急かした時のあと少しは信用するな

「さてと。どうするんだい。この子、俺に助けてほしいらしいんだよ。久しぶりにお仕事しちゃおうかな。それともあんたら、逃げるかい?」


 助けを求めておいてあれだがなんなんだこの男。このおっさん自体が繋霊なのか? いや、違う。千羽も含めて三人の繋霊と出会ったが繋霊と呼ばれている奴らは何かが違うことはわかった。初めのうちはわからなかったが会っていくうちに直観的なものだが自然と繋霊と人間の違いは分かるくらいにはなっていた。


「何者か知りませんがいい気にならないでもらいたいものです。繋霊を見られてしまって逃げるという選択肢はありません。まずはそこの神主さんに死んでもらいましょう。今度は全力の殺る気でお願いしますよ」

「了解いたしました。今度こそは殺し損ねないようにします」


 長身細身のジジイは刀を構えて態勢を整えると立っている部分だけに不自然に静かに風が吹き始める。数秒もたたないうちにジジイの姿が風の音とともに消えた。これがあのジジイの能力。なるほどこれで俺のことを追いかけてきた訳か。強すぎるだろ。俺、よくあの能力から逃げてたな。


「消えちゃったなぁ。どこにいるのさ。とっとと出てきてくれないと時間が無駄になっちゃうよ。俺も暇人というわけじゃないんだよ」


 神主が話し終わらないうちにジジイは背後に現れ背中に切りかかる。神主はまた後ろを見ることなく刀で受け止める。神主が後ろに顔を向ける直前、再度ジジイは風に紛れる。なんていう身体能力だ。あの能力に一瞬で対応してジジイの刀を片手でしかもおかしな態勢で余裕の表情で抑えている。しかしあの神主、刀を受け止めるだけで刀での反撃をしない。なにを考えているんだ。


「⁉」


 反射的に避けた。だがなんなんだ? なにかが俺の腕の皮膚を切り裂いた……


「見とれていたらだめですよ?」


あの女がいつの間にか俺の背後にたたずんでいるではないか。この女、いつの間に俺の後ろに移動していたんだ……。痛い。腕まくりをした腕から真っ赤な血液が地面へと垂れ流れている。止血をする暇はない。手に持っているあの刀。ジジイが使っているものと同じものか。


「あのジジイがいないと何もできないと思っていたが違かったか?」


 余裕そうな笑顔を見せるこの女本当に気に食わない。こいつのせいでこの手の女はもとから嫌いだったのがトラウマ級になりそうだ。


「あなたがそれを言いますか? さっきから逃げてばかりじゃないですか。逃げなければ楽に殺してあげるのに。ね?」


 驚いた。目の前のきもちの悪い女の周りに不自然な風が吹き始めたかと思うと次の瞬間女の姿は俺には見えなくなっていた。


「おいおい。こんなのありかよ。お前も繋霊の能力を使えるのかよ!」


 見えない敵の行動を読めるほどのスペックを俺は持っていない。女は俺を殺す気だ。ならば俺も殺すつもりでいくしかない……。どこからだ。どこから現れる。後ろか。横か。それとも……


「正解は、う・え!」


 こんな早く千羽に渡されたこれを使う時が来るなんてな。ポケットに手を突っ込み刃渡り六センチメートルほどのナイフで女の刀をなんとか受け止めることに成功する。


「私が繋霊の霊力を分けてもらっていることに驚いていたのにあなたも使ってるじゃないですか。もっと楽に殺れると思ってたのに残念です」


 またもや女は刀を振りかざし俺めがけて襲い掛かるその目を見ればわかる。ガチな奴。ガチで殺しにかかる目つきだ。きっと瞳孔が開いている。しかしなんだ、千羽に渡されたこのナイフがあって助かった。なければ未練たらたらで死んでいたところだった。


「お前が俺を本気で殺そうとしてるのはわかった。ただ、それならば俺もその気でいくぞクソ女」


 今度はこちらから女に向かい切っ先を向けて助走をつけて切りかかるが簡単に刀ではじかれてしまう。


「うふふふ。なんですかその構えは、その刀は。まるで素人ではないですか。ここまで生き残ってきたとは思えない。その程度で私を殺すなんてあなた、本当に馬鹿です!」


 まずい! 避けきれない。女の刃は俺の首元から左の脇腹にかけて切り裂く。痛い。痛すぎる。中学の頃に喧嘩した時の顔面パンチなんて優しいと思えるくらいだ。血が宙を舞い汚い音を立てて地面に吸われていく。


「クソが……」


 案外傷は浅かったのかもしれない。中から液体以外のものが出てくる気配はないが血は音もなく真っ白い制服に吸われていく。


「話になりません。あなた、ヒトを殺したことがないのでしょう? 目を見ればわかりますよ。私に切りかかるときも目は怯えていましたからね。なんてかわいいんでしょうか。そんな覚悟で私を殺そうとしているのですか?このおバカさんは!」


