第5話

◆◇◆◇─────




 傭兵にも悪人はいる。

 それはどのような職業であっても言える事だが、もとよりならず者、荒くれ者といった柄の悪いような人間の比率が高い職業であるのだから仕方ない話であるだろう。

 だが、そういった悪人と言われるような人格等に問題のある人間は傭兵として大成することはなく雑多の一人として終わることが多い。

 だが、時折傭兵ではない別種の悪人と共に手を組み名声を手にしようとするような傭兵が出てくるのは否定できない。


 そんな傭兵と組む悪人はそれなりの都市で探してみれば存外見つかるもので────それこそ、たまさか偶然にそういう場面を見てしまうことも決してあり得ない話ではないのだ。



「先に聞いておきますけど、あなた方、真っ当ではないですよね」



 日が沈んでいき空が暗くなるのに対して次々とランタンの明かりが灯っていく最中、ランタンの明かりもなく、夜空に瞬き始めた星や月明かりからも隠れるように薄暗い路地裏で冷たい声音で一人エバは目の前にいる人物らにそう問いただす。

 そこにいるのは悪目立ちしないような地味な格好に身を包む複数人の男たち。若い男もいればやや中年じみた見た目の男もおり、中にはまだ成人しているかも怪しい齢の少年もいる。それだけならば、なんらかの集まりでエバも声をかけるようなことはしないのだが、彼らの奥に転がっているそれを見てしまえばこうして、問いたださない理由がない。

 歳の頃は少なくとも自分よりは低いだろう見た目で綺麗な服を着た可愛らしい少女がその手足を縄で縛られ、口には猿轡をされた状態で転がされていた。視線をずらしてみれば彼らの内の一人が小綺麗で良質そうなバッグを持っているのが見える。



「見たところ、人攫いに見えますが────」



 釈明程度なら聴きますが?

 そう、続いていこうとしたがそれより先に男の一人が腕を振り、エバへ目掛けて何かを投げてきたのを反射的に手を出してそのまま掴み取る。

 掴み取ったモノを一瞥すれば、それは金具屋にでも行けば売ってるような安物の果物ナイフ。

 まさか、掴み取られるとは思っていなかったのか、投げた本人は目を見開き奥にいた中年の男は軽く煽るように口笛を吹いて口を開いた。



「どこの誰かは知らねぇけどよ、嬢ちゃん。このまま何も見なかったで終わりにしねぇか?俺らもよ、変に疲れたくねえんだ。さっさと仕事終わらせて酒飲んで飯食って女でも抱いて寝てえんだよ」



 だから、何も言わずにそのまま来た道を戻りな。

 そう言わんとしていることはエバにも理解できた。どうやらリーダー格らしいその中年の男はエバがただの少女ではなく、女傭兵であるのを察しているようで暗に怪我をしたくなければというものではなく、いま奥で転がっている少女のようになりたくなければ、という意味合いでそう言っているらしい……賢いモノならば人数差を考えれば退くことも考えるだろう。

 だがしかし



「お気になさらず、今から女性を抱けない身体にしますので」



 エバ・ナルキッソスにそんな言葉は意味を成さない。

 瞬間、地面を蹴りつけエバはその場から前方へと跳びかかった。

 その動きに目がついていかなかったか、一番エバに近かった若者はいきなり目の前にエバが現れたように見えそのまま自分がどうされたのかもわからないままにその意識を落とした。



「っ!?」


「まず一人」



 どうやら鳩尾に一撃を食らわしたのか、若者の鳩尾から拳をどかしながら凭れ掛かってくる若者をそのまま肩に乗せるようにくの字で持ち上げて、その冷たい視線を彼らへと向ける。

 それに対して彼らは仲間が一人やられたから、どうしたのだとでも言うように次々と臨戦態勢を取り始め中には腰に吊り下げていた短剣や剣、ナイフといった刃物類や棍棒など武器を取りだしている者も見える。



「残り八人ですか」



 トリオンという巨大な都市であるためか、路地裏と言ってもそれなりに広い為に男たちの人数はそれなりだ。人攫いの為に九人というのは何とも大げさではないか?という気持ちがエバの中にありはしたが、それは今はもはやどうでもよい話でしかない。

