第32話 親に報告


 勇者ハリベルとなんやかんやあったが、後のことはリカルド支部長に任せて俺たちは故郷に帰ることにした。

 色々と親に報告する必要もあるし、村では手に入らないような薬や道具を手に入れたので持ち帰るのだ。

 途中まで行商人の馬車に乗せてもらい、村の近くで降りて徒歩で向かう。

 朝早くに出発したというのに、村に到着したのは夕暮れも間近な頃だった。


「母さん、ただいまー!」

「あら、カイン。おかえりなさい、エルザちゃんまでいらっしゃい! ちょうど晩ご飯が出来た頃なのよ! 食べて行ってちょうだい!!」

「お邪魔します」


 家の外からでも漂う晩ご飯の香りに誘われて、親に大声で呼びかけると返事が聞こえた。

 ペコリと俺の母さんに頭を下げるエルザ。

 いつでも丁寧な態度だが、今日はどことなく緊張しているようだった。

 家の中にはお父さんがふてくされた顔でテーブルについていた。


「ただいま、父さん」

「おかえり……と言いたいところだが、王都で元に戻る方法を見つけたんだろうな」

「その話は食事の時にでもするよ」


 俺によく似た青い目を鋭くした父さんが俺を睨んできた。

 エルザの前だと『威厳のある父親』を演じていたというのに、よほど機嫌が悪いみたいで貧乏ゆすりまでしていた。

 俺の後ろにいたエルザに気がついて、ピタリと辞めたが不機嫌な顔は治っていない。


「はいはい、お鍋にいっぱいあるからたくさん食べてね!」

「ありがとうございます」


 三人で食器を並べて、食事の用意を整える。

 父さんはいつものように口をへの字にしているだけなので放っておく。

 晩ご飯は母さんがよく作っていたシチューだ。

 俺が王都で買ってきたパンを頬張りながら、穏やかに食事していると一足先に終えた母さんが口を開いた。


「それで、カイン。どうだったの?」

「元に戻る方法は見つけたんだが……」


 俺はエルザをチラリと見る。

 この動作だけで母さんに伝わったようで、「あらあら」と嬉しそうに微笑んだ。


「俺もエルザもこのまま生きていくことに決めたんだ。それと、俺たち付き合うことになったんだ」

「そうなのねぇ。エルザのお父さんとお母さんにもご報告しなくちゃ!」


 王都であったことを掻い摘んで話していると、父さんがいきなり机を叩いた。


「何を言ってるんだ、母さん! 自分の息子が嫁になるかもしれないっていうのに!!」

「別に問題ないでしょう?」

「おおありだ! 認めないぞ、俺は認めないからな!!」


 父さんは顔を真っ赤にして立ち上がる。

 ひとしきり叫んだ後、家を飛び出してしまった。

 追いかけようかと思ったが、面倒なので放置することにした。


「あらぁ、どっか行っちゃったわね。それで、これからこの村で住んでいくの? それとも他の都市に住むの?」

「それはまだ決めてないな。いずれにしても仕事を得なきゃいけないし、暫くは王都に戻って稼ごうかなって思ってる」

「そうなのね。まあ、若いから各地を旅するのも悪くないわね」


 母さんの話を聞きながら皿を流し台に置いていく。

 王都では外食がほとんどだったから、久しぶりにこういう家事仕事をする。

 俺が家事を手伝うことを父さんはあまり喜んでなかったけど、俺自身はこういう仕事は結構好きだったりする。

 お皿を洗っているとエルザがこそっと俺に話しかけてきた。


「カイン、お父さんを追いかけなくていいの?」

「あー、いいんだよ。今頃、酒場で飲んだくれてるんだろ」


 俺と父さんはすこぶる仲が悪い。

 仲が悪いというよりも、価値観が違うのだ。

 父さんは村で必要な鍛治仕事を行う職人で、俺が生まれた時に『ゆくゆくは村一番の剣士に育てる』と豪語していたらしい。

 けれども、俺に宿ったスキルは【導き手】や【魔導師】というもので、剣術どころか肉体に関するものはなかった。


「朝になったら帰ってくるぜ」

「そか」