 勝手に言ってろ。そもそも地球上で人を殺したことがある人の割合のほうが圧倒的に少ないに決まっている。まあそれは普通の人間ならばの話だが。繋霊使いの間ではこんな常識はないらしい。俺はつい昨日まで普通の人間だ。人にナイフを向けて全力で襲い掛かるなんてことはできないしナイフを握る手は緩くなってしまう。昨日の出来事、そして今起こっている出来事を見てこんなこと言っている場合ではないことぐらいわかっている。しかし頭のどこかで全身にリミッターをかけてしまう。本気で切りかかることができない。


「だったらなんだ、お前は大量殺人犯なのかよ!」


 とりあえず話を続けて場を誤魔化すがこんなことをやったところで意味がないのはわかっている。後手に回り防御していたって勝負に勝利することなどできない。そして女の刀を受け止めるたびに手の平が痛み、それだけではなく切り付けられた腕の傷、胸当たりの傷から血がドロドロと流れるのを感じ取ることができる。明らかに受け止めることも難しくなってきてしまっている。


「なに言ってるんですか。私だってまだ一桁ですよ。契約者はまだ二人しか殺していませんけどね。目撃者を二、三人殺しましたが。あとは個人的に殺してやりたいやつとか……。うふふふ。あなたにはわからないと思いますよ、この優越感、そして快感!」


 狂ってやがる。話をすればするほど狂ってやがる。体がもたない。神主は何しているんだ……。顔を向けると神主は攻撃をせずに防御に徹している。クソっ。

 女の攻撃が速くなってきているような気がする。気がするだけだ。俺の反応速度が格段に落ちている。こんなところで死ぬのかよ。過去に戻ってからやりたいこと何もできてねぇよ。


「お別れです」


 もう諦めていた。勝てない。激痛。さっきのとは比べ物にならない痛み。力は入らない。中に刃が入っていた。普通なら気を失ってしまうほどだ。もう失っているのかもしれない。なんてこったよ。せっかく千羽から力までわけてもらったのに。俺は何もできなかった。あいつはうまくやっていけるかな。あいつは強い。俺が死んでもあいつなら…………あ、俺が死んだらあいつも死ぬのか。他人巻き込んで死ぬのかよ。


そんなの、そんなんは、


「俺が許さねぇよ……」


 自分でも何が起きているのかわからない。ただ、右手から、右手に握ったナイフから力があふれているのが分かる。まるで、俺が立つ場所だけ空間が歪んでいるかのようだ。突き刺さる刃は消滅し傷口はふさがり力は漲る。

 女は唖然としていた。当然だ。俺自身でも状況を呑み込めていないのだ。


「な、なんなの……。傷が一瞬で治った。な、なんなの何が起きてんのよ!」


 わかりやすく戸惑いすぎだろうが。右手を見るとそれまで握られていたナイフ消えており代わりに千羽がもっていた刀と同じものとなっていた。


「刀、折れてるぞ」


 この女に俺は殺されかけた。一時は臓器にまで刃が達した。俺がこいつに加減する理由はなくなった。刀を鞘から出すようにしたから上へと振るうと血が舞う。気が付けばどこかでかかっていたリミッターはなくなっていた。


「この……調子に乗るな…… 調子乗るなよ!」


 女は風の音と共に姿を消す。しかしさっきの動揺はない。体の傷が治っただけではない。相手の行動が分かる。この場でどこから攻撃すれば致命傷を与えられるか。こいつのこれまでの戦いでの癖を考えたときそれはどこか。


「死ね!」

「後ろだ」


 切っ先を避け刀を突き刺す。刀は女を突き抜ける。


「ァ……」


 女は刀を伝うように背中から地面へと落ちる。地面を染める大量の血。聞こえてくる苦しそうな息遣い。女は倒れながらも視線だけをこちらに向ける。


「少し乱してしまいましたね……」


 止まることを知らない真っ赤な液体は俺の足元まで来ていた。


「少しどころじゃないだろ。本性出てたぞ」


 僅かにだが女の口角が上がるのが分かった。


「そうですか……。おかしいと思っていました。力を分けてもらっているのに弱すぎると。力を開放できていなかっただけだったのですね……。そして私が与えた致命傷によってそれが解放された。私に感謝してもらいたいものです……」

「どうせ助からないんだ。最後に言ってくれよ。なぜ俺を狙った? それとお前はタイムスリップできる男について知っているか?」


 女はわずかな呼吸を整えると言葉を吐く。


「この世界は生きにくいんです……私ははなから最後まで生き残れるなんて思っていませんでした。私みたいなのはもう少し早く死ぬと思ってましたが……ずいぶんと長持ちしたようですね。あの人に直接感謝言いたかった……。つまらない日常に色をつけてくれた……。私を完成させてくれたんです。それだけで十分でした……。けれどあなたは…………。だからきっと大丈夫です……」

「おい、答えになってねぇぞ」


 瞼が閉じられ首に入っていた力もなくなった。死んだ。人を殺した実感はない。しかし自分を責めるようなことはしない。どちらかが死ぬ結末だった。死にたくないのは当然、死なないような行動をするのも当然、俺は当然のことをしただけだ。こんなを考えてるってことはどっかで罪悪感を感じているってことだ。責めるようなことはしないとか言っておいてなんなんだかな。


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