料理以外に火の使いどころを知らない
「いやぁ、凄いね君。俺がこっちで苦戦している間に契約者を殺しちゃうなんて」
気が付くとあのジジイも消えていた。そうか。あの女が死んだから繋霊も自然と消えたのか。しかし何だこの男、あの戦いを見ればわかる。あの女の繋霊よりも強い。
「おっさん、手抜いてだろ」
明らかに苦戦していた表情ではない。それにここに来て不意打ちされた時からわかっていた。この男は強い。不意打ちでしかもあの体制でジジイの一撃を軽々と受け止めていた。だったらどうしてあの時ジジイに苦戦していた。そうではない。していたように見せていた。こいつが本気を出せば瞬殺できていたに違いない。
「買いかぶりすぎじゃあないかい。俺はただの人間だよ? 君たちと違って」
ただの人間? そんな訳あるか。こいつは繋霊との契約者でもないのに繋霊を圧倒していた。そもそもただの人間は繋霊に力を分けてもらえるといっても繋霊と戦うのには無理がある。つまりこいつはただの人間からは程遠い。
「そんなわけねぇよ。そもそも普通の人間には繋霊は見えないだろ」
男はポケットから煙草とライターを取り出すと火をつけ口にくわえ、はぁというため息と共に煙を吐き出す。
「どう説明すれば納得してもらえるかなぁ。あぁ、こういう仕事柄でしょ? 霊とかそういうのと関りが深いのよ。そういうことってことでいいかな」
それは俺も考えていた。お坊さんとか神主とかそういう少し現実離れした力を持っていてもおかしくないんじゃないかって。けれどそれは違う。お坊さんとか神主がこんなにも異次元の身体能力を持っているわけがないのだ。根拠はない。ただ全国にこんなのが大量にいるとか考えられない。それだけである……
「まあ、これ以上聞いても多分答えてくれないでしょ、たぶん。実際あんたには助けてもらったから感謝してる。けどそんな強さを身に着けているあんたなら繋霊を造ったあの眼鏡の男の正体ぐらい知ってるだろ」
この男が俺を助けてくれたことには素直に感謝している。そしてこんなにも強い奴が近くにいるという安心感は半端じゃない。今回で改めて分かった。いつ襲われてもいいようにしておかなければいけない。
「さぁねぇ。俺がその男についてなにか知っているかなんて今はどうでもいいじゃんかい。それよりも君は自分を気にしたほうがいい」
自分のことを気にしたほうがいいことはわかっている。今だって運に助けられたようなもんだ。ここにたどり着けなければ俺は死んでいただろう。けれど自分のことを気にしているだけではあの男を攻略することはできない。
「俺はあの男をどうにかしなければいけないんだよ」
神主は煙草を地面に落とすと足で踏みつぶし小さな炎を消した。
「気づいてないかもしれないが君は確実に成長している。考えてみればわかるさ。君は初めて超常的なことを目にしたとき何もできなかった。それが今日はどうだったかい? 目の前で起こった現実を受け止めどうすれば生き残ることができるか。それを瞬時に判断して行動に移すことができる。君のそんなところにその男も引かれたのかもしれないよ」
褒めてるのか。褒めてくれているならば嬉しいがそれがあの男にこんなことをされる原因になっているのならばクソくらえだ。それに俺は小中高と先生や友達に褒めらられたことなんて数えるくらいしかない。絶対ほかにもっといい奴いただろ。なんでわざわざ俺なんだよ……。
「俺が成長しているかとかはどうでもいいんだよ。知ってることあんなら教えてくれ」
地面に倒れたほうきを握りこちらへ顔を向ける。
「知らない、って言っておくよ。そうだ、台桜雪彦君。君の繋霊は大丈夫なのかい」
そうだ! 早く千羽と合流しないといけない。千羽からすれば心配に決まっている。俺が死ねば千羽も死ぬのに俺がどっか行ってしまったのだ。俺みたいな雑魚が勝手にどっかに行ってしまったのだ。逆の立場だったらブチ切れる。
「とりあえず、今回は助かった。そういえば名前、聞いてなかった」
「
夢浦。聞かない苗字だ。ほうきを持ったまま建物のほうへと歩いて行く。俺も見とれている暇はない。がその前にもう一つ聞いておかなければならないことがある。
「この女、どうすればいい……」
俺が初めて殺した人間。こいつをこんなところに放置しておくわけにはいかない。冷静に考えれば方法はどうであれ俺は殺人を犯したことになる。殺人犯とか、警察とかこんな状況でもそんなことが頭に浮かぶ自分自身を本当にあほらしく感じるが社会で生きている、生きていた、の方が適しているかもしれないが、そうである以上知らなくちゃこれから先不安よりも重いものを背負って生きていくことになりそうだ。
「ああ、気にする必要はない。俺のほうで適当になんとかするよ。君が契約者であるという事実は社会とは正反対に位置するということを意味する。まあ、本当に気にしなくていいよ、君がこの契約者を殺したからと言って檻の中に捕らわれることもないし、法に裁かれることもない。今はただ目の前のやるべきことをやっていればいいさ」
「助かる」
倒れているチャリを起こしまたがり急いで学校へ戻る。千羽がどこにいるかわからない以上とりあえず学校へ戻るのがいいだろう。千羽も俺を探していたら最終的に学校へ戻るだろう。ていうか学校抜け出してきたんだった。忘れていた。学校中で騒ぎになっているか。それともトイレにこもっていることになっているか。どのくらいの時間が経過したかわからないが今から戻っていたら少なくとも一時間目は終わるだろう。説教は確定か……。
『ボゥッガドン!』
立ち乗りで爆走しているその時、河川敷のほうで大きな爆発音が鳴った。音の方向を見ると荒々しい真っ赤な炎があたりを覆っている。なんなんだあれは……。わかることは一つ。繋霊が絡んでいる。俺は反射的に炎のほうへペダルをこいでいた。坂を駆け上がるとそこに人影があるのが見える。まさか!
ドサッと言う鈍い音とともに俺の目の前に何かが転がる。
「千羽!」
全身のいたるところが焼かれ痛々しい姿の千羽である。普通の人間ならば死んでもおかしくない流血。なんなんだ。次々と何が起こっているんだ……。
「にげて…… あいつは……倒せない」
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