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「さぁ。そんなどうでも良いことは置いておいて、話の続きをしましょう。」

 霊華はパンパンと両手を叩くと、響たちの正面に置かれた机に寄り掛るようにして腰を据えた。

 仕方なく響は思考を止め、会話に意識を傾ける。

「話って……、何の?」

「聞きたいんじゃなかったの? 色々。」

 そう言われて初めて、響は自分の状況を思い出す。彼女には訊かなければならないことが沢山あるのだった。

「まず自己紹介から。私は東雲霊華しののめれいか。」

「聞いたよ。お前が俺をここに連れてきたんだろ。」

「そうそう。えっと、イナちゃんからはどこまで聞いたのかな。それによって何処から話すのか決めようと思うんだけど。」

「全然? すぐお前帰ってきたし。」

「そう言われると、また悩ましいわね…………、オーケー。面倒だから適当にいくわ。」

 彼女はそこで一旦言葉を区切ると、どこから話をしようかと決めあぐねているように虚を見上げて、人差し指で髪をクルクルと巻きながら、訥々とつとつと語りだす。

「まず、聞いて欲しいのは、私たちにも全てが分かっているわけじゃないってこと。これから話すことは、ほとんどが曖昧な状況証拠に基づく仮説で、アナタはそれを鵜呑うのみにする必要はないし、しないほうがいい。」

「随分前置きが長ぇじゃねぇか。」

「私たちも混乱しているの。アナタと同じくらいね。」

 そして髪を弄っていた指を止めると、たっぷりと墨を含んだ筆のように艶々した毛先をパッと弾いて、真っすぐに響の眼を覗き込む。

「それじゃあ、単刀直入に言うわ。アナタは昨日の夜、天使に殺された。」

 流石に三度目ともなれば、特に動揺することもなく受け止めることができた――――、

 いや、嘘である。三度目でも、死という単語に心臓がトクンと跳ね上がるのを感じてしまった。

 それは、響にも否定しようがない、否定したくても否定できない事実だ。

 身体に刻み込まれた死の記憶、痛み、苦しみは、例え生き返ったとしても忘れられるものではない。

 だが――――

「だが、それじゃおかしい。仮に天野響という人間があの場で死んだのなら、今ここにいる俺は一体何者なんだ。ドッペルゲンガーか何かかって言うのかよ?」

 おどけたような物言いに、案外霊華は真剣な視線を返した。

「それは少し違うかも。ドッペルゲンガーというよりは、例えるならスワンプマンね。」

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