第2話

◆◇◆◇─────




「嘗めた事ぬかしてんじゃねぇッ!!!」



 喧騒に溢れた連合の寄り合い所でひときわ大きく響いたその声にエバは興味の視線を向ける。どこの支部であっても騒がしいのは変わらず、エバが依然拠点としていたところでもこの程度の声は日常茶飯事と言えるものであったが、長旅の疲労とやる気が削がれていたエバにとってその騒ぎが暇が潰せるものだと感じたのだ。

 故にエバは耳を傾けつつ、行き交う傭兵たちの隙間から喧騒の中心を覗く。

 


「だからよー、別に嘗めた事は言ってねぇだろ」



 寄り合い所に置かれているいくつものテーブル、その一つを囲んでいる恐らく傭兵のグループであろう彼ら。

 やや露出のあるアーマーを付け腰に剣を吊り下げたいかにも荒くれと思わせるような風貌の大男、やや痩せぎすな外見に動きやすさを優先した軽装の鷲鼻の男、そして寡黙そんなイメージが似合う恰幅の良い樽胴の初老。そんな三人と向かい合って座るのはほどほどに着飾りながらもしっかりと整えられた軽装にコートを羽織りテンガロンハットを被った他三人と比べずとも十分に整った顔立ちの青年。

 見た限り、テンガロンハットの青年に対して、三人の男その中でも大男が食って掛かっているらしい。



「単純にお前らとはやってけねぇって言ってんだよ」


「それが嘗めてるって言ってんだよ!俺ら四人でならともかく一人だと!?たった一人で傭兵ができると思ってんのか!!」


「できるから言ってんだよ」



 青年の言葉に怒鳴り散らしていた大男は、一瞬だけ口をパクつかせる。

 即答だった。少なくとも逡巡するだろうと考えていた大男にとって、一切の迷いなく切り返してきたその言葉は驚愕するほかなく、だからこそ大男はより一層の怒りが湧き出てくる。だが、それが爆発するよりも先に青年は矢継ぎ早に語っていく。



「まず、俺らのチーム。そもそもよ、バランスが悪すぎんだよ。戦士に斥候、重装そして俺どう考えても傭兵として良い組み合わせとは言えねぇ。というか、それ以前に実力自体俺らじゃあどうしようもなく差がありすぎんだろ」



 青年の言葉に鷲鼻の男は気まずそうに目線を青年からずらし、樽胴の男はさもありなん、ともはや諦めているのか一人近くを通った給仕に何やら注文を始めていた。

 そんな中、大男はその禿げ上がった頭に幾つかの青筋を浮かばせながら僅かに身体を震わせている。

 それを理解しているのか、それとも無視しているのか青年の言葉は止まない。



「俺におんぶにだっこ、そんなん傭兵としてかっこわりぃどころじゃないだろ?何より、ここ最近の仕事だって俺はともかくお前らじゃどうしよもなかったろ。だから、ここで終わりなんだよ」



 互いの為。互いに身の丈にあったモノに落ち着こうという優しさであり、同時に突き放すような言葉を受けて鷲鼻の男は肩を落とし俯き、樽胴の男は運ばれてきたエールに口をつけ始めて────



「テメェだけ『色彩カラード』だからって良い気に乗ってんじゃねえ!!」



 瞬間、大男は爆発した。

 青年のまるで目下の人間を諭すような言葉に大男は傭兵としての十年を、自尊心を、泥で汚されたかのような怒りを抱きながら、そしていままで隠してきた自分の内に渦巻いていた劣等感が今この瞬間に炸裂したのだ。

 テーブルを殴りつけながら怒号を上げる大男に思わず周囲の傭兵たちが視線を向け、そして鷲鼻の男は大男がその手を自身の腰、そこに吊り下げていた剣へと動いたのを確認して止めようと男の腕を掴むが既に遅い。

 大男は既にその剣を半ば抜きかけていて────



「そりゃ、傭兵嘗められたら終わりだがよ、それは違くねえか?」



 気が付けば、その剣は床に転がっていた。

 そして、大男は先ほどまで剣を握っていた腕を抑えながら、青年を睨みつけておりそんな視線を受けながら青年はなんのそのと軽蔑するような視線を逆に大男へと向けていた。

 状況からして、青年が大男に対して何かをしたと察せられ、あやうく刃傷沙汰となるかもしれぬ、とすぐ動けるように構えていた周囲の傭兵たちも席に座り直す。

 剣が落とされたから、なんだというのか。そう、大男は声にせずとも語るように青年へと掴みかかろうとそのままテーブルを飛び越えようとするが今度は間に合った。

 飛び掛かろうとする大男の両肩を両隣の二人が掴んでいたのだ。

 我関せずとでも言っているような態度でエールを呷っていた樽胴の男にまで止められ、思わず大男は目を見開きその数瞬で青年は席を立ち後ろ手に手を振りながらその場を後にしていく。

