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「ありゃ。すっかり蝋燭切れちゃってる。電気つけても良かったのに。」

 二人が駄弁だべっている間に、霊華は寝台脇に置かれたランプを手に取り、燭台を取り出す。中の蝋燭はほとんど融け尽くしていて、埋もれるように残った火が弱々しく灯っていた。

「看視をする分には問題の無い光量です。」

「そうかな……? 私には少し暗すぎるけど。」

 霊華はランプの蓋を開けると、ベッドの下から新しい蝋燭を取り出して中身を入れ替える。

「えぇっと、マッチは何処に置いてたかしら…………?」

「電気が通ってるならわざわざ蝋燭なんて使わなくてもいいだろ。」

「どっちだって良いでしょ。私の部屋なんだから。」

 霊華は荒れ果てた棚をすっかりひっくり返して見て回ったが、結局マッチを見つけることはできなかったらしい。すごすごとベッドの前まで戻ってくると、「しょうがないわね…………」とランプの前に膝を突き、右手の袖を捲る。

 そして一つパチンと指を鳴らすと、人差し指の先に小さな赤色の炎が、ポンと灯った。マッチの先端程の小さな炎は、蝋燭へと近付けられると忽ちその芯に燃え移ってゆく。蝋燭一本の灯りなど大したものでもなかったが、それでも部屋全体が照らされるぐらいには明るくなった。

「よし。これで、OK。」

 霊華による一連の動作を眺めていた響は眉根を顰めて、

「――――お前、魔術師か。」

「えぇ。これでも一応学園の生徒なの。――――だから、あんまり変な真似はしない方がいいかもね。」

 霊華はふっと息を吹いて人差し指の炎を消し去り、未だ煙がくすぶるその指先を意味ありげに響の額に向ける。対して響はその先端を軽く手で払っておどけたように鼻を鳴らす。

「何だそれ。脅すならハッキリしろよ。」

「あら。これでも謙虚に出てあげたのに。」

 しかし、実際学園の魔術師と言えば帝国でも最高と名高いのだから、彼女がその気なら響など一瞬で消し炭にされてしまうのだろうが。

 響は肩をすくめて、また話題を変える。

「ここは、お前の家か?」

「この場所が家に見える?」

「……見えないな。アトリエか何かか?」

「まぁ、そんな感じ。一人になりたいときに、よくここに来るの。」

「絵が趣味なのか。」

「そう聞かれると、あまり肯定はできないわね。」

「その割には大した技術じゃねぇか。」

 キャンバスには、何処か名前も知らないような夏の草原の様子が描かれている。絵はまだ作業途中のようで、空の青色と下草の緑の外にまだ何も色の塗られていない箇所が幾つかある。

 驚くべきはその線と色の塗り分けの緻密さである。草木は――――、緑は、まるで夏の情景をそのまま切り取ってきたかのようで、それこそ息を吸い込んだら夏の青い香りで肺が満たされそうな程の出来栄えである。例え写真だって、世界をこれほど生き生きとは映し出しはしないだろう。

 しかし、当の本人は何でもなさそうに「下手の横付きね。」と言い捨てた。

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