第27話 昔の約束
宿屋の外ではしとしとと雨が降っていた。
朝になっても天気が回復する気配もなく、俺は天気を言い訳に部屋の中でエルザと抱擁を交わしていた。
部屋に転がる雨の音と、エルザから伝わる心臓の音が心地良い。
「もうこの王都にいる意味はないな。明日にでも故郷のポイパカ村に戻って親に報告でもするか」
「報告?」
「エルザのこととか、これからのことについて相談しないとな」
エルザの頭を撫でると、大人しくなっていたしっぽがまたふりふりと動き出す。
なんと可愛らしい。見てるだけで頭がおかしくなりそうだ。
冒険者として稼いできたお金なら、質素ではあるがそこそこな暮らしをしていけるはずだ。
なんなら、手に入れてガイストス博士に預けているダンジョンコアを正式に売り払ってもいい。
そんなことをぼんやりと考えていると外がピカッと光った。
────ゴロゴロゴロ…………ピシャン!
窓の外が一瞬明るくなったかと思うと、真っ暗になって地響きかと錯覚するような低い音が鳴り響く。
雷鳴と轟きが聞こえた瞬間、エルザの耳がぺしょんと垂れた。
「どうしたんだ?」
「か、かみなり鳴ってる……」
また窓の外が光り、俺を抱きしめるエルザの手に力が入った。
エルザの腕の中で、俺はふと昔のことを思い出す。
あれはエルザが十歳の頃だった。
引き取られたばかりで、歳が近いこともあって俺の家に預けられる機会が多かった。
その日は何かの理由でエルザが泊まることになって、同じ部屋で寝ることになったのだ。
その日は天気が悪く、朝からずっと雨が降っていた。
深夜も過ぎた頃、俺は何かが聞こえて目を覚ますとエルザが背中を丸めて泣いていたのだ。
聞けば『雷が怖い』と言う。
女の子らしい可愛い言葉に、俺はすっかり気が良くなってエルザの手を引いて布団の中に引きずり込んだ記憶がある。
たしか、あの時は……。
「ほら、エルザ。俺の心臓の音でも聞くか?」
「そこまで子供じゃないもん」
口では強がりつつも、俺により一層抱きつくエルザ。
子供の頃は、よく怖がるエルザを抱きしめながら寝ていた。
その時もバンダナ越しによく頭を撫でたっけ。
「そういえばさ、エルザは尻尾とか生えてなかっただろ? やっぱり形態変化の影響か?」
「生えてたよ。でも邪魔だから切った」
「…………切った?」
過去のことを思い出しながらまったりしていた俺はいきなり冷水を掛けられた気分になる。
記憶を辿れば、なるほど確かにバンダナが犬耳に釣られて動くことはなかったし、尻尾の存在に気づいたこともない。
「うん。こう、斧でスパンと。村に戻るなら切らないとなぁ」
手を斧に見立てて犬耳にコツンと当てる。
その口振りはまるで洗濯物の乾きにくさを愚痴る主婦のようだ。
エルザの言うことが本当なら、少なくとも十歳の頃に自分で切り落としたことになる。
「エルザ、それは誰かに言われて切ったのか?」
「ポイパカ村に引き取られる前に言われたの。ちゃんと村に馴染めるようにしなさいって」
目を細めながらエルザは遠くを見る。
過去に想いを馳せているのだろうか。
知っているはずの幼馴染が、何処か遠い存在に思えてならない。
「それは、血の繋がった親が?」
「そうだよ」
「そっか」
何か言おうとしたけれど、上手い言葉が出てこなくて結局俺は言葉を飲み込んだ。
代わりに吐き出したのはなんの変哲もない相槌で、やるせない気持ちに蓋をして俺はエルザを抱き締める。
「エルザ、俺はどんなエルザも好きだぞ」
わさり、とエルザの尻尾が動く。
表情は変わらないのに、尻尾や耳が素直なところもまたギャップを感じて俺の情緒は激しく乱れるが努めて面に出さないようにする。
「わ、私も。えへ、えへへ」
クソ可愛かったので思いっきりぐりぐり撫で回す。
犬耳はぴっこんぴっこん暴れ、尻尾はもはや風車状態。
……ぶっちゃけ、エルザが俺を襲うより俺が先にエルザのことを襲いそう。
ちくしょう、こいつ男の身体をしてるのに『可愛い』以外の言葉が出てこない。
「なんだか、こうしてると昔を思い出すね」
「昔?」
「そう。昔、約束してくれたの。『いつか一緒に王都を見に行こう』って」
「そういえばそうだったな」
記憶を探れば、そんな約束をしたこともあった。
その時の俺はまだ【賢者】だとかそういう難しい話を知らなくて、ぼんやりといつかエルザと結婚するんだろうなと考えていた。
たまたま、親が新婚旅行は王都で過ごしたという話を聞いて、そう約束したのだ。
遠回しにも程があるプロポーズだ、笑いがこみ上げてくる。
「カインと一緒に王都に来れて良かった」
「俺もエルザとここに来れて良かったぜ」
ぶぉんぶぉんと揺れるエルザの尻尾に愛しさが募る。
今なら、女の子が男の子に『可愛い』と言う気持ちが分かる。
昨日からずっとニヤニヤしているせいで頰が筋肉痛で痛むがそんなことはちっとも気にならない。
────俺の恋人は世界一可愛い。
窓の外ではいつのまにか雷鳴は止み、雲の隙間から太陽が覗いていた。
虹が出たら、エルザと眺めるのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら俺はエルザの胸板にすりすりと頬擦りをした。
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