第29話 スキルと称号


 連日の土砂降りも過ぎ、王都はすっかり晴れ模様の空が広がっていた。

 俺たちはダンジョンコアを正式にガイストス博士に売却し、手に入れた金を銀行に預けて故郷の村に戻る準備を進めていた。

 武器を手に王都の外にいると、事情を知っている周りの冒険者たちから睨まれるので仕事に支障をきたしているのだ。

 稼ぎがあるとはいえ、ピリピリした冒険者に無理に囲まれる必要もない。


「リカルド支部長も事前に教えてくれるなら戻ってもいいって言ってくれたし、明日にでも戻るか?」

「そうだね。王都に戻るなら、お婆ちゃんの為に質の良い湿布でも買って行こうかな」


 すっかり常連となった喫茶店でケーキに舌鼓をうちながら、俺たちはこれからについて相談していた。

 頭にバンダナを巻いたエルザは尻尾をズボンの中に隠し、さらに外套を羽織って隠している。

 この寒い時期なら、多少は着込んでも不審にならない。

 最後の一口を頬張り、勘定を済ませて店の外に出る。


「じゃあ、今日のうちに薬局に寄るか」

「そうだね」


 村では手に入らないような薬を求めて薬局に向かうことにした。

 頭の中で、村に戻る為に何を王都で買って行くのかリストを作りながらエルザと手を繋いで歩く。

 肌寒い秋空の下では、エルザの体温が心地よかった。

 大通りを過ぎ、人気の少ない道に入る。


「見つけたぜ、【賢者】カイン! まさか、本当に女になっていたとはなあ……! マジで何があったんだ……?」


 背後から、聞き覚えのある声が聞こえて思わず振り返る。

 そこにいたのは、数日前に冒険者ギルドで絡まれた【勇者】ハリベルだった。

 その後ろには【聖女】ルミナスや【魔術師】ルチア、【戦士】バーリアンが武器を抜刀して構えている。

 何かトラブルが起きる予感がして、俺は思わず顔をしかめた。


「すっかり騙されたぜ! どんな魔術を使っているかは知らねぇが、男の純情を弄ぶなんて許せねぇ!」


 赤い鎧を身につけたバーリアンが肩を怒らせて叫ぶ。

 その目は義憤に燃えているが、俺は男の純情を弄んだことはない。

 というか、エルザ以外に時間を割くなんてとんでもない。

 突然の言いがかりに、俺たちは顔を見合わせる。


 そんな俺たちを見て、意気揚々とハリベルは語り出す。


「何がなんだか分からない、という顔をしているな。ふん、間抜けな魔物だぜ。勇者である俺は優しいから教えてやるよ、お前が女だと思って大切にしていたやつは、中身が男なんだ!」


 ビシッと俺を指差すハリベル。

 一体どこ経由で情報が漏れたのかは分からないが、俺たちを目の敵にしていることは明白だった。


「……カイン、あの人たちはなんの話をしているの?」

「すまん、エルザに夢中になっていてさっぱり話を聞いていなかった」

「なるほど、誰もアテにならないことが分かったわね。とりあえず、カインは下がってて」

「うん」



 俺の手を握っていたエルザが手を離して、ハリベルから俺を守るように立ち塞がる。

 中身は女の子のはずなのにカッコいいから困る。


 キリッとした顔でハリベルを睨むエルザ。

 新調した鉄の槍を両手に持って、鋭く息を吐く。

 淡々と、しかし怒りを込めて口を開いた。


「一体、何を勘違いしているのかは知らないけど、こちらもアンタに聞きたいことがあったからちょうどいいわ。ぶちのめしてから話を聞くことにする」


 エルザの殺気に満ちた怒りすらハリベルは飄々と受け流し、鼻で笑ってブロンズソードを構える。


「ふん、言葉を交わせても所詮は魔物。人の姿を取って、【賢者】に取り入ってちやほやすれば上手く情報を得られると思っているようだが……この勇者の目は誤魔化せないぜ!」


 どやぁ……と渾身のキメ顔でエルザを見下ろすハリベルなのだが、いかんせん身長があと十センチほど足りない。


「あの時はスキルも使えず、不意打ちだったから遅れを取ったが今回は初っ端ぶちかますぜ!」


 そう言って、ハリベルの身体が赤いオーラに包まれる。

 あれは勇者にしか扱えないと言われているスキル【限界突破】だ。

 一時的に身体能力ステータスを引き上げるというスキルで、ここぞという時に使うもの。


 ガンッ!


