恐怖がないなら喜んで……
「ぅうん……。もっと混乱しちゃうと思うけど。うちは幽霊」
ああ。本当にもっと混乱しちゃった。タイムスリップの次は幽霊ですか。こんなの俺じゃなくてもっとオカルト好きを巻き込んでくれよ。奇妙ってレベルじゃねぇぞ。
「話についていけねぇ……」
「うちもほとんど台桜と同じことしかわからない。ただちょっとは知ってる……」
「いや、お前が幽霊って時点でかなり違うだろ。そもそもなんだ幽霊って。なんでお前と俺が九か月前に飛ばされてんだよ。俺霊感とかないぞ。おい、分からないことが多すぎるって……」
やはり千羽もそこの変のことはよくわからないらしく顔を下に向ける。まずい。質問飛ばし過ぎてドン引かれてるかもしれない。こんなこと考えれるなんて意外と冷静なのかも。
「……まあ、お前もよく分かっていないらしいから……」
“ガラッ”
喋り出した瞬間教室の扉が開く。顔を向けるとそこに立っていたのは見覚えがあるようなないような一つ下の学年の男。何度か見たことがあるが話をしたことは一度もない。つまりめっちゃ気まずい。だって今話しているところ見られたんでしょ。非常に気まずい。
「おー。見失ったと思った。こんにちは。台桜先輩」
え、教室じゃなくて俺に用事があるの。
「あ、ああ。俺?」
思わず変な声を出してしまった。にしてもなんだこいつ。なんの用だよ。
「よかったです。人違いだったらどうしようかと思ってましたよ。女の繋霊がいるからほぼ確信ですが」
そう聞こえたと思うと男の後ろの扉からもう一人、背の高い長い髪にハット帽をかぶった男が現れる。こいつは誰だ。身長は軽く百九十を超えているだろう。何日も動かしていないような表情。言えるのは学校にいてはいけないタイプの人間だということ。そしてそんなことはどうでもいいと思わせるものがその手にあるのだ。禍々しく緑色に光る球体、それはこれまでに見たことのないほど奇妙で神秘的なものだ。
「避けて!」
横から声が聞こえたと思うとそこからはコンマの世界。千羽ちはねは俺に飛びつき俺は地面に横たわり結果千羽が俺に覆いかぶさる。
「千羽、なにすんだよ!」
言ったがその理由は聞くまでもなかった。千羽の腕からは真っ赤な血が流れていた。千羽は俺を守った。何から? 答えは目の前にあった。窓ガラス近くの壁に直径五センチほどの穴が開いている。なぜ開いているのか。何もわかっていない俺でもわかる。あの長髪の男の持っている緑色の球体からいわゆるレーザーというものが発射されたのだ。
「おい、大丈夫か!?」
俺が声をかけるまでもなく千羽はすぐに態勢を整え右手になにかを持つような形を作る。するとびっくりあらどうだろう。彼女のその手にはナイフよりも少し大きめな刀が握られていた。
「すみませんね、急に襲っちゃって。それにしても素晴らしい
ああ、俺もうそろそろ死にそう、ということともうここは俺が知っている現実ではないことはわかった。名前もよくわからない後輩が俺への殺意むき出しの言葉を口にすると髪の長いハット帽の男はもう一度レーザーを今度は千羽目掛けて発射する。千羽は瞬時に避け男との差を詰めると手に握る刀を振るう。長髪の男は避けようとするがその刀は確かに男の腕を切り裂く。
「グッ!」
長髪の男は硬い表情を動かして低い声を上げると後輩を守るように後ろに下がり今度は両手に緑の球体を作り出す。そしてその後どうなるかは想像通りである。二つの緑のレーザーが俺たちめがけて放たれるのだ。するとそのレーザーが俺を襲う前になにかが俺の腹を襲う。それは俺の目の前に立っている千羽の蹴りだった。
「イッテェな!」
誰がどう見ても俺のその言葉は明らかに場違いだった。二つのレーザーのうち一つは千羽の刀と衝突しそしてもう一つは千羽の腹を貫通していた。グロテスクな表現が含まれていますというレベルではない。正直見てられない。自分と同じくらいの女の腹から血が大量にあふれているのだ。しかしそれも含めここは俺の知っている世界ではないらしい。千羽は血を流しながらも衝突したレーザをはじき返しそのまま崩れ落ちるそぶりも見せない。確かに息が切れている音は聞こえる。だがその姿はこの勝負を諦めているようには見えなかった。
「うちらを狙ったのが間違い……」
荒い呼吸ながらもその言葉の重みは目の前の男たちを動揺させているようにも見える。
「負け惜しみお疲れ様です繋霊さん。個人的な恨み妬みなど一切ないんですけどね。言われてしまったら断れない立場なんですよ、僕は。台桜だいざくら先輩と一緒にここで消えてもらいますよ」
またしてもレーザーが放たれようとするその時、その緑の球体を持つ手が腕を巻き込み宙へと浮いているその事実だけが俺の目に映る。目を移すと千羽がハット帽の男と距離を縮めていたのだ。
「避けろ!」
後輩のその声だけが教室内に響いた。さっきとは違う余裕を感じさせないその声の方向で勝負の決着はついていた。ハット帽の男の胸部に千羽の刃先を突き刺さり腹部分に達するまで引き裂かれていた。俺にもう少し余裕があれば吐き気がこみ上げてきたのだろう。しかし俺の頭はそんな反射的な反応を忘れるほどめちゃくちゃだった。
「あ、ああ……」
名前も知らない後輩は声にならない声を発しながら後ずさりをする。千羽は黙ってそれを見つめる。
「あ、ありえない……。こんなの聞いていたのと違う……。予定が狂っちゃうな……。フッフフフ、せいぜい二人で負けレースを頑張ってください……。僕は幸せでしたよ、ここで死ねて」
声にもならない声はその色味を強くし後輩は膝から地面に倒れこみ、そのまま顔から地面へとダイブするとピクリとも動かなくなった。
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