偽の勇者と聖剣
第31話 加速する勘違いと反省会
王都の中にある最高級宿屋の一室にて、【勇者】とその仲間たちは集まっていた。
贅沢に高級素材を使ったソファーや紅茶でさえ、彼らの間に漂う緊張感を和らげることはなかった。
一人用ソファーに座っていたハリベルが重々しく口を開く。
「それでは、これより反省会を始める。まずは事実の擦り合わせからいこう。ルチア、頼む」
電撃を浴びたことでチリチリになった髪を人差し指でクルクルとしながら、ルチアはすらすらと『事実』を
「五年前、【勇者】として我らがハリベルは王都に向かう途中で【賢者】と思しき青年カインを仲間に引き入れました」
「そうだ。五年前、たしかにカインは男だった。これは間違いない」
「その時、カインは加入の見返りとして金銭を要求してきました」
「なんでも幼馴染のエルザとの結婚資金にするとか言ってた。独り身の俺に対する当て付けかと怒ったが、心の底ではちょっとだけ尊敬していたんだぜ」
『ならなんで追放したんだ?』と首を傾げるバーリアンを無視して、ルチアは記憶を頼りにこれまでの五年間をざっくりと解説する。
「【勇者】ハリベルと【賢者】カインは神の導きに従って、各地を旅し、その過程で【戦士】バーリアンと出会いました」
「その時は俺もまだ自分がまさか【戦士】だとは夢にも思わなかったぜ。たまたま前衛がいないからっていう理由で雇われた臨時の戦闘員だったもんな」
「俺もまさか革鎧すら満足に買えない傭兵が【戦士】だとは思わなかったぜ」
さっそく話がずれ始めたことにルチアが苛立って咳払いを一つすると、ハリベルとバーリアンはバツが悪そうに口を噤んだ。
話が脱線することはよくあるので、すっかり慣れたルミナスは涼しい顔で紅茶を啜る。
「それから二年後。渓谷にて、私こと【魔術師】ルチアと【聖女】であるルミナスねえさんと出会い、魔神が潜むというダンジョン『魔神の領域』へ挑むことになりました」
「結局、浅い層しか攻略できなかったけどな」
苦い顔でハリベルは語る。
それまで無敗を誇っていた勇者ハリベルは初めて遁走したのだ。
強力な魔物、常に体力を奪う呪詛を纏った嫌な気配と即死級の罠が張り巡らされた場所だった。
『魔神の領域』から情報を持ち帰って生還しただけでも偉業として讃えられたが、敵に背を向けたという屈辱は未だハリベルの心の底で燻っている。
「根本的な強化が必要ということで、王都に戻って以降は特訓に励みました。戦略や個々の能力に着目していくなかで、【賢者】カインのスキルは役に立たないと発覚。追放することで教会側に神託を仰ぐことになりました」
ルチアが確認を取るように一人一人に視線を向けていくと、みんなも正しさを証明するようにコクリと頷く。
「そうそう。戦闘にスキルが関係していることが分かって、それに基づいて戦闘スタイルを変えたら効率がグンとよくなったのよねえ」
ルミナスがカップをソーサーに戻し、試しに回復の奇跡を起こす。
キラキラとした輝きに包まれ、その場にいる誰もが身体の底から力が湧き上がるような感覚を味わう。
バーリアンは壁に立てかけた戦斧を見やって、しみじみと呟く。
「俺に【戦斧使い】なんていうスキルがあるなんて知らなかったぜ」
「勇者の俺は【限界突破】、ルミナスには【癒しの加護】、ルチアには【魔導の加護】があった。ルチアの助言に従って編成し直したことでこれまで勝てなかった魔物にも勝てるようになった」
己の掌を見つめながら、ハリベルはポツリと呟く。
「これなら、あの『魔神の領域』に挑めるって話してたんだ。それだけの実力が俺たちにはたしかにあった」
「新しく発見したダンジョンにて、私たちは失われていたはずの聖剣を回収。ですが、聖剣は未だ抜剣もできず……」
目を伏せて言葉を濁すルチア。
彼女の言う通り、ハリベルが回収した聖剣はウンともスンとも言わない。
「教皇によれば、【賢者】の介添えがあって初めて聖剣は力を発揮するということだった。だから俺たちはカインを探して……」
ルチアの言葉を繋いだハリベルはそこまで語ると頭を抱えてしまった。
その背中を静かにさすりながらバーリアンは尋ねる。
「なあ、本当にあの女の子がカインなのか?」
「あぁ……あいつ、『お嫁さんになる』って」
「婿に行くでも嫁を迎えるでもなく、お嫁さんになるって?」
「うん……」
絶句したバーリアンは両手で口を覆い、それきり黙ってしまった。
「つまり、【賢者】の称号を有するカインはすっかり女の子になって男に戻る気はないということ。これは痛いわね」
「どうしよう、ルチア。カインがいないとハリベルはいつまで経っても聖剣が扱えないままだわ」
「それも問題だけど、もう一つあるでしょ」
「あ、そうよ! あの赤髪のイケメンくん! あの子、すっごく強かったわね! あんなカッコいい男に抱かれたいと思うのも分かるわ」
