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「…………何だお前。」

 とやっとのことで絞り出したその声は、自分でも驚くほどしゃがれていた。

「それは具体的に何のようなことを訊いていらっしゃるのでしょうか。質問の正確性に欠けます。」

 少女は悪戯っぽく――しかし、徹底して無表情で――響の問いを差し返す。

 彼女にしてみれば、ほんの戯れに過ぎなかったのだろう。しかし既に何やら異様な状況に巻き込まれているらしいことを理解し始めていた響は、眼差しを険しくして少女を睨みつける。

「質問を質問で返すな。早く答えろ。」

 元々眦の鋭い彼が凄味を利かせるとなかなかの迫力があったが、少女は風に流れる柳の様にふわりと構えている。

「それ以前に私の問いがあったことは一先ひとまず置いておくと致しまして、私は一体何を答えれば良いのでしょう。『何だお前。』という問いには、無数の回答が存在します。その全ての可能性を回答者に委ねるのは、いささか配慮に欠けるのではないでしょうか。」

「誰もお前にそこまで高度な回答を要求してねぇよ。」

「では回答に値する問いというわけでは無いのですね。」

 まるで状況を煙に巻くような少女の回答に、響の苛立ちは頂点に達する。

「お前……、状況分かってんのか?」

 と少女へ詰め寄ろうとした響だったが、逆に彼女の方からスッと懐に潜り込んで、その唇に人差し指を当てる。

「――――っ⁉」

 別段速い動きだったわけではないから、その気になれば避けることも可能だったはずだ。

 しかし、彼女の動きは、まるでそうするのがさも自然で、世界に定められたものであるような感じがして、たった今唇に瑞々みずみずしい体温を覚えたその瞬間に、初めて彼女が動いたことに気付いたような、そんな気さえしたのだった。

「分かってないのは貴方の方です。」

 彼女の突飛な行動に一瞬意表を突かれたものの、響はすぐに気を取り戻して、

「あぁ、分かってねぇよ。だからお前に聞いてるんだろ…………‼」

「冷静じゃありませんね。これほど取り乱すとは貴方らしくない。」

「初対面のお前が、知ったような口で言うな――――」

「それが実際私は知っているのですよ。故にうしてマスターが私の為に取り乱している様子を見るのは、なかなか悪くないです。痛快と言えましょう。」

 少女は、そう言ってふっと息を漏らした――――それが彼女の笑い方であることに気付いたのは、それから長い時間が経ってからのことだった。

 ともかく、この余りに常識が通用しない少女の振る舞いに、しかし響はすっかり毒気を抜かれてしまったのだった。そして、その頭で先程の自分の発言を振り返ってみると、確かに冷静な思考を失っている自分を見つけた。だからと言って、謝る気はそうそうないが、確かに自分にも非があることは認めざるを得ない。

 溜飲はとうに下がっていた。

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