茶会は戦装束と共に
@CheeseVanilla
第1話
◆◇◆◇─────
世界が黒く染まっていく。
ギチギチ、と軋むような音を立てながら無数の魔性が空を覆っていき、それに煽られるように大地は火が次々と舐め取っていき、逃げ遅れた者たちは空より飛来してきたそれらによってその血を残さず、髪だけ遺してその生命を奪われていく。
そんなつい数時間前まで平穏であったはずの、安寧があったはずの街が死んでいく嘆きと死に満ちていく。
そんな光景を遠くの高台へと逃げ延びた人々は観ながら次々と悲鳴をあげ、絶望に喘いでいく。
すべてが奪われた。
病気で動けない家族を背負って逃げようとした男が、一心不乱に逃げていく人の群れに呑まれ怪我をして足が遅れた女が、母や兄から逸れどうすればいいのかわからず泣き叫ぶしかできないような幼子が、黒く染まっていく空にもはや逃げることを諦めた老婆が、どうにか家族との幸せの記憶が詰まった家を護る為に抗おうとした老人が────
尽くが黒く、黑く染まり喰われていく。
喰い千切られ、喰い荒らされ、喰い貪られていった。
安寧という色彩が黒一色に塗りつぶされていくのを高台から誰もが見ていた、誰もが諦めていた、もはや見ていられないと言わんばかりに自ら舌を噛み切り自害する者も高台から飛び降りる者もいた。
いったい、誰が彼らを責められるだろうか。責められるわけがない。
この場にいる誰もが同じ気持ちなのだから。
中には自分の子供を遺して行けぬと共に死ぬ者もいた。
死、死、死、死、死、死、死、死────
神を呪いながら、死んでいった家族に詫びながら、逃げることが出来た彼らは次々に死んでいく。そうして、全員がその命を絶った。
────いや、駄目だ。まだ、こんなところで死ぬことなんて出来ない。
そんな思いを抱きながら、死体の山から一人子供が這い出て遠く空を黒く染めるそれらを睨みつけ、子供は一人地獄を後にした。
◇◆◇◆─────
鳥の鳴き声が聴こえる。
海鳥の鳴き声だ、海が近づいているという事だろう。ということは目的地が近づいているということであり、そろそろ用意をする頃合いだ。
そんな私の雰囲気を察したのか
「おおい、嬢ちゃん!もうすぐトリオンにつくぞぉ!」
「はぁい!」
快活で聞いててこちらもなんとも気分が良くなるような老人の声に返答しながら、私は荷物の隙間から身体をうまい具合に這い出させながら、荷台より顔を出して外を見る。暗く狭い荷台の中から変化した視界に私は眩しくやや目を細めつつも少しずつ明るさに目を慣らしていき、目をしっかりと開いてみればそこに広がっていたのは美しい光景だった。
どこまでも続いているかのように思えるほど広く広く広がっている青い海原に、彼方からやってくる多種多様な大船の数々とそれらを受け入れる為に海岸にあるのは白い港街だ。
トリオン。別の大陸やオリーヴァの他の港街から多くの貿易品が大船と共に集まるオリーヴァ有数の商業都市。
こうして、見るのは初めてで噂に名高い青の海に映える白い街並みに私はやや胸が躍って────
「ウガッ!?」
火花が散った。一瞬、遅れて頭に鈍い痛みが走っていくのを私は頭を手で抑えながら、年頃の女としてどうなのかと言われるようなうなり声が私の口から漏れ出して、そんな私の声、いや悲鳴が聴こえていたのかすぐにあの快活な声が私を笑ってくる。
「はっはっは!嬢ちゃん、狭ぇんだから、変に頭出してっと頭ぶつけんぞ!」
「っぅ……それ、もって、はやく言ってくれませんか?」
鍛えているといっても、不意に頭をぶつけると存外に痛みは長引くようで、軽く自分の荷物から引っ張り出した革水筒を使ってなんとなく冷やしつつ、私は恨みがましく恐らく私の頭をぶつけたであろう荷物へと睨みつけるがすぐにそんなことするだけ、無駄だと
ため息をついてそのまま荷物の隙間に身体を滑り込ませる。
荷台の暗闇にまた戻ってしまったが、傭兵と言う職業上、この程度の暗さに何も苦はないし先ほどトリオンとの距離を確認してみたがもう一時間もかからないのは間違いなく、この狭く暗い空間とももうすぐでおさらばだと考えると僅かに寂しいような気がしてならない。
「いや、別に寂しくは……ない、うん、ない」
よくよく考えてみるとそうなった思考に私は納得して、残りの数十分をゆったりする為に私は目を閉じた。
「それじゃ、また何時か」
「おう!また何時か、護衛頼まァ!」
トリオンへの入門手続きを終え、早々に私を乗せてってくれた商人の老人に別れを告げて、私はひとまず今夜の宿の手配とこの街での滞在の為にこの街にある連合の施設へと足を向ける。
連合。私たちみたいな傭兵の身分を保証してくれる民営の施設。
一昔前、といっても数世紀も昔の話であるがまだ私たち傭兵が冒険者という括りであったころから存在する所謂仲介屋だ。仲介料やその他の費用を納め、その代わりに私たち傭兵は仕事にありつけられて安心して宿に泊まれるし、美味しい食事を堪能できる。そして、何よりも身分が保証される。
こんな時世で身分が保証される、これ以上に喜ぶことがあるだろうか?
