第28話 【賢者】と【勇者】、そして教皇
王都の中枢にある白亜の教会、日の光を受けて煌くステンドグラスを背景に【勇者】ハリベルとその仲間たちは真剣な表情で互いを見ていた。
彼らの外套は連日降り続けた雨でしっとりと濡れ、着替える時間さえ惜しいようで未だに滴がぽとぽとと床のタイルを濡らしている。
重苦しい雰囲気の中、最初に口を開いたのは【勇者】ハリベルだった。
「教皇様、【賢者】が【勇者】を選定するという話は本当なのですか?」
言葉こそ敬語を使っているものの、今にも射殺さんと鋭い視線を遠慮なく教皇に向けていた。
その威圧に物怖じすることなく、教皇は静かに語る。
「南海のクラーケンを倒し、馬車でも四日かかる道を救援信号を受けて僅か二日で王都に戻ってきた貴方がたの実力は本物でしょう。ですが、それだけでは【勇者】たりえません」
「その為に【賢者】がいる、と?」
「ええ」と教皇は相槌を打つ。
二十歳後半とは思えぬほど落ち着きと洗練された雰囲気を身に纏い、神の言葉を預かる者として信仰の頂点に立ってきた貫禄のようなものがあった。
「なるほどね、ハリベルが勇者の剣を扱えなかったのは全ての仲間が揃っていなかったから────」
くるくると茶色の髪を指で弄びながら、【魔術師】にして勇者パーティーの参謀であるルチアが仲間の顔をそれぞれ見る。
「【戦士】バーリアン、【魔術師】ルチア、【聖女】ルミナス……ここまでは神託の通り、誰一人欠けることなく揃っているわ。ただ一人、【賢者】を除いて」
「【賢者】といえば、前に追放したヤツがいたが……」
バーリアンが躊躇いがちにハリベルを一瞥してから、教皇に視線を戻す。
腕を組んだ拍子にがちゃがちゃと鎧が擦れた音が響いた。
「教皇サマ、新しい【賢者】はまだ見つからないのか?」
敬語を使い損ねたバーリアンの脛をルミナスが微笑んで見つめると、彼は慌てて語尾に「です」と付け足した。
無礼な態度を咎めるでもなく、教皇はゆるゆると首を振る。
「どうやら、神はあの
声音こそ穏やかではあるものの、瞳の奥には嘲りの色が浮かんでいて隠す素振りすら見せない。
「チッ、中級止まりの魔術しか扱えない癖にとことん邪魔なやつだ」
「まあまあ、勇者様。彼も彼なりに頑張ったんですよ。我が妹のルチアがあまりにも才能に溢れていて霞んでしまいますが、そもそも魔術を扱えるだけで寒村では英雄扱いされますもの」
カインと過ごしていた日々を思い出したのか、嘲笑を唇に浮かべながらルミナスが嗜める。
姉の言葉を聞いて、ルチアも口角を歪めた。
「ルミナスの言うことも分かるが、俺たちは人類の希望にして防衛の要なんだ。一般人と同じ基準で考えてちゃ魔物に殺されるのが落ちだ」
ハリベルの愚痴混じりの発言に、バーリアンが妙案を思いついて顔を綻ばせる。
「なら、必要な時だけ連れ歩けばいいんじゃないか? 戦いの時は足手纏いだが、雑用を任せれば最低限役割を果たせると思うんだが……」
バーリアンの提案に、各々が渋い顔を見せた。
結局は追放する前と扱いは変わらないのだが、パーティーの運用から程遠い位置にいた彼に分かるはずもない。
考えあぐねていたハリベルは、ツンツンとした黒髪を掻き毟って結論を導き出した。
「しょうがない。新しい【賢者】が見つかるまで俺が【勇者】であることを証明する為に連れ戻すしかないか」
そう呟いたハリベルを、教皇は慈悲深く見つめる。
「それが賢明かと。その【賢者】カインですが、なにやら良からぬ男と行動を共にしていると神託が下りました。人に紛れる魔物です」
「人に紛れる魔物?」
「詳しい話は不明ですが、赤い髪をした槍の使い手のエルザと言うそうです。少なくともファルセット港襲撃に何かしらの関係があると中枢議会は考えているようです」
「密偵、か……」
顎に触れて考えるハリベル。
片手で二つある剣のうち、ブロンズソードの柄に触れて決意を新たにする。
「人に紛れるとは卑怯な魔物め! 勇者ハリベルの名の下に討伐してくれる! ゆくぞ、みんな!」
ハリベルの掛け声にそれぞれが武器を手に取って教会の外へ歩いて行く。
その背中を見送りながら、教皇は目を細めた。
扉がパタリと閉まったことを確認すると、パイプオルガンの裏からズルズルと裸にひん剥かれて縛られたもう一人の教皇が姿を現した。
「んむー! んむむむー!!」
猿轡を咬まされていることで、微かにくぐもった声が漏れるばかりで意味のある言葉にならない。
床に転がる裸の教皇を冷たく見下ろしながら、偽物の教皇が下卑た笑いを浮かべる。
「いやあ、まったく勇者の自覚が強いようでなによりですよ。封印を施した【賢者】を追放したことには驚きました。これで勇者であることの証明に躍起となって、各地で問題行動を起こしてくれるでしょうね」
そう語る偽教皇の肌は見る間に鱗に覆われ、瞳はぎょろりとした爬虫類の目で教会内部のシンボルを見上げる。
「その混乱に乗じて中枢に我ら魔物が入り込む!」
灰色の鱗に金色の瞳、しかし唇から覗く歯は吸血に特化した針のように鋭い犬歯。指の先には真っ黒な爪が鈍く輝いていた。
ステンドグラスに向かって吠えるその姿は、誰が見たとしても口を揃えて魔物と呼ぶだろう。
「その為にはあなたの協力が必要です」
「んむー!!」
青ざめた顔で震える教皇に、魔物はゆっくりと手を伸ばした。
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