ。次の機会には、卵焼きに入れてみてもいいかな。


「では、いただきます」



「ただいまー」

「おかえり」


 妻、実家より戻る。

 実家からもらってきたお土産を私に渡し、自分は着替えてリビングに。


「ねぇ」

「なに?」

「食べた?」

「……何を?」

「納豆」


 くっ! 消臭剤でも誤魔化せないのかっ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る