-013
「その点については少し語弊があるわね。今のイナは人に見えるけど、中身はまだ天使の儘だから。変わったのは見た目だけってこと。」
「だとしても意味が分からない。俺が天使と接触した後、一体何があったんだ?」
そう、それでは肝心の、天野響という人間が蘇った奇跡には何ら説明が加えられていないのである。
「言ったでしょ。ドッペルゲンガーじゃなくて、スワンプマンだって。死んだはずの響君は蘇り、イナちゃんは見た目が人間に変わった。これは偶然じゃないわ。」
「じゃ、お前らが思う必然ってのは、一体何なんだ。」
と菓子パンをひっくり返して成分表を眺めていたイナが、視線だけでちらりと響の顔を見上げる。
「残念ながら、私も確実なことは分かりません。――――しかし、状況証拠から推理するに、もしかするとマスターは一度死んだ後、何らかの要因によって、天使――――、即ち私の身体と融合したのではないかと思います。」
――――天使と、人間の融合。
「……また随分規模のデカい話だ。正直、信じがたいな。何か証拠はあるのか。」
「単純な話です。現在マスターの体内には、私と全く同じ種類の魔力が流れています。」
魔術師になれるのは、魔術師の血を継いだものだけ――――、この世界の中では言わずと知れた常識だ。
そして、それは魔力についても同様である。魔術師の子供以外に、魔力が宿ることは無い。つまり、一切魔術師の血筋と関わりがない、百パーセント純正な名誉一般市民である天野響という人間の身体に、魔力が観測される余地などあるはずがないのだ。
「でも、俺には全然そんな感覚ないぞ。魔術も使えなさそうだし。」
「それは単にマスターが魔力の使い方を知らないだけです。赤ん坊にパソコンだけを持たせても起動すらできないでしょう。それと同じです。」
響は疑わしそうに眉を顰める。
今回の事件は彼の頭で処理しきれる範囲を遥かに超えていた。しかし、もし彼女が天使だという話が真実だとすると、納得できる部分が無いわけではない。
例えば、怪力。倒れた響を受け止めた時のイナのあの怪力は、明らかに一介の少女の出せる力ではなかった。あの時は混乱していたから気付かなかったが、今考えると明らかに異常である。それでも素直に彼女の言うことを信じ切れるわけでは無く、半信半疑というのが響の中の実感だった。
「霊華、お前はコイツの言うこと信じるのか?」
「そうね……、少なくとも、響君の身体にとんでもない量の魔力が流れているのは確かよ。」
「そういうのって見れば分かるもんなのか。」
「普通は分からないけど、天使レベルにもなると明らかに周りの空気が違うのよ。ずっと傍に居たら酔いそうな感じ。これは普通の人間レベルでは無いわね。それに――――」
「それに?」
「私は見てるからさ。……その、響君の首が吹っ飛んで、再生するところ。」
――――首?
「マジ? そんなグロいことになってたのか、俺?」
響は昨日の夜、気を失う最後の瞬間に見た景色を思い出す。青白く燃える天使の指先が最初に触れたのは、確か額の正中だったはずだ。強化コンクリートすら易々と砕いてしまう一撃を、たかだか十キロも無い頭で全て受け止めたとすると……、結果は大体予想できる。
「えぇ。天使に触れられた時にバッサリ。
「勘弁してくれ……、自分の首の断面の想像なんてしたくない……。」
「そう? 頸動脈から噴水みたいに血が出てて、現代アートみたいでなかなか刺激的だったけど。」
「なんで少し楽しそうなんだよ。仮にも人が死んでるんだぞ。」
「なら精々死人らしく振舞うべきね。」
霊華は興奮気味の眼を少しく輝かせて、軽妙に皮肉を返す。薄々感づいていたことだが、彼女も大抵普通の人間とは大分感性が外れてる。まぁ、魔術師とは往々そのようなものだが。
「つか再生って、生えてきたのか? 根元から?」
「うーん、それが結構ややこしくて。首が再生したというより、首を含んだ肉体全てが新しく入れ替わったみたいな。見た目は召喚魔術に近かったかな。」
何でもないように霊華は言ってのけるが、本人からすればあまりに衝撃的で、信じがたい発言である。しかし、彼女の言っていることが本当なら、少なくとも尋常ではないことが起こっているのは間違いない。響は魔術に詳しいわけでは無かったが、人間の身体をゼロから錬成するということが容易ではないことは十分に察せられた。それが可能ならとっくの昔に人は不老不死を達成しているだろう。
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