 そんな彼の後ろ姿を見て、呼び止めようとする大男であるがそれすら鷲鼻の男に止められ、大男は勢いよく座り直して怒声のまま給仕に注文していった─────






◇◆◇◆─────






 青年、トーフス・ラモントは仲間だった彼らと決別して一人、トリオンの街並みをふらついていた。

 トーフスはこのトリオンで活動している傭兵、全体を見て概ね上から数えたほうが早い実力の持ち主で大変ではあるが実力が離れた仲間たちと切磋琢磨し傭兵として活動していたのだが、今日その仲間たちとの絆を自ら断ち切った。

 よくある売り言葉に買い言葉、というわけではない。

 トーフスは諸事情でより強くなりたかった。ならば、おのずとトーフスに対してやや難度のある依頼や修羅場を望むのは当然であったが同時にそれはトーフスに比べて二枚も三枚も、いや四枚は劣りかねない仲間たちでは下手をすれば命を落としかねないのを彼はよくよく知っていた。

 なにせ、傭兵。犯罪者や魔性の類、それどころか場合によっては神聖騎士団サンクトゥス軍兵エクセルキトゥスともぶつかり合うのかもしれない。

 トーフスの実力を鑑みればそんな可能性ばかりが跋扈していく、強くなりたいという欲求に腐っても数年来の仲間をむやみやたらに死なせたくはないという感情、どちらも満たすには今回のように無理矢理にでもトーフスは彼らと別れるほかはなくて、だからこそトーフスはそういう無理くりな選択を選んだ自分に僅かばかりの自虐をしながら、いつの間にかに辿り着いた港近くの噴水広場に並べられた長椅子に腰掛けて、俯きぎみにため息をつく。



「はぁ……」



 そも、トーフスは自身の欲求の為に他者を容易く切り捨てられる人間ではない。

 仕方ないとはいえ、こうして仲間を突き放したことは存外トーフスの胸中に影を落としていた。もちろん、数日もすれば割り切るのだろうが残念ながらしばらくはこうだろう。



「大変でしたね」



 何もなければ、という前提があるが。



「うおッ!?」



 唐突な背後からの声にトーフスは思わず、俯き気味の姿勢を跳ねる様に正しすぐに振り向けばそこには一人の少女が佇んでいる。

 やや大きめの外套を羽織っており、そこから覗くのは動きやすそうな服装にすらりとした手足。女性と言う点で考えれば間違いなく、整っている肢体であるのがトーフスの観察眼で理解できる。そうして、視線を首から上へと動かして見れば、トーフスは感嘆の息を無意識ながらに溢していた。

 肩にかかるていどに伸ばした金糸のような髪は美しく、そんな髪と噛み合うように彼女の顔も十二分に整っていた。女性らしさを感じさせるが同時にやや幼げにも見えるその顔つきは美術品めいているという感想を抱かせ、もしも外套の隙間から見えるソレを知らなければどこかの貴族の子女もしくは富豪の娘と勘違いしてしまいそうであった。



「えっと、どちらさん?」


「ああ、はじめまして。私の名前はエバ。エバ・ナルキッソスと言います、傭兵です」


「こりゃ、どうも。俺はトーフス・ラモントだ」



 彼女、エバの名乗りにそりゃそうだろうな、とトーフスは胸中で呟く。

 その理由は外套から覗く、エバの腰裏に見えるソレのせいだ。大きさとしては鉈に近い、武骨な金属の塊。そんなものを持っている女など、それこそ傭兵か神聖騎士、軍兵ぐらいだろう。そう胸中で吐き捨て、トーフスはこのエバと名乗る女傭兵がどうして自分に話しかけてきたのか、いったいどんな用なのかを警戒する。

 少なくとも、先ほどの第一声の時点で寄り合い所での出来事を見ていたのだろうと予測して、万が一の時はいつでも取り押さえられるように準備をしながら、あえてトーフスは問いただす。



「で、俺に一体何の用だ」



 返答次第では………。そんな僅かに緊張が走る中、



「あ、いえ、好奇心です」


「ええ…………」




 まさかの返答にトーフスは数瞬までの緊張が霧散していくのを感じた。




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