暗い雰囲気のなかで煩悩を丸出しにした姉に呆れてルチアはため息を吐く。
「【限界突破】したハリベルを押さえ込んで、さらにバーリアンすら太刀打ちできなかった魔物が存在したということよ。魔物側の策略にまんまと嵌められたってわけ。早急にどうにかしないとかなりまずいわ」
ルチアの指摘に、ルミナスも事の重大さに気付いて愕然とする。
勇者パーティーに戻らない、ということよりも魔物側に与するようなことがあればどんな被害が起きるか。
内部から王都を攻撃されるようなことがあれば、それは恐ろしいことになるだろう。
「カインはたしかにナヨナヨしたやつだが、人を虐殺するほど落ちぶれちゃいない。その証拠に、魔物に与した人間から王都の防衛結界を守ったそうだ」
「ハリベル、現実を見なさい。魔物のお嫁さんになると公言しているのでしょう?」
「……そう、だな」
「おまけに男でも構わない、と。相当の入れ込み具合よ」
そこまで語ったルチアは再度ため息を吐いた。
陰鬱な雰囲気のなか、バーリアンがおずおずと手を挙げる。
「なあ、ハリベル。カインが男に戻りたがらないのってもしかして俺たちの所為なんじゃ……」
そのとんでもない発言を聞いた三人はバッと顔を上げる。
それは、誰もが心に思っていたが決して口にしなかった話題だった。
「バーリアン、世の中には言っていいことと悪いことがあるぞ」
咎めるようなハリベルの言い分に、この時ばかりはすぐに引き下がるバーリアンも反論に打って出た。
「で、でもよお! みんなで寄ってたかって『男の癖にナヨナヨしてる』とか『恋人にはしたくない男ランキング一位』とか言ってたじゃないか!」
「俺はたしかにナヨナヨしてると言ったが、あれは優柔不断なところを指摘しただけだ! その恋人なんとかランキングとかは言ってない!」
「ちょっと、なんで私を見るのよ! そういう番付はねえさんが勝手にやってただけよ!」
「ルチア!? なによ、あなただって中級どまりの魔術師は戦力的にも恋愛的にもお断りって言ってたじゃないの!!」
反省会特有のじっとりした空気は消え失せ、代わりに責任転嫁の場と成り果てた。
戦地で命を預け合う仲間だというのに、お互いを口汚く罵り合う。
いくら勇者といえども……いや、勇者だからこそ人間関係の軋轢からは逃れられない。
「ハリベルだって、影で『幼馴染とか芋くせぇ女に決まってる。今頃他の男とシケ込んでるだろ』なんて言ってたじゃない!」
「そ、それはそうだけどさあ……」
尻すぼみになっていたハリベルはそこでハッと息を飲む。
彼の脳内では、細々とした情報が恐るべきスピードで組み立てられていた。
劣竜殺しのエルザとカイン。
彼らと遭遇した時、赤い髪の男が自らをカインと名乗ったこと。
カインが幼馴染と同じ名前を使って活動していたこと。
再び相対した時、赤い髪の男をエルザと呼んだこと。
そして、『お嫁さんになる』という発言。
それらについてハリベルが考えた時、導き出せる結論は一つだけだった。
「俺たちから追放されたアイツが故郷に戻って……そこでなんらかのトラブルがあったに違いない」
「トラブル? 一体ハリベルはなんの話をしているんだ?」
「そのトラブルとは……つまり、幼馴染が他の男と結婚していたんだ」
ルチア、ルミナス、バーリアンが息を飲む。
彼らの脳内に、『田舎は結婚が早い』という共通認識が浮かんだ。
「傷心したカインに忍び寄る魔の手……恋愛小説でよく見かける展開だぜ!」
「失恋直後ならグラッときてもおかしくはないわ」
「神父様も失恋した人の悩みを聞いていたら惚れられて困ると言ってたわ」
三者三様、思い思いに空白の時間を妄想で補っていく。
彼らの結論を、代表である勇者ハリベルが代弁する。
「そう、あの赤い髪の魔物はカインを誑かしているんだ!」
これが真実だ、とでも言いたげに断言したハリベル。
彼の言うことは当たらずも遠からず、それどころか致命的な勘違いをしているのだがそのことに誰も気づかない。
悲観的に落ち込む一行のなかで、参謀も務めるルチアが両手を叩いた。
「まだ活路はあるわ!」
「ルチア、なにか秘策でもあるのか?」
「あの魔物はカインの恋人を演じている。そこをうまく利用すれば、あるいは……!」
「なるほど! やつの監視をさせつつ、強力な魔物をぶつけて始末する。まさしく一石二鳥!」
剣吞な雰囲気も陰鬱な空気も払拭し、勇者パーティーはさながら砂漠でオアシスを見つけた行商人のように晴れやかな顔で手を叩き、妙案を思いついたルチアを称え、互いに罵倒したことを謝る。
勘違いを加速させたまま反省会は終わりを迎えた。
「よっしゃ、今日は俺の奢りだ! 旨い飯でも食いながら懐柔作戦でも考えるか!!」
「「「ゴチになりまぁす!!」」」
そうして、四人は街へと繰り出したのだった。
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