第4話
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トリオンという都市は港街であるがこのオリーヴァに存在する他の港街と違い、海岸線近くの崖に沿って街が作られていったという背景があり、その為か港からの距離によって高低差がかなり存在している。
漁師や船乗り、露天商や大衆酒場に傭兵連合で働いている人間は比較的港に近い場所で暮らしていて、その逆でこのトリオンにおける行政を仕切っている都市役所は基本的に港から離れた高台に造られておりその他にも所謂高級住宅街というものであったり、観光街と呼ばれるようなものや観光客用の宿泊施設は基本的にそちら側に多く、とりわけそちら側にある施設で有名な一例を挙げるのならばやはり『騎士団』の支部だろう。
聖王国に仕える国防の要、いわゆる汚れ仕事も担う傭兵に対して花形とも言える彼らの、このトリオンにおける支部。
そういった綺麗なモノが集まっているのが高所の区画で、そんな区画の中でも上層側にとある観光名所がある。
それはこの白い港都市トリオンを一望できる展望台。
いつの間にかに太陽も水平線へと沈んでいこうとする中、トーフスとエバはこの展望台へと訪れていた。
「綺麗、ですね」
展望台から見下ろせる光景を見ながらそう、エバが呟けばやや後ろに立っていたトーフスがそうだろう?と鼻をならしながら短く返答し同じく光景を見下ろす。
そこに広がっているのは白い街並みが水平線に沈んでいこうとしている夕陽によってオレンジ色に染め上げられていく光景。まるでこの街が一つのキャンパスになって、鮮やかに塗られていくような光景だ。このまま、ここにいれば白からオレンジへ、そしてオレンジからさらに夜空の色に染まり街にランタンが灯りまるで星空のようにも見えるだろう。
そんな夕陽に照らされる光景を見ながらエバは感嘆の息を漏らす。彼女とて傭兵、様々な場所を仕事で行くことはあるが自然の織り成す絶景を見ることはあっても、こうした人工物と自然の光が組み合わさったような絶景を見ることは限りなく少ない。
なるほど、確かに。この都市に観光で来る人が多いわけだ。
そう、エバは納得し後ろを振り返ってみてみれば、そこには少年のような笑みを浮かべたトーフスがいて、そんな彼にエバもまたその整った顔立ちに見合うとても可憐な笑みを向けた。そして、二人はこの場を後にし─────
「今日はありがとうございました」
「いやいや、気にしないでくれ」
二人は人気の少ない坂道を下っていた。
残念ながら、ムードが整っていようが二人は今日が初めましてでありトーフスには本当に下心はなく、そもそもが話エバにもそういった気持ちは微塵も存在しない。
トーフスはこのトリオンに初めて来たという同業者に対してこの街の良いところを教えられただけで満足であり、エバは傭兵として活動するうえで必要になるような店やこの街で生活するうえで安く食事が済ませられるような食事処を知れたというのは満足で、互いに今回の案内はおおむね満足と言う形に落ち着いていた。
「今日にも紹介された酒場に足を運んでみようと思っています」
「お、そうか。なら、姿煮以外にも美味いのが色々あるからな、楽しんでくれ」
「はい」
互いに談笑を楽しみながら、少しずつランタンの明かりが街に灯っていきやや暗くなり始めていた路地もほのかに明るくなっていく中、夕食をどうするかという色気のないようなモノを考え始めるエバの胸中でも察したのかトーフスはクツクツと笑い始める。エバからすれば唐突にトーフスがなにやら笑い出したように見えて、怪訝な表情をトーフスに向ければ等の本人は軽く手を振りながら謝罪の言葉を口にしつつ、自身の胸中を吐露した。
「いや、いや、悪い悪い。ナルキッソスってほら、結構綺麗だろ?それこそどこかの貴族の令嬢って言われてもおかしくないぐらいに。なのに、こういう状況でとりあえず夕飯の事考えてるのがなんだか、おかしくってな」
「なんですか、それ……」
トーフスの言葉に思わずエバはジト目を向けつつ、一つため息をついたかと思えば自分の肩にかかる程度に伸ばした金糸の髪、その毛先を摘まみ弄り始める。
「まあ、よく言われます。先生、ああ、私に傭兵のいろはを教えてくれた先生です。その先生の中の一人にも、アナタは見た目は良いのにどうしてそう絶妙にズレてるの?って」
「それはそれは」
「別に私は貴族の生まれでもありませんし、まあ多少なりには見た目を気にしはしますが……傭兵ですので先生のような優雅さよりも生き汚さのほうが好きなんですよ」
二回目となるため息をついて、そう言いきるとエバはその脳裏に過った、貴女は貴女でどうして傭兵なんてやってるんですか、と文句の一つも言いたくなるような件の先生を脳裏から追い出していく。
そんなエバの様子を察したかそれとも単純に大変そうだとでも思ったか、
「ははは、じゃ、このまま俺が飯をおごるか」
「ごちそうさまです」
「即答かよ…」
少しは遠慮する様子でも見せない?そう、言いたげなトーフスの表情を一切見ずにエバは不敵な笑みを浮かべて見せる。
「基本的に食事に関しては遠慮するつもりはありませんから。先生のうちの一人からも、集れるときは集れと言われてますので……ああ、先ほど話した話した先生とは別の先生ですので」
「いやいや、どんな先生よ、それ」
いまからでもなかったことにしてぇ……でも、言ったの俺だし男に二言はあまりあってもいけないしな……。
そう呟きながら、星が瞬き始めた空を見上げながらトーフスはその手を腰につけているカバン、その中に入っているであろう財布を確かめながらなんともぎこちなく笑う。それはいままでの快活な笑みとも少年じみた笑みとも違う、疲れたような不安なそうな諦めたようなソレであるが、すぐにそれも困ったような表情に変わってから元の快活なモノに戻ってエバへと向き直る。
「ま、しゃあない。そんじゃ、行こうか────あれ?」
向き直った、向き直ったのだが……そこには誰もいなかった。エバどころか人っ子一人誰もいなかった。トーフスただ一人ここにいたのだ。
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