浪人じゃなくて留年じゃん

声にもならない声はその色味を強くし後輩は膝から地面に倒れこみ、そのまま顔から地面へとダイブするとピクリとも動かなくなった。


「お、おい。そいつ……」


 情けない声である。だがここでかっこつけることなどできるわけもない。本当の腰が抜けるというのはこういうことなのかもしれない。地面から起き上がれる気がしない。


「……死んでる」


 言われなくてもわかる。目の前で倒れている後輩は息をしていない。


「ん、んん。なんも言えねぇ」


 ああ。もう疲れた。この一時間にも満たない時間で一生分の感情の変化を味わった。つまりあれだ。もう寝たい。朝起きて変な夢だったって言いたい。けれども目の前の女、千羽ちはねは追い打ちをかけてきやがる。


「それで……。 だいじょうぶ?」


 だいじょうぶ?じゃねぇ。まずお前が大丈夫かって言ってやりたい。腹から血流して辛そうにしてる女に大丈夫って言われるなんて男失格だ。こんな目にあってるのもたぶん人間失格したからだ。

パニック状態の俺を気にすることなく千羽は祈るような容をとる。するとどうだろう。壁にぽっかりと空いた穴は塞がり、地面に生々しく残る血痕、さらには後輩の死体は空気の一部になるかのように教室からなくなった。さっきまでの教室がなくなり新しい教室にいるみたいだ。霊ってこんなことできるの……。絶対違う。こいつがおかしい。こんなことできたらみんな目つぶって毎日祈りささげるもん。


「確実に大丈夫ではない。けどなんとか体に穴は空いてはない……。ま、まずなんだよあいつら……」


 そうだ。普通の人間に千羽の姿は見えない。見えないのに机が動いたり扉が開いたりするのだ。今の調子で外に出ればとんでもないことになるのは考えるまでもない。こいつは普通の人間には見えない。つまり必然的にあの後輩と長髪ハットは普通の人間ではないということになる。


「うん。あいつらもうちらと同じ」


流れ的にあの長髪は霊ってことか。にしてもなんだあのレーザー。なんだあの刀。なんだあの身体能力。そしてなぜ俺らを襲った?


「そんな顔するのもわかるけど……」


 よほど間抜けな顔をしていたのだろう。


「うちらと同じって、つまりどういうことだ……」

「うちみたいな霊が憑いてる人を契約者、うちらは繋けい霊れいって呼ばれてる。繋がる霊って。なんで呼ばれてるかって言うとうちらどっちかが死ぬとどっちも死んじゃうから」


 なるほど。繋霊である長髪が死んだから後輩も死んだと。なるほどじゃないけど。


「俺が死んでもお前も死ぬってことか? じゃあ絶対俺を狙った方がいいじゃねぇか。よくわからんけど千羽は刀使ってるしすげぇ身体能力だし」


 だってわざわざ強い千羽を狙う必要もないし俺の方が確実に殺せるもん。


「だからうちができるだけ台桜の近くにいなくちゃいけないから大変なの。そういうことだから台桜も刀使えるようにしておいてよ。練習するならいつでもうちが貸してあげる。ていうか持っておいて、うちの力が少しは使えるよ」


 いやいや。貸してあげるじゃないでしょ。使えるわけないだろ。小中高で人の殺し方なんて習いましたか。習ってませんよね。まったくこれだから小中高の教育は役に立たないんだよ。もっと人の刺し方とか実用的なことを教えないと。はぁ……。


「待て待て。それにまだ疑問がある。あいつらも来年の四月からタイムスリップしてきたのか? だとしたら人襲うの慣れ過ぎじゃないですか……」

「違う。あいつらはもともとここの時間の人たち。うちが知ってる限りタイムスリップしてきたのは私たちだけ」


 なるほど。その言い方だと繋霊だかを連れまわしているのはあの後輩君だけじゃないということか。そうなるともう一つものすごく簡単な疑問が生まれる。


「つまりあの後輩やそのほかの繋霊が憑いてる人たちは去年から俺が何も知らないで遊んでいるところでこんなことをしていたのか?」


 千羽は机に寄りかかりながら答える。


「あんまりわかんないけどたぶん。去年から殺し合いをしたんだと思う」

「なんであいつらは殺し合いをするんだ。繋霊っていう存在を知っている人たち同士で仲良くなったりできそうじゃん。秘密の共有みたいで普通は他と違う優越感にも浸れそうだし」


 千羽は机から腰を上げ窓の方を見る。


「ほかの繋霊を殺さないと自分たちが死んじゃうから。そういう風にうちらは創られてる。うちら繋霊が死ねば契約者だって死ぬ。全部なにもかもアイツが仕組み上げたことだから」


 さっきまでとは一変。話し方に怒りが混ざっていることはパニックに陥っている俺ですら分かる。そして千羽が言う「アイツ」が誰を指しているのかも。


「あの男の目的はなんだ。なぜ繋霊を創ったりタイムスリップさせたり。それもあの後輩を見た限りじゃそこそこ前から繋霊を使って人同士を戦わせてるように思える」


 すると突然千羽の顔が俺の顔に近づく。


「だから! だから、アイツが何かを企んでいてもうちらにできることは一つ! アイツの計画をめちゃくちゃにしてあいつを倒す。わかる。台桜みたいな普通の人間にまで干渉してありえないものを創り出してタイムスリップまでできる奴を倒すことなんてできるはずがないって考えはわかる! けど誰かがやろうとしなくちゃ絶対にできない。うちにこんな力をくれてしかも時間を戻して倒す時間をくれたこと絶対に、ぜぇったぁいに後悔させる。だから! 台桜にも契約者として一緒に戦ってほしい。力を貸してほしい!」


 目の前でこんなに言われて断れるわけがない。それに断る理由もない。俺だってあの男が気に食わないしこんな身近な場所で殺し合いが行われていると知ったら黙っていることの方が難しい。


「しょうがないからやってやる。どうせ暇だし」


 状況はなに一つ呑み込めていないがここからの未来は確実に変わること、そしてこれじゃあ、大学全落ちの未来は変えられないことは容易に想像できた。


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