第4話 ごつんとげんこつを

 小屋に入ってすぐに、『人魚姫』に出くわした。

「不老長寿の霊薬として珍重される人魚の肝でございます。数多くの人魚が、心ない人々の犠牲になったのでございます。△▽海の底深くに隠れ住んでいたこの人魚、嵐の夜に海面へと浮かび上がってまいりました。そこへ沖から命からがら逃げ戻った漁師に捕まったのでございます。そして今まさに肝を獲らんとしたその時、通りがかったお坊様が、無用な殺生をするでないと、その漁師を諭して助けられたのでございます。そしてその人魚が巡り巡りまして……」


そのテープ途中で遮るようにように、赤ら顔の男が口上を述べ始めた。私としては如何にしてこの小屋に来たのか知りたかったのだけれど、ギロリと睨まれて、口をつぐまされてしまった。

「さあさあ、お兄ちゃんお嬢ちゃんたち。どうぞ静かに見てちょうだいな。大きな声を出しては人魚姫さまが驚いてしまい、横の穴にお隠れになるかもしれないよ。あぁ、だめだめ。大人にはね、見えないのよ。信じる者は救われる。ねえ、彼(か)のキリスト様もおっしゃってる。残念ですが、大人には見えません。純真な子どもだからこそ、人魚姫さまがお出ましになるのですよ」


小さな箱の窓から井戸の中を覗き込むものだったのだが、「さあさあ、順番をキチンと守ってよ。さあ、見えた人はお次の方が待ってるからね。はいはい、お行儀良くお願いしますよ」と、せき立てられた。


水面がゆらーりゆらーりとゆるやかに揺れて、水の底に人魚姫らしき物が泳いでいるように、確かに見えはした。その底にフィルムを映写していたのであろうが、周りが薄暗かったことも相まって、その口上の見事さに騙された。

「お父さん、見えたよ。こうやってね、ゆらりゆらりっておよいでたよ」

目を輝かせる幼い女の子が、嬉しそうに父親に話しかけている。ところが、その後ろにいた小学生の高学年だろう男の子が

「あんなもん、うそっぱちに決まってら!」と鼻高々に言った。途端に

「余計なことを言うんじゃない!」と、その子の父親に、ごつんとげんこつをもらっていた。

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