 俺が結界を張るよりも早く、エルザとハリベルが衝突する。

 ハリベルは一瞬で距離を詰めて鋭く踏み込み、エルザの腹を狙って横薙ぎに振るったのだ。

 それをエルザは間一髪で弾き、腹に蹴りを叩き込んで距離を取る。


「初撃で仕留められないなんて、あなたらしくないわね。援護するわ」


 【魔術師】のルチアが杖を構えた姿を見て、俺は咄嗟に妨害魔術を組み立てる。

 スキルを使ったハリベルにどこまでエルザが喰らいつけるか分からないが、これ以上不利な状況に陥らせるわけにはいかない。


「ちょっと、邪魔するんじゃないわよ! 私より胸が平らだからって!」

「胸は関係ないだろ!」

「あるわよっ!」

「ねーわ、ボケッ!! そういうお前こそ俺の美少女っぷりを僻んでんじゃねぇのか!?」

「むきぃー!!」


 クソッ、【魔術師】ルチアめ!

 俺よりほんのちょっと胸が大きいからって調子に乗りやがって!

 女の子の良さは胸じゃなくて顔と料理の腕前とどれほどエッチなことに関心があるか、つまりは中身だ!!

 ま、まあいい。これでルチアのヘイトは俺が稼いだ。

 こんな市街地で大規模な魔術が使えない以上、相手は弱い魔術を使うしかない。

 俺のスキルが変化したことで、結界の強度も大幅に上昇したのだ。

 守り続けていれば、騒ぎを聞きつけた兵士が駆けつけるはず。


「こらこら、ルチア。相手の煽りに乗ってどうするんですか」

「ルミナスねえさん、でも!」

「それに女の価値は胸でも顔でもなく、金です。金が全てを解決します」

「な、なるほど……?」


 チッ、ルミナスの所為でルチアが冷静になった。

 それに、聖女らしからぬ拝金主義も相変わらず……というか、悪化している。

 一体どれだけの金を教会の神父ホストに貢いでいるんだか、考える気すら失せてしまう。


「うぐぐ、邪魔で思うようにエルザを援護できない……!」


 二人の関心を引いたのはいいが、依然としてハリベルとバーリアンの相手をエルザが務めている。

 互いが互いを牽制して膠着している状態だ。

 俺はルチアとルミナスをどうにかできないものか考えて、とある一つの妙案を思いついた。


「特に恨みはないけれど、あの魔物に洗脳されているならしょうがないわね。仲間だった過去に免じて、少し手荒いことはするけど許してちょうだい」

「洗脳……? なんの話だ?」


 少しでも時間を稼ぐ為に、敢えて会話を引き伸ばす。

 勿論、奇襲されないために結界を張りながら、先ほど思いついた作戦の準備を進める。


 結界というものは使い勝手の悪い防衛魔術だ。

 四方から来る相手の攻撃を防ぐ代わりに、こちらも相手に向けて攻撃魔術を使うことができない。

 使い続ければ空気が淀んで苦しくなるため、最大でも一時間に一回は解除しないと体調不良も引き起こす。

 その証拠に、ルチアもルミナスも防御を捨てて攻撃に専念していた。

 昔、模擬試合で戦った時と同じように今回も完封できると思っているのだろう。


「ああ、そういえば知らないんだったわね。アンタを追放したあと、辺境の村で吸血鬼ヴァンパイアが現れたのよ。人型で、人間を家畜としか思っていないような魔物だったわ!」

