No.2 - アトリエ② - 第一教区 六月十一日 五時三十三分

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《第一教区 六月十一日 五時三十三分》




 ――――ガタン、と、廊下の奥からドアの開く音が聞こえ、離れかけた意識が元に戻る。

「ただいまー。イナちゃん、彼の様子はどう?」

 廊下を歩く音。どうやら、部屋の主が帰ってきたらしい。狙い澄ましたようなタイミングだと突っ込みを入れたくなるが、とりあえず少女――――、イナのことは後にせざるを得ない。

「イナちゃーん……?」

 すっかり覚醒した響の脳が、一人分の足音が部屋の前に至るのを確認すると、間もなく声の主が姿を現した。

「あら? もう起きてたの。」

 ドアの敷居を跨いで現れた、その人の姿を見て、響は目をみはった。

「お前――――、もしかして昨日の?」

 肩口まで伸ばした髪は夜にて猶映える射干玉ぬばたまの黒色で、まるで日本人形の様に重力に従って地面へと真っ直ぐに流れている。意志の強そうな切れ長の眼の中には、これまた深淵をそのまま写し取ったような瞳があった。その上、黒毛の夏外套を膝まで被っているので、その姿はさながら羽を丸めた大鴉のようだった。

 女性の中では背が高い方で、ぱっと見でも一七〇センチメートル近いように見える。すらりと伸びた脚は程よく筋肉がついた健康体で、全体的に黒で覆われた衣装から覗く肌の白が眼に眩しい。

 間違いない。昨日、響はあの天使と遭遇した現場に、彼女も居た。それどころか、響が天使と接触することになった要因は、彼女にあると言っても過言ではない。

「えぇ。その節はどうも。」

 霊華は礼を言う割にはそっけなく、険しい表情で、ベッドに座っている響を見下す。

「調子はどう?」

「良い目覚めとは言えねぇな。」

「でしょうね。アナタついさっきまで死んでたし。」

「――――そうらしいな。」

 思っていたより反応が薄かったせいか、霊華は「あら、もう聞いてたの。」と少し残念そうに肩を落とした。

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