第5話 へびを喰らう女

「はいはい。いよいよお次は、この一座のスターさんだよ。〇〇山という霊山にて生息していたこのへび女を…」

 網の下をくぐり抜けようとする男の子を、手慣れた仕草で制した。

「はい、お坊ちゃん。この綱から入らないようにね。生きたへびでございます。どんな悪さをせぬとも限りません。どうぞ、この綱からお入りになりませんよう。さあ、いよいよ可哀相なへび女の登場です。拍手はいりませんよ、人間に慣れておりません。何せ人里離れた、深ーい山中で育った可哀相な娘でございます。ほんとにねえ、可哀相な娘でございます」

何度も何度も可哀相だと繰り返し、大きく手を広げて綱から入らせぬようにしていた。

「さあて、それではご登場願いましょう。どうぞ、くれぐれも拍手は無しで声もお出しにならぬよう、お願いいたしまーす。さあ、はいはい、お待ちどおさま。へび女でございます。首に巻いたへびが、嫌がっております。食べられることを知っておりますへびが、暴れております」

 口の周りを真っ赤にした女が現れた折には、悲鳴にも似た声が、そこかしこから起こった。私と友人もまた、思わず身構えてしまった。


 男は大声を上げて、へび女とへびの格闘を面白おかしく講釈し続けた。何せ薄暗い照明で、更には離れた場所だ。はっきりと見えているわけではない。へび女の大仰な手の動きが感じられるだけだ。

「へび以外の食べ物を一切受け付けない特異体質になってしまい、今に至っておりまする~、哀れな娘なのでございます~。わたくしどもも~、正直のところ困り果てて~いるのでございま~す。暖かい内は、へびも捕まえられまする~。がしかし~、冬の寒~い季節ともなりますとぉ~、へびも冬眠してしまいまする~。早く、わたくしどもと~同じ白いご飯を口にしてくれぬかとぉ~、そう願っているのでございまする~」


 友人は『へびを喰らう女』の哀しい宿命に、大いに同情した。他愛もない子ども騙しの興行だったのだが、当時の二人には衝撃的なことだった。インドのニューデリー駅で発見されたという狼少年の話を、授業の中で聞かされたばかりの折だったことで、大いに興味をかきたてられた。そして友人が、とんでもない事を思いついたのだ。

「面白かったねえ」と感想を洩らす私に対し、友人は「あの人を救おう、人間に戻すんだ。狼少年ですら、戻れたんだ。大丈夫、愛を持って接すれば、きっと真人間に戻れるさ」と、息せき切って話し始めた。気乗りのしない私ではあったが、友人のあまりの剣幕に押し切られた。

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