「村に溶け込むために魅了という一種の洗脳魔術を扱っていたんです」

「へえ、そんな大変なことがあったんだなっ」


 余裕綽々と手柄を報告しながらも、攻撃の手は緩めるどころか激しさを増している。

 防御に専念していない所為で、危うく押し切られそうになったが寸前で持ち直す。


「いくら人通りがないからって、図に乗りすぎだ……!」


 『向こうから襲ってきたとはいえ、相手は女の子』と手加減しようかと思ったが、よくよく考えれば今の俺も女の子。

 なんなら、今まさに男二人と戦っているエルザもか弱い女の子だ。

 つまりこれは正当防衛、ちょっとやり過ぎても俺たちは悪くない。

 怯ませる程度の威力から、ちょっと痛い威力に変更する。

 使う魔術は水属性の初級と上級の合わせ技。


「ルチア、ルミナス! これ以上、俺に対して攻撃するなら容赦なく反撃するぜっ!」


 良心が咎めて、最終警告を叫ぶ。

 五年間、足蹴にされたとはいえ元仲間だった恩もある。

 その俺の気遣いを彼らは、見事に鼻で笑った。


「はっ、五年修行したくせに中級しか扱えなかった凡人がちょっと可愛くなったからって調子に乗ってるわね!」

「反撃を予告するとは大きく出ましたね。この状況下で吠える気概だけは認めてあげましょう!」


 ……ちょっとぐらい、威力を上げてもいいかな?

 勇者の仲間だし、多少は大丈夫だろう。

 ダメだったとしても、正当防衛で仕方がなかったと言い訳すれば問題ないはず。

 息を整え、走り出す準備を整える。


「後悔するなよっ!」


 結界を解除して、二人が放つ攻撃魔術の間をすり抜けて走る。

 事前に風属性の補助魔術〈ウィンドステップ〉と〈ウィンドシールド〉を張っているとはいえ、避け続けるのも限界がある。

 避けきれなくて、ルチアの放った〈ファイアーボール〉が腕を掠めて肌を焦がす。

 それでも、十秒さえ稼げればいい。


「アハハッ! 昔みたいに一発逆転を狙うつもり!?」

「浅はかですねえ」


 反論したくなる気持ちをぐっと堪え、言い返す言葉の代わりに魔力を練って指先で真言を描く。

 模擬試合では、中級以上の魔術が扱えなくて失敗した作戦だ。

 でも、今の俺なら出来る。


「〈ウォーターボール〉っ!」


 わざと威力を減らし、水量を増した〈ウォーターボール〉をルチアに防がせて辺り一面を濡らす。

 【魔術師】のルチアは確かに魔術の扱いに長けている。

 その腕は天才のそれで、スキルが変わっただけの俺が一朝一夕の努力で勝てるものじゃない。

 それでも、ルチアには致命的な思い上がりがあるのだ。

 『無駄嫌い』──効率を最善に考える。

 四方を警戒する結界ではなく、一面だけに結界を張る防衛魔術。

 魔物は直線的に攻撃するからこそ、無駄を削ぎ落としたルチアらしい防衛方法だ。


「────〈ライトニングボルト〉」


 なんの躊躇いもなく、俺は水属性の魔術のなかでも上級のものを放った。

 青白い電流が、ルチアの張った防衛魔術の表面を舐めるように這う。

 そして、電流は一瞬で濡れていた地面にたどり着いた。


「あばっ!? あばばばばばっ!」

「にゃ、にゃににににっ!?」


 足元が乾いた俺と違い、無防備だった二人を〈ライトニングボルト〉が襲う。

 美人姉妹として持て囃されていた二人の面影はもうどこにもない。

 毛を逆立て、びくんびくんと痙攣しながら地面にドサっと倒れ込んだ。


「ぜぇっ、ぜぇっ……俺の、勝ちだ!」


 全力疾走したことで息が切れていたが、それでも最後まで立っていた俺の勝利に変わりはない。

 二人が気絶して動かないことを確認して、俺はエルザに加勢するために剣戟の音へ視線を向けた。

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