 今、エバの中にあるのは奥に転がっている少女を手早く救出する事それだけ。

 故にまずは……



「このまま」



 そう呟いたかと思えば、エバは文字通りそのまま若者を肩に引っ掛けた状態で男たちへと突貫する。何を馬鹿な事を、と前にいた二人の男の内片方が引き抜いていた剣で痛めつけてやろうと振りかぶろうとして、後方から響いた静止の声に一瞬硬直した。



「やめろ!そのままやると、兄弟が!?」


「ッ!?肉盾だぁ!?」



 若者と比較的歳がの近い男の声に剣を持っている男は仲間が肉盾として使われていることに怒声を吐き散らすが、そんな言葉など歯牙にもかけず突貫していき、かと思えば唐突に肉盾の若者を剣の男へと放り投げてしまった。

 目の前に跳んできた仲間に思わず、剣の男は仲間が剣で傷つかない様に受け止めて────



「ああ、そこ邪魔です」



 例え人攫いであっても投げ込まれた仲間を切り捨てるなんてことはなく、しっかりと受け止めるらしい、仲間思いな感動的な光景であるがそんなものはエバにとって、至極どうでもいい話でしかない。

 仲間を受け止めたことで視界が仲間で塞がれた男の横っ腹へとエバは蹴りを叩き込みそのまま路地裏の壁へとぶつけ、その蹴りの勢いを殺しながらその場で軽く飛び跳ねたと思えば棍棒を持って近づいてきた少年の鼻っ面に何時の間にに拾ったのか拳大の石を腕を勢いよく振るって殴りつける。



「ぐぎぃ!?」



 鈍い音をたたせながら、鼻から血を噴き出して悲鳴をあげる男の前髪を素早く石を離して掴みそのまま下へとその顔を引っ張り、膝当てを付けた膝で額を殴打し、放り捨てて視線を動かせば、恐怖したような表情でリーダー格の男はやや大柄な男に命令を飛ばし少女を抱えさせ、自身は懐から何か拳大の玉のようなものを地面に転がして逃走する。

 それもそうだろう。

 いくら経験から傭兵であるのを察していたとはいえ、目の前にいるのは貴族令嬢か富豪の娘と見間違いかねないような見目麗しい少女だ。そんな、少女が意識を失ってる男を抱えたと思えば肉盾にして、投げつけてきたら今度は大の大人を蹴り飛ばし、なんの躊躇いもなく石で鼻を殴りつけ額に膝を撃ち込むなんてどう考えてもいかれていた。

 男はそれなりに汚れた道を生きてきたからこそ、まだ五人部下がいるこの状況下で逃走を選んだ、いやむしろまだ五人いるからだ。

 少なくとも少女を抱えている巨漢と自分を抜いて、四人も肉盾がいる。

 一人一人の稼げる時間など微々たるものであっても、どうにか仕事を成功させねばならない、と男は判断したのだ。



「逃がすと思ってるなら、心外です」



 男が転がした玉からなにやら煙幕のようなものが噴き出す中、逃走する男たちがいるだろう方向へと視線を向けながらエバはため息交じりにそう呟くと目の前でモクモクと路地裏に溜まりそのままエバを呑み込みながら路地裏から出ようとする煙を触れるか触れないかという近さで右手を振ったかと思えば、刹那────その手が淡く黄色い光を灯したように見えたかと思えば、流動していた煙がまるで時間でも止められたかのように動きを止め、それを余所にエバは地面を蹴ってそのまま壁面へと跳び込み、再び蹴りつけ三角跳びの要領で逆面の壁へと跳び込み再び蹴りつけて煙より高く跳び上がる。



「逃がしませんから」



 路地裏の造りなどこの都市に今日来たばかりでトーフスにも案内されていないエバには知る由もない。

 だが、だからどうしたのか。

 エバ・ナルキッソスはそんなことでは止まらない。



 星が瞬く空の下、金糸の少女は煙を蹴りつけ、跳び躍る──────




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