なんやかんや見た目がすべて
“ガラッ”と扉が開く音で頭が少し、本当に少しだけ冴えた。毎日遅刻してくる奴の神経はどうなっているのだろうか。遅刻する奴が言うことランキング第一位、「俺、朝弱いんだよね」。は? 朝強い奴なんていないから。みんな眠い中がんばって起きてるから。孫悟空もたぶん朝は弱いから。まあ、この教室で毎日遅刻してくる奴なんて一人しかいない。眞ま貴人きとである。小学校からの友人でありなんとなく仲悪い時期もあったがなんやかんやそこそこに仲良くさせてもらっている。遅刻してくるが成績はなかなかに良い。定期テストでワースト十には必ず入っている俺から言わせれば神の領域と言ってもいいだろう。そもそも勉強できる奴はなぜできるのか。簡単である。それは勉強が楽しめるまたは勉強できない自分が許せないからである。まあ、どんなに頭がいい奴でもタイムスリップの原理をいまだに解明できていない。頭のいい奴の前で間違ってもタイムスリップとか霊がなんちゃらとか言うべきではない。あいつらは自分の知っていることがすべてだと思っていやがる。中学の時のお前だよ、お前。俺が理科で二十三点とって大爆笑していたお前だ。だがそんなことも時間がたつとどうでもよくなってくるものだ。どうでもよくなってある時ふと思い出して懐かしくなる。ふと思い出すときはなにかしら悩みがある時だ。例えば、最近友達の接し方が変だとか、好きな人に思いを伝えられないとか、成績が上がらないだとか、霊が見えるとか、殺し合いを強要されているとか……。
「無理があるな……」
八時二十分。高校三年生の担任は生徒たちよりも忙しそうだ。普通の生徒は自分の勉強で夢中で気づくことがないと思うが見るからに顔に疲れが出ているし朝教室に来る時間も遅くなっている。遅刻厨の眞貴人は喜びそうだが。
「大変だ……」
つぶやくと左側から背中をたたかれる。顔を向けるといるのは
「さっきから何言ってんの」
わかっている。こいつがいなければ俺は何もできない。昨日みたいな奴らに襲われることがあれば無抵抗のまま一方的に殺されるだろう。だから安心感はある。ただ、常にここにいられるとなると話が違う。
俺は教室で話しかけるなという念を込めた視線を送るが千羽に伝わっているかどうかはわからない。ただ目つき悪い奴だと思われたかもしれない。まあ、べつに思われても……
“ガラッ”と開かれた扉が俺を現実と言えない現実へと戻す。今日は廊下から先生同士の話し声が聞こえなかった。そして担任の表情は暗い。
「朝の会を始める前に一つ。昨日の放課後、学校に残っていた人ならば知っている人もいるかもしれないが」
いなくなったんじゃなくて千羽が教室からぶん投げたのか? もうわけわからないから考えるのをやめよう。
もやもやが残ったまま朝の会が終わるとそのまま机に顔を伏せる。正直に言おう。眠い。あんなことがありぐっすり眠れないくらいにはバカではない。それに千羽は繋霊っていうよくわからない霊らしいが見た目上はただの女子高生だ。見知らぬ女と同じ部屋で寝るのにぐっすりできるわけがない。当然、俺のベッドは一人用だ。いや、何人用だろうが一緒に寝ないが……。久しぶりに床で寝たが寝心地は最悪だった。今日の夜は押入れから布団出して寝るか。けど親になんて説明しようか。なんでベッド空いてんのにわざわざ床に布団敷いてその言葉に冷や汗が垂れる。今日に限ってこんなことを言い出す理由など考えるまでもない。二百パーセント俺たちの戦いであろう。だが、教室は千羽が元通りにした。まあ、戦っている最中ものすごい音出てたもんな。気づくよな……
「二年生の生徒が飛び降りるということが昨日、ありました。詳しいことはわかり次第保護者の皆さんに説明します。みんなは変に探ったりうわさ話をしないように」
……ん? 二年生の生徒? 飛び降り自殺……。俺がおかしいのか。そんなわけはないだろう。むしろ俺はまともであろう。いや、わかる。自分のことまともって言っている奴は十中八九まともではない。しかし状況が状況だ。よって俺はまともだ。あいつは間接的に千羽が殺したはずだ。
ゆっくりと視線を千羽のほうへと移すが千羽は特に驚いていない。後輩が教室から寝てんだよって確実に突っ込まれる。やはり床寝生活は免れないか。けどそろそろ出張って言ってたっけか。それなら楽だな。
