第25話 たとえ全てを失っても


 俺たちがハミルトンと戦って数時間後、王都の結界を攻撃していた魔物たちは波が引くように撤退していった。

 混乱も徐々に落ち着き、警備に励む兵士の姿が目立ったがおおむね日常に戻りつつあった。


 討伐した魔物の買取で賑わう冒険者ギルドのホール、ではなくて支部長室にて、俺たちは物々しい雰囲気を醸し出す冒険者に囲まれていた。

 刺々しい視線は全てエルザに向けられている。

 そんな視線を受けてなお、エルザは冷たく輝くエメラルド色の瞳で前を見据えていた。


 ハミルトンを無力化し、衛兵に引き渡す最中に爆発を聞きつけた冒険者が駆けつけて……という具合に二度目の混乱が起きかけたところでリカルド支部長が仲裁に入ったのだ。

 混乱に乗じて逃げようと試みたエルザだったが、リカルドの勧めと囲まれた人数の多さでようやく諦めがついたようで、今では大人しくしている。


 俺の話を聞いた冒険者とリカルドの反応は全く異なっていた。

 呆れて物も言えないという顔をしたリカルド。

 そんなリカルドを懐疑的に睨む視線、俺を品定めするような嫌な視線、そしてエルザに向けられる殺気。

 微塵も隠す事なく殺気を向けているのは獣人ビーティスの冒険者。

 牙を剥き出しにしてマズルしわが寄っていた。


「支部長、殺すべきだ。この魔物の存在が露見すれば、我ら獣人に向けられていた謂れのない偏見がぶり返す」


 短剣の刃を翳し、今にも飛びかかろうとしているが一歩を踏み出せずにいる。

 リカルドの【威圧】を受けていることと、俺がいつでも結界を発動できるように構えていることで攻撃するタイミングを逃しているのだ。


 獣人は外見的特徴から、過去に魔物として扱われていた歴史を持つ。

 地域によっては、略奪の対象にされていたともいうから魔物と魔物を定義する教会に対して憎悪の感情を持っている。

 獣人の冒険者からしてみれば、人と魔物の両方の特徴を持つエルザという存在は秘密裏に処理したいのだろう。


「はぁ〜、困りますねえリカルド支部長。禁術に手を染めた部下、人であると偽って潜り込む魔物……獣人を引き入れたから個々の冒険者や職員に対する管理が緩み、こんな事態になったのでは?」


 勝ち誇ったように前髪をかきあげるのは神官としても活躍している、と先程自信満々で語っていた長耳族の冒険者。

 八文字以上のクソ長い名前だったので忘れた。

 長耳族は基本的に人間以外の種族を見下しているので、何かとトラブルを起こしやすいのだ。

 唸り声を上げた獣人を一瞥して鼻で笑う辺り、生粋のトラブルメーカーである。


 一触即発な空気だが、ぶっちゃけ獣人と長耳族同士で潰しあってくれるなら儲け物だ。

 なにより、ピリついた雰囲気を感じ取ったエルザが俺の腰に手を回して抱き寄せてくれたのでなにもかもどうでもよくなった。

 抱き寄せられたことを幸いに首に手を回して抱きつく。


「人に紛れ込む魔物、か。これまたとんでもないモンを俺は引き入れたみたいだな」


 右手で眉間のしわを揉みながら、リカルドが天を仰ぐ。

 ため息を吐きながら正面に座る俺たちを見て、エルザに抱きつく俺からさっと視線を逸らして再度ため息を吐く。

 なにやら「すっかり、骨抜きされちまって……いや、これは自ら骨抜きにされてるのか……? わ、分からん」とぶつぶつ呟いていたが、頭をぶんぶん振ってキリッとした顔で仕切り直した。


「お互い言いたいこともあるだろうが、この件は支部長であるこの俺に任せて欲しい」


 リカルドの言葉にお互いを睨み、罵り合っていた冒険者は口を止める。

 冒険者ギルドをまとめ上げているというだけあって、その発言力は強いらしい。


「冒険者ギルドはいかなる出自であろうと、いかなる信条であろうとその『行い』によって評価する。よって、例え魔物であろうと犯罪行為を犯していない以上は、彼らを罰することはない」

「リカルド支部長!」

「だが、勿論このまま野放しにするわけじゃない。片方が【賢者】だからといって無責任に放置するつもりもない」


 食い下がる獣人の冒険者を、リカルドはバッサリと切り捨てて宣言する。

 リカルドの言葉を聞いて、俺によこしまな視線を向けていた連中が野次を飛ばすことも忘れて目を見開く。


「この二人の今後の処遇は、俺だけで判断できるものではない。上層部と相談する必要がある。追って、通達の必要があれば行う。とにかく今は、王都付近に出現した魔物の対処が優先だ」


 毅然とした声で告げたリカルドに、剣吞な雰囲気を出していた冒険者たちも「まあ、リカルドが言うなら」と渋々ながら納得した様子だ。 


「以上だ。各々、ホールにて仕事を受けて来い」


 リカルドが追い立てるようにそう言えば、冒険者たちは不満げな顔をしながらも大人しく指示に従った。

 ドアがバタンと閉まると、リカルドが大きく息を吐く。


「話は纏まったようだな」

「ホント、どうなることかと思ったぜ……しっかし、【賢者】の仲間が魔物とは奇妙な組み合わせだな。怖くないのか?」


 リカルドの視線がエルザの二対の耳に向けられる。

 獣の特徴を有した耳と、人間的な丸い形をした耳。

 尾は生えているが、肉球はなく鋭い爪も牙もない。

 獣人の特徴とかけ離れた、まるで二種類の生き物を継ぎ合わせたような外見。

 魔物によく見られるとされるものだ。


「エルザはエルザだ。魔物かどうかは関係ない」

「…………っ!」


 リカルドの問いかけに、俺は嘘偽りなく本心を述べる。

 エルザは誰よりも優しくて、人の為に動ける人間だ。

 いつから自分のことを魔物だと気づいたのか、その時どれほど悩んだのか俺は知らない。

 それでも、その時間はきっと寂しいものだったと思う。

 再会した時に周りと壁があったのも、他人を遠ざけていたのも、誰かに迷惑をかけないため。

 自分のことで手一杯のはずなのに、ずっと俺のことを気にかけていてくれたのだ。


「アンタはそうでも、他の連中はそうはいかないだろうよ」


 リカルドの言うことも尤もだ。

 王都を守ったからといって、両手を挙げてエルザを歓迎するやつはいないだろう。


「流石の俺も庇いきれないぞ。即処刑はないだろうが、ライセンスを失うかもしれん」


 ライセンスを失うこと。

 それは、冒険者としての稼ぎを失うことを意味する。

 ……恐らく、エルザを殺そうと企む奴も出てくるだろう。

 【賢者】の称号を剥奪され、追放されるよりも状況は悪くなる。

 だが、構うもんか。


「たとえ全てを失っても、俺はエルザを守るよ」


 世界が敵になっても俺だけは味方になる。

 あの日、あの時俺を助けてくれたように今度は俺がエルザを支える番だ。

 震えていたエルザの手を、俺は覚悟を決めて握った。

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