無表情が一番怖い
「にげて…… あいつは……倒せない」
千羽の視線の先を追い、振り返る。辺りの草木を燃やしながら炎の中から何かが出てくる。金属のような音を立てながらその姿を現す。中世の銀色の鎧を思わせるような格好をしたそいつは片手に大きな剣を握りゆっくりと一歩そしてまた一歩を踏み出しこちらへと近づいてくるのだ。繋霊けいれいだ。あの超人的な千羽がこの様じゃどうあがいても俺は勝てない。ただ何もしないで死ぬなんてことはできない。
「まてまてまて。こっち来んなよ。頼むから来んなって……」
ポケットを確認するがもうさっきの刀はない。消耗品かよ……。千羽を背負ってダッシュするか。逃げ切れる気がしないし俺の足はもう限界だぞ。ガチャガチャと歩く音は止まることなく近づいてくる。俺は棒立ちすることしかできない。俺の拳でこいつを倒せる気はしないが最後の抵抗だ。やるしかない……。
“ガシャガシャ”
鎧の男との距離はすでに数メートル。震えてうまく拳が握れないし呼吸は乱れる。だがやるしかない。無理やり作った拳で殴りかかる。
その時、鎧の男が炎に包まれた。何が起きたかわからなかった。ただ我に返ったときはもう鎧の男は消えていた。空気の熱だけがそこに残っていた。
「おい!」
何が起こったかはわからない。ただ今は千羽をどうにかするのが先だ。横たわる千羽は意識があるようだった。できるだけ傷口や焼け跡に触れないようにして体を持ち上げコンクリートから焼かれていない芝に体を移動させる。
「あ、あいつは……どこ……」
千羽の瞼がわずかだが開いた。息をするのも辛そうだ。合流できたと思ったらこの状況かよ。
「俺もよくわからないけどどっかに行った。今は動くな。何があったかはそのあとだ」
そうは言ったもののどうすればいいんだ。病院に連れて行こうにも普通の人間には見えない。包帯や絆創膏が繋霊に効果があるかもわからないしそんな道具はもっていない。家に戻る。そうするしかない。
「掴まっておけよ」
横に倒れている千羽をおんぶのような形で持ち上げ、チャリにまたがり全力で漕ぐ。確実に筋肉痛が約束されていた俺の足で漕ぐ。一日に二度も死を覚悟したのは初めてだった。そもそも本気で死を覚悟したことはないかもしれない。普通に生活していればまずない。なによりなぜあの鎧の男が俺のことを殺さなかったのか。殺さない理由がなにかあるということだ。わからない。助かっただけよしとしよう。それに……なんとも言えない感情だった。あの時心のどこかで俺は諦めていた。千羽も倒せない奴を俺が倒せるわけがないと。確かに俺じゃあ何もできないというのはその通りだ。ただ、なにか俺の中で引っかかっていた。
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