「おい、起きろって。道具出してないだろ。授業始まるぜ」
押さえつけすぎた瞼のせいで視界がぼやけるが誰かがすぐ分かった。
「朝からよくないニュースだったな。知り合いじゃないだけましだけどな。死にたいのは受験期の俺らなんだけどな。まあ、とりあえずジュース買いに行こうぜ」
こういうやつだとわかっているからいいが本当、こいつ他人に興味がない。それだけではない。他人に興味がないというより自分以外のすべてに興味がない。だが、そこがいい。こいつと俺は全てが真逆なのだ。例えるならあれだ、数学の高校一年生の時に習う対偶ってやつだ。わかってる。めちゃくちゃわかりにくい。ただなぜか知らないが気は合う。
「授業始まるぞって言っときながらなんだよ。まあいいけど」
時計の長い針は6を過ぎたところだ。一時間目は三十五分からだからなんやかんや間に合うだろう。朝のこともあり周りもいつもよりざわついている。あんなことあって噂話するなって高校生には無理がある。高校生っていうのは噂話が大好物なのだ。俺はその標的にされないように隙を作らず過ごしてきたのにそんなことも今の俺にとってはかわいいものだ。
教室から出て階段を下りる。学年が上がるたびに移動が少ない下の階になっていくべきだと思っていたのだがいつだかの全校朝会で校長が、動くことで勉強のストレスを少しでも軽減できると明らかに後付の理由を言っていたことをふと思い出した。まあ確かにただでさえ受験期で太る人の割合は多いのにこの階段もなくしてしまっては教室が暑苦しくなってしまいそうだ。
「最近はさすがに授業中馬鹿できる空気じゃなくなってきたよな」
取り出し口から麦茶を手に取ると自販機に顔を向けながら口にする。
「ああ、そうだな。それに今回自殺したってのも合わさって絶対だめだな」
俺は隣の自販機で買おうとポケットから折り畳み式の財布を取り出して中身を確認するが見事にしょぼい小銭しかない。
「おい、百円貸してくれ。後で返すわ」
ふと隣を見るが眞貴人がいない。もと来た階段のほうを見ると……
「おい、時計見てみろ。じゃあな」
後ろの時計を見ると三十四分を通り越しチャイムが鳴るほんの数秒前…… と思ったらすでに鳴ってしまった。なんであいつの用事に付き合って俺が授業に遅れなくてはならないんだ。まあ、こうなれば開き直ってゆっくりさせてもらう。仕方なく千円札を入れ、自販機を眺めるが特に飲みたいものがない。なんで炭酸がないんだよ。なんでって言っておきながらなんだが理由は単純明快、太るからだ。よその高校では最近まで炭酸があったらしいが肥満が原因で撤去されてしまったらしい。とんでもないな。ただ、炭酸がないことに利点もある。俺は腹が弱い。炭酸を飲むと必ずって言っていいほど腹を下す。だがおいしいから買ってしまう。この悪循環を断ち切ることができるのはいい点である。悲しいことに炭酸を飲まなくても一日四回は排便するほど調子は悪いのだが。しかしそのおかげで授業中トイレに行ったりトイレで授業に遅れることが当たり前すぎて今回のようなときもトイレでしたと言えば済む。嘘っていうのは本当の中に紛れさせることがコツなのだ。……くだらないな……。
「あ、ごめんなさい」
ビクッとした。声のほうを見ると知らない顔の髪の長い女、そしてこの制服は……隣の高校のじゃん。なんでこいつ他校に侵入しちゃってんの。
「誰だよ? その制服隣のとこのだよな」
道間違えて隣の高校まで来るってどれだけの馬鹿だよ。もはや馬鹿通り越してる。
「はい。私、道覚えるのが得意じゃなくて」
見た目は上品な感じで第一印象優等生という感じなのに中身はアホッていいキャラしてるな。絶対こいつ周りからめちゃくちゃちやほやされるタイプだ。俺が嫌いなタイプ。自分がかわいいってこと前提の行動してくる奴だ。
「馬鹿すぎんだろ。まず校門出て左に曲がってそこからまっすぐ行くだけだ」
女は落ち着きがない様子で周りをきょろきょろと見渡してニコッと笑顔を見せる。こいつ俺がせっかく笑った感じを混ぜてイライラを隠して話してやってんのに聞いてるのか。
「はい。本当に馬鹿すぎますよね。だって本当に行き方、説明しちゃってるんですよ?」
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