第3話
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好奇心、そんな理由で男を女がつけ回すというのはいったい、どういうことなのか。
そう、脳裏で先生と呼んでいる男がジト目を向けながらそう言っているような気がしながらエバは目の前のトーフス・ラモントを見る。
寄り合い所のように遠目から見るのとこうして近場で見てみるのではやはり、抱く印象はなかなか変わるらしい。遠目ではその茶らけた様に見える装飾品やその他の軽装であったりテンガロンハットであったりと、どことなく軽薄で不真面目な印象を抱いていたがしかしこうして近くで改めて見てみれば装飾品は決して華美過ぎず落ち着いた組み合わせで装備もしっかりと要所要所防護しているテンガロンハットを被っている理由は分からないが雰囲気からして、彼は決して不真面目で軽薄ではないことがエバには理解できた。
勿論、最初の印象通りの人間ならばエバとて態々声をかけることもなかっただろう。
「好奇心ねえ、別にとやかくは言うきねぇけどよ……で、見ない顔だけど外から来たのか?」
「ええ、はい。フォルンの方から」
「フォルン?……ああ、山脈都市の……そりゃ、なんとも遠いとこから来たな、アンタ」
しばし、間を開けてトーフスはエバの口にした都市がどんな場所だったのかを思い出す。
脳裏に過るのはオリーヴァの北に連なる大山脈に構える山脈都市。如何に傭兵であってもこのトリオンとは間にいくつもの大都市を経由しなければならないような遠方の都市など名前やどんな都市なのか、漠然としか知らないものであるがトーフスはどうやらある程度知っているようで複雑そうな表情で呟く。
「フォルンってことはやっぱり、あれだろ?このトリオンは珍しいだろ」
「そうですね。フォルンは山脈都市ですのでまず、トリオンのように海はありませんし、都市の様相もこんなに綺麗というわけじゃないですね」
「あー、まあ、この白い街並みが売りっちゃ売りだからな」
そう頬をかきながらどこか照れ臭そうに言うトーフスに何度か頷くエバ、そんな彼女の様子を見て快活な笑みを浮かべつつ、ふと何か気が付いたような表情をしていま湧いた疑問を一つエバに対して聞いてみた。
「なあ、こっちに来たのは何時だ?」
「つい、先ほどですよ。しばらくの拠点としての登録をしてそれっきりです」
「そうかそうか!んなら、まだこのトリオンを全然知らないわけだ!俺が今街を案内してやるよ」
エバの返答に我が意を得たりと言わんばかりに先ほど以上の笑みを浮かべ、エバに対する案内を提案するトーフス。エバとしては別に案内などいらないし、適当に観光ついでに自分のペースで見て回りたかったのだが、トーフスのその人懐っこさを感じさせるその笑みに絆されたか、一度肩を竦めてから了承する。
「……そうですね。はい、お願いします」
もちろん、出会ったばかり。見て話した限りで悪人ではないのは理解しているが、万が一もある。だが、好奇心というものはなかなかどうして、諦め難い。
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傭兵というものは基本的に一部を除けば粗暴者、荒くれ者というイメージが付きまとっている。何故?と聞かれれば、やはり腕っぷしに自身があるならばわざわざ傭兵にならずにこの聖王国───このオリーヴァを治めている国家───に仕える騎士団にでも仕官すればよいのだ。
運が良ければ、それか資質があれば、騎士団よりも上の神聖騎士団へと入団することもできるがそれはあくまで理想形。実際には騎士団に入るにも入隊試験が存在している以上、確実に職を手にするもしくはしっかりとした身分を保証する為に傭兵となる人間の方が多い。
結果として、ある程度の人格を求められる騎士団よりも基本的に誰にでも門戸を開いていて一々個々人の人格まで求めていない傭兵業はおのずとならず者、荒くれ者のワイ愛が増えてしまうのは仕方ないという話。
そんな傭兵の風潮を前提とした考えではあるが彼はやはり、それらから外れていると考えるべきでしょう。
「ナルキッソス、これ食ってみな。近海で獲れたイカの串焼きだ!うまいぞ」
「ありがとうございます……け、結構歯ごたえありますね…」
ラモントさんの提案に乗り、こうして彼にこのトリオンを案内してもらっているわけですが、私の中で彼の印象は一番最初から二転も三転もしている。
まず、最初に抱いていた不真面目で軽薄そうな印象は彼と話してみて存外仲間思いで真面目な印象に変わった。きっと、あの噴水広場で後悔しているような様子を見なければ仲間思いという印象は抱かなかったでしょうね。そして、こうして彼と話しながらこのトリオンを回っていると感じるのは彼は存外子供っぽいという、いえどちらかと言えば弟味?を感じさせますね。
それでも傭兵である以上は、仕事になれば途端にこういった少年めいた表情から一転するのでしょうが。
それにしても、このイカの串焼き……固くないですか?いえ、そもそもイカなんてめったに食べないので普通は固いのか柔らかいのかは実はわからないんですけども。
「で、あそこの店のおっさんが女好きでちょっとあれだけども女の子にはいろいろおまけしてくれっから、保存食とか調達するなら連合よりかはあっちのがいい」
「はあ…」
「オッ!トーフス!!ちょうどパンが焼きたてだ!買ってけ!」
「トーフス!なんだい、アンタ彼女さんかい!?イカ焼きなんて食わせて!うちのフルーツジュース飲ませなさいよ!」
「は、ははは……あー、ごめんな?」
「いえ、お気になさらず」
連合へと行く途中に通った大通りを彼の案内、というより紹介?を受けながら歩く傍ら、通りがかりに何人かの人々と挨拶を交わしている彼を見ているとやっぱり、最初の前提とは違うのだろう。
同業から声をかけられているのは分かるがそれ以外の一般の住人からも親し気に声をかけられていて、横目ではあるがとても楽し気に見える。
「ラモントさんはこの街の生まれなんですか?」
だから、ふと気になったことを聞いてみれば彼はすぐに返事をしてくれた。
「ん、正確に言うと違うかな。元々別の街に住んでたんだけど、諸事情でがきんちょの時分にこの街に住んでた叔父のとこに引き取られてな。そっから、十何年もこの街で暮らしてる」
「そうだったんですか」
なら、この親しまれようには納得ができる。
私もフォルンにいた時は彼ほど長くいたわけではないが、それでも住人と良好な関係を築くことができていた……筈……。
「それで、あそこが鍛冶屋で困ったことがありゃあそこに……って、大丈夫か?」
「いえ、少し……勝手に比較して自滅しただけなので……大丈夫です、はい」
「そ、そうか…」
なんとも気まずい空気が流れ始めている気もしますが、だからといって案内をやめるようなつもりもないらしく、彼は変わらず私を連れてこのトリオンの色んな場所を紹介してくれます。
私と彼が出会った最初の噴水広場に始まり、大通りから外れた通りにある姿煮が美味しいという大衆酒場や連合の方で貸し出している実際に私が宿泊する宿屋であったり、トリオンを港街たらしめているといっても過言ではない普通の港街の二、三倍は広いように思える巨大な港と造船所といったこの街らしさというべき場所で観光目的で来た人間はあまり興味を抱かないような場所に案内されていった。
もちろん、私はあくまでこの街にきたのはしばらくここを拠点とするためであり、観光目的ではない。そのことはあちらも理解しているので主に案内しているのは傭兵が利用するようなところかこの街で暮らすうえで利用する場所ばかり。
下心が感じな過ぎて少し複雑ではあるけれども概ね満足がいく案内ではありますね。
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