第30話 今更「戻れ」と言われても……


 剣戟の鈍い音が通りに響く。

 俺が【聖女】ルミナスと【魔術師】ルチアに手こずっている間、エルザは一人で二人を相手していた。

 ヒラリと【戦士】バーリアンの背後に回って【勇者】ハリベルを撹乱し、バーリアンが振り返る頃にはハリベルに槍を突き出して攻撃している。

 今回もバーリアンの斧は空を切って石畳を叩き割った。

 ハリベルの首筋を浅く穂先が掠めて血が勇者の象徴である服を濡らす。


「な、なんだコイツ……!?」

「スキル【限界突破】に対応するなんて、化け物め」


 ぜーはー、ぜーはーと肩を切らして荒く呼吸する二人。

 五年間、共に訓練したり魔物を討伐したりしたが、二人が翻弄されている姿を初めて見た。

 衣服の色が変わるほど大量に発汗し、体力の限界が近いことが容易に見て取れる。

 それに対し、エルザは────、


「降参するなら今のうちですよ。人を傷つけるのはあまり好きじゃないんです」

「吠えてろっ……!」


 汗一つかいていなかった。

 それどころか、呼吸も乱れておらず疲労困憊な二人に比べて余裕すら感じる。


「この勇者おれが魔物に屈服するはずがないだろっ!」


 ブロンズソードを構え、息を整えたハリベル。

 隣では、斧を地面から引き抜いたバーリアンが息も荒くエルザを睨んでいた。

 その光景を、エルザは鼻で笑う。


「その心構えは立派だけど、身体はついてこれていないようね? 動きに繊細さが欠けてきてるわ」

「ちっ……」


 身体に纏っていた【限界突破】のオーラは輝きを失いつつあった。

 あと数分もしないうちに行動不能になるだろう。

 俺がルチアとルミナスを片付けたことで、数的有利性もなくした。


「援護するぜ、エルザ」

「カイン、怪我はない?」

「ないぜ」


 本当は火傷した腕が痛いけど、好きな人の前でちょっとだけ強がる。

 こっそり腕の傷を治癒魔術で治しながら杖を構えてかつての仲間を睨む。


「〈アースプロテクション〉」


 エルザと俺に土属性の補助魔術をかける。

 これは相手が金属製の武器を使用した際に、万が一、攻撃が当たったとしても致命傷は避けられる。


「ルチアとルミナスがやられたか……バーリアン、治療を頼む」

「分かった」


 バーリアンが武器をしまってルチアとルミナスの手当てに向かう。

 例え二人を起こしたとしても、かなり魔力を消費しているので問題はない。


「〈ウォール〉」


 それどころか、隔離も出来て一石二鳥。

 焦ったバーリアンが土属性の魔術で壁を破壊しようとしているが、上級魔術に区分される〈ウォール〉はそう簡単に壊れない。

 隔離した壁を見て、ハリベルが目をカッと開く。


「土属性の上級魔術〈ウォール〉だと!?」


 これまで俺に見向きもしなかったハリベルが俺を見た。

 その顔は初めてポイパカ村で出会った時を彷彿とさせたが、あの時のように憧れる気持ちも惹かれる感覚もなかった。


「ハリベル、もうやめろ」

「そういうお前こそ魔物の味方をするのはやめろ! なんで上級魔術を使えるのかは分からんが、その力があれば待遇を改善してる。男に戻る方法なら俺が見つけてやるから、さっさとこっちに戻ってこい!」

「戻るつもりはない。俺はエルザの味方をするって決めたんだ」


 きっぱりと俺はハリベルの誘いを断った。

 【賢者】も神の預言もどうでもいい、俺にとって一番大事なことは恋人エルザとの未来だけだ。


「そ、そのエルザってヤツは男だぞ?」

「かっこいいだろ、俺のエルザ。おまけにお前より強い」

「……は? えっと、ちょっと待て。おい、お前こそどうなんだ! そこの金髪は中身が男だぞ!?」

「知ってる」


 ハリベルがパチクリと瞬きしていると、【限界突破】のオーラが切れた。

 もう一波乱あるかと思っていただけに、時間切れという拍子抜けな決着方法だった。


「チクショウ! 時間切れだ……」


 がっくりと地面に膝をつくハリベル。

 俺が知りうる限り最もダサい姿をしていた。

 スキル【限界突破】を使った反動で、立ち上がる力すら残っていないようだった。


「ハリベル、俺はお前のところに戻るつもりはない。今更『戻れ』と言われても、もう遅いんだよ」

「な、なんだとっ!?」

「俺、お嫁さんになるんだ……。だから、俺たちのことは放っておいてくれ」


 もう既に勝負はついた。

 これ以上、ハリベルたちを痛めつける理由も大義もない。

 騒ぎを聞きつけて、衛兵が駆けつけてくる足音が近づいている。

 あとは彼らに任せるとしよう。

 その前に、俺はハリベルに言うべきもう一つのことを思い出した。


「それに、俺みたいなナヨナヨした男は嫌いだろ?」


 そう問いかけると、ハリベルは唖然とした顔で俺を見上げていた。

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