 俺の話を聞きながら、エルザは俺から洗い終わった皿を受け取ってタオルで拭いていく。

 客人というよりもはや家族のようなもので、よくこうやって家事を手伝っていてくれてたなとぼんやり過去に想いを馳せる。

 一人だとやる気が起きなくても、不思議とエルザも一緒だとやる気が起きるのだ。


「二人ともありがとうねえ。この時期の水仕事は手に来るのよねえ」


 そう言ってお茶を啜る母さんの手指には、赤切れやひび割れが目立っていた。

 エルザは荷物をガサガサと漁ると、一つの瓶を取り出す。


「あの、これ王都で買った軟膏です。良かったらどうぞ」

「あらぁ〜、貰っちゃっていいの〜? 助かるわあ」


 エルザの返答も待たずに瓶を早速開け、中身を傷口に塗る母さん。

 人間は歳を取ると厚かましくなるという噂は間違いではないらしい。

 視線をうろうろと彷徨わせていたエルザは、母さんの向かいの席に座ると静かに深呼吸した。

 どうやら、自分の正体について話す決心がついたらしい。

 エルザの真剣な顔を見た母さんも軟膏を塗る手を止めて(というか恐ろしい速さで塗り終えて)瓶の蓋を閉める。


「カインのお母さん、実は私……」

「エルザちゃん、いいのよ」

「お母さん……」


 いかにも涙を誘うような感動的な雰囲気が漂っているが、俺はそれを冷ややかな目で眺めていた。

 なにせ、俺の母さんは天才的なおっちょこちょいなのだ。

 ここぞという時に致命的な勘違いをすることがよくある。

 今回も、どうせ何か俺が理解できない勘違いをしているのだろう。


「あなた達がこの村を旅立った時には既に覚悟していたわ。私もついにおばあちゃんになるのね……」

「んん? なんでそんな話に!?」

「男と女、二人きり……ふふ、昔の私を思い出すわ」


 母さんは紅潮した頰に手を当てながらもう片方の手で金髪をくるくると弄っていた。

 俺が想定していた通り、母さんはとんでもない勘違いをしていた。

 早とちりもいいところだ。


「おいおい、母さん。俺たちは結婚してないぞ」

「そうよね、よね。これからが楽しみだわ」

「え、あの……」

「結婚式はいつ開くの? それまでにヴェールを完成させなくっちゃ」


 ウキウキとした様子で戸棚から網掛けのヴェールを取り出す。

 この村では、結婚式のヴェールを花嫁の家が用意するのだ。

 その他にも新婚を祝うための花弁や食事なども用意したりしなかったりと家になってマチマチだ。

 母さんったら気が早いんだから……もうっ!


「話したいことはそういうことじゃないです。これ、見てください」


 ようやく話を本筋に戻したエルザが、頭のバンダナを外した。

 ピコンとエルザの犬耳が露わになる。

 素晴らしきかな、エルザの犬耳……毎秒眺めていたい……。


「あら、エルザちゃんは獣人だったの?」

「違います。あの……いわゆる魔物ってやつです」

「あらぁ、魔物だったのね。道理で強いわけだわ」


 俺が想像していたよりもあっさりと母さんはエルザが魔物だという事実を受け入れた。

 それどころか、なにやら過去にエルザが猪を討伐したことや力持ちであることに納得を示していた。

 流石、俺の母さん。

 普通の人なら驚いて頭が真っ白になるところを、数秒で受け入れてお茶を啜っている。


「お、驚かないんですか?」

「うちの息子、じゃなくて娘をよろしくね」

「あ、はい……」


 俺の母さんの適応力にエルザはただただ驚いていた。

 エルザは驚くと、犬耳が跳ねるように動く。

 跳ねる耳を見ると撫で回したくなったので、俺は欲求に素直に従って撫で回した。


「ちょっと、ずるいわよカイン! 母さんも撫でるぅ!!」

「ふぇっ!?」


 途中から母さんも加わって、二人がかりでエルザを撫で回した。

 お耳が高速でぴこぴこ動いていたので、次は二人っきりの時に撫でまわそうと俺は密かに決意した。

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