もう無理って思ったときはまだ折り返しらしい
「はい。本当に馬鹿すぎますよね。だって本当に行き方、説明しちゃってるんですよ?」
その言葉と同時に風が俺の頬を撫でる。瞬間俺の前身の危険信号が鳴り出したと同時に後ろに何かの気配を感じる。しかし後ろをゆっくり確認している暇はなかった。撫でられた頬に痛みが走る。手の平で触ると生ぬるい液体でぬれていた。目視するまでもなくそれは血だ。
「
目の前の女が言う通り俺は馬鹿だった。千羽がいない。気が付くべきだった。いつからだ? 飲み物を買いに下に降りてくるときには俺の隣にいなくなっていた。
「うふふふ。繋霊と契約者は常に一緒にいなくては駄目なんですよ? そうしないとこういうことになっちゃいますから。いいですよ殺っちゃって」
「「了解いたしました」」
とっさの判断だ。地面を蹴り職員用の玄関のほうへと転がる。声のほうを見るとそこにいたのは白髪、白髭を生やした長身細身の見たところ六十代の刀を持った男。いつからだ。いつからこいつは俺の後ろにいた……。
「頭のほうは悪いみたいですが反射神経はいいみたいですね。ただしどうですか。生身のあなたが私の繋霊に勝てると思いますか?」
ちくしょう……。千羽はどこに行った。あいつ呑気すぎるだろ。自分で言ってただろ。どちらかが死ねばどっちの命も終わるって。クソっ。俺ももう少し気を付けておくべきだった。一回目でさえ学校で襲われたんだ。こいつらは人目が関係なくどこにいたって襲ってくるだろう。この女が言う通り常に一緒に行動すべきだった。当然千羽がいなくては異常な身体能力を持ったり超能力を使うことができる繋霊を倒せるほどの力は俺にはない。
中靴のまま職員玄関を突っ切って外へ出る。向かうは駐輪場。鍵をさしっぱにすることがこんなところで役に立つとは。後ろを見るが奴らの姿はない。チャリにまたがり校門へとペダルを踏む。千羽と合流するまでなんとか時間を稼がなくてはならない。そもそも気が付くべきだった。校舎を間違える馬鹿がいるわけがない。しかもこのタイミングで。ありえないことが起きすぎて判断力がバグってる。
「ナっ!?」
風が体を扇いだ。その不自然に揺れる風が吹いたかと思うとそこには満面の笑みの女と無表情の長身細身のジジイがいる。なんだこいつら。繋霊には何かしらの超能力があると千羽から聞いていたがこいつは瞬間移動か?
「クソっ」
ハンドルを左に回す。そして漕ぐ漕ぐ漕ぐ。漕ぐしかねぇ。チャリのスピードには自信があるが超能力者相手にどうこうできるとは言っていないぞ。とりあえず俺が死んでいないってことは千羽も生きてるってことだ。ここで俺が死ぬわけにはいかない。
「……!?」
風だ。明らかに風の向きが変わった。向かい風の風が追い風になった。
「どこまで逃げるのですか? 疲弊しきって死ぬなんて惨めだと思いませんか? 思うでしょう? さあ、私に殺されてください」
詳しいことは知らない。ただこいつの能力は風に由来するものだ。この異常な速さはそれを利用したものなのだろう。ただ敵の能力を知ったところでどうすることもできない。ならばどうする。……逃げるしかないだろ!
警察のところいくか。無駄だろう。俺がただの変人に思われる。もしくは犠牲者が増えるだけだろう。昨日のあの戦いを見ればわかる。生身の人間がどうにかできるというレベルを超えている。俺の足もそろそろ限界だ。学校に戻ってどうにか千羽を見つけるか。ここから学校にこのスピードを維持して戻れる自信はない。それに戻って他人を巻き込むのは御免だ。つまりどういうことかというと詰んでいる。
「どうする……」
その時俺の目に一つの建物が目に入る。神社。繋霊というくらいなのだ。少しくらいの希望はあるか? 体力的にも精神的にも入るという選択肢以外俺にはなかった。最後の体力を振り絞り神社への坂を上り凹凸が多くなったところでチャリを捨てそのまま御社殿の中へと全力ダッシュする。
「あれぇ? お客さん? 珍しいねぇ」
声のほうを見ると明らかに神主と思われる格好をしているがロン毛でオールバック、薄いひげを生やした彫が深く渋い男がほうきを持って立っていた。不幸中の幸いか、神主らしき人間と出会うことができた。
「あ、ああ」
誰かに会えた安堵で言葉がうまく出ないがうまく話すことができてもこの状況をどうやって説明すればいいのだろう。繋霊っていう変な霊とその契約者に追われていますってそんなこと言っていいのか……
「なに、なんかあったなら言ってみればいいさ。その顔、ただ事じゃなさそうだ。俺がどうにかできることならしてやるさ」
神主の話を聞いている暇はなかった。またあの風が俺の頬を撫でたのだ。
「おっさん、後ろ!」
煙草を取り出し火をつけ始めた神主の後ろに奴らの体がまるで元からそこにあったかのように表れたのだ。
「うふふふ。こんなところまで逃げちゃって。関係ない人は殺りたくないけれど仕方ないでしょう。この場にいたことを後悔してもらいましょう。いいですよ殺っちゃって」
「了解いたしました」
長身細身のジジイはそう言うと女に言われるがまま手に握った刀を振り下ろす。
俺が下を向き視線をそらしたその時人間を切り裂く音とは思えない予想外の音が周りに響き渡る。
「あれぇ。お嬢ちゃん、いつからそんなところにいたの。おじちゃんびっくりするよ」
神主は俺のほうを向いたまま後ろから向けられた刃にどこから取り出したかもわからない刀で抑えそう言うと振り向きざまにジジイを蹴り飛ばす。
「な……!」
女は驚きを隠せていない。そりゃそうだ。よく知らない普通の人間がありえない態勢で繋霊の刀を抑え、反撃したのだ。俺だって驚いている。
「さてと。どうするんだい。この子、俺に助けてほしいらしいんだよ。久しぶりにお仕事しちゃおうかな。それともあんたら、逃げるかい?」
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