第8話 くそっ、くそお!

 小屋の裏手に、煌々と電燈が灯り、プンプンと酒の匂いがする別の小屋があった。十畳いやもう少し広いだろうか、板塀の小屋だった。

 小さな窓から中を覗き込むと、七八人が車座になっている。そして並々と注がれたコップ酒を、次々に空にしていた。その中には、座長が居た。短剣を投げて喝采を浴びた中国人風の男も居た。お手伝いをしていたチャイナ服が眩しかった女性も居た。割り箸をチリ紙で叩き割った武士道の先生も居た。


 皆、顔を赤くしている。そしてひと際大きな嬌声を発している、あのへび女が居た。舞台の上で着ていた真っ白な着物姿で、やはりコップ酒を飲んでいた。大きく胸元をはだけている。身振り手振り大きく、話している。白く盛り上がった乳房が目に入った時、二人とも思わず目を伏せた。

「どういうことだ、どういうことなんだ!」

「へび女だよね、間違いないよね。一緒に居るよね、お酒を飲んでるよね」


 そして改めて覗いた時、今まさに、彼らに封筒が手渡されているところだった。その中身が何であるかは二人にもよく分かった。そして何より、友人はもちろん私にも衝撃だったのは、皆が皆、あのへびを食べていたことであった。


 その瞬間、私の胸の熱いものがスッと消え、目頭に熱いものがこみあげてきた。横の友人を盗み見すると、唯黙りこくっていた。ギラギラとした光が、目から消えたように感じられた。

 お互い何の言葉もなく、急に重くなった背中のリュックー炭酸飲料に菓子パンにインスタントラーメン、そしてせんべいの入ったリュックをお互い見つめ合い、どちらからともなく笑った。そして友人の目に涙が光り、私の涙は頬を伝っていた。


「うおぉー!」

 突然に友人が吠えた。両の拳をしっかりと握りしめて、顎を突き出して、そして少し前のめりな姿勢でもって、「くそおー!」と再度吠えた。まるで雲の切れ間から顔を出した月に向かって、のように。板塀の小屋の扉が開き、「なんだ、なんだ」と声がした。慌てて逃げ出した友人を追いかけるわたしだったが、太っちょとからかわれているわたしでは、友人に追いつくことはできなかった。公園を抜けて大通りに出たところで、角の銀行の入り口前で立ち止まっていた友人に追いついた。

「ひどいよ、一人で逃げるなんて」

 そんなわたしの声には耳も貸さずに、友人は「なんてこった、くそっ、くそっ、くそお!」と何度も手の平に拳をぶつけていた。

 幾重にも重なったその夜の月は、今でも脳裏に浮かんでくる。

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