「って、言ってもきっと先生たちは別にって言うんでしょうけど」
そうため息とも何とも言えぬような息を吐きながら、私はトリオンの街並みを歩いていく。
流石はオリーヴァ一の港街と言うべきか、大通りに面している店々や露店では多くの商人たちが思い思いに元気のいい良く通る声で客引きをしており、通りには満々と人々が行き交っており総じて笑顔に満ち溢れているのが見て取れる。
まだ、この街の一割も見ていないというのにこの街はとても笑顔に溢れた平穏な街であるそんな印象を抱かせる。
だが、それはあくまでこうして見える表、一側面でしかない。
事実、ふと視線を路地裏へと向けてみればそこには何もない。恐ろしいほどに君の悪いほどに不自然なほどにそこには何もないのが見受けられる。
それだけで察せられる。
このトリオンは普通の街と比べて二回りどころではない広さの街でその分、人口も多くそれに比例するように普通は浮浪者が多いのだが、それが見受けられない。
つまり、それはこの街の美しさを損ねるという意味で彼らは──────
「ううん、それは私が気にして良いことじゃない」
私はあくまで傭兵、決して御伽噺に出てくる正義の味方などではないのだから。
「はい、それではこちら、文書の方確認させていただきました。ようこそ、トリオンへ。我々傭兵連合トリオン支部はエバ・ナルキッソス氏を歓迎いたします」
「はい、よろしくお願いしますね」
連合の寄り合い所について、しばらく待つこと数分。
ここらの出身の傭兵なのだろう、露出も多くしっかりと焼けた肌を見せるような装いの彼らとすれ違い、受付カウンターへと足を運べばそこにいるのは私と同い年か一つ二つは上なのだろう歳の受付嬢方。
やはり港街だからか、やや薄手の制服から覗く肌は健康的な小麦色に焼けており、同性ながらほのかに淫らな《いけない》感情を抱きそうになって、なかなかにいけない。
さて、そんな彼女に嘗ての拠点としていた支部からの紹介状を手渡し、このトリオンを拠点として活動する旨を認めてもらったわけであるが
「これから、どうするかが問題なんですよね……」
ぶっちゃけてしまうとやることがないのだ。普通ならば、こうして活動の許可を取り付けて宿も決まれば、いざ観光というのだろうが残念ながら観光するつもりがない。
いや、観光したいという気持ちはある、あるがしかし、旅の疲れとでも言えばいいのか、何故かやる気が出ないのだ。傭兵としてどうなのか、と思うのだけど…………まあ、仕方ないと思う。
傭兵は戦闘や短距離間での移動など、基本的に身体を常人以上に酷使するモノで当然体力というものはそれ相応なのではあるが、それとこれとは話が別もとい使う体力が別と言うものだ。
「疲れてるなら、宿に行って早めに休むというのもあり、なんですけどね」
それもまた、違うのだ。
決して、やることはないがだからと言って引きこもっているのもなんだかな、という自分で言うのもアレだが面倒くさい心境であって────
「嘗めた事ぬかしてんじゃねえッ!!!」
なにより、こういう時に限って面白いことが起きるものだ。
◆◇◆◇─────
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