第24話 それでも側にいたい


「そんな、ありえない! 人間にくみする魔物がいるなんて!」


 ハミルトンが叫ぶ。

 勝利を確信していた表情は、いまやすっかり変わり果て、悪魔にうなされる子供の如く青ざめている。

 叫び声というよりも、悲鳴といった方が適切だった。


 犬のような耳に、狼を彷彿とさせる尾。

 それらが、エルザが生まれ持った身体の部位ではないことを、俺は誰よりも知っていた。

 そりゃバンダナをしていたが、間違いなく尻尾は生えていなかった。


「魔物に与する人間がいるなら、逆があってもなんらおかしくはないでしょう」


 ついにフレイムフェアリーの領域に足を踏み入れた侵入者を撃退しようと手を構えて火球を発射する体勢に入る────よりも早く、目にも止まらない速度でフレイムフェアリーは『消えた』。

 哀れな魔物は辛うじて死なない程度に蹴り上げられたのだと理解したのは、エルザが空を見上げて「あの距離なら大丈夫かな」と呟いた頃だった。


 ────ドゴォォオオン…………!


 遥か上空にて、フレイムフェアリーは轟音と共に華々しく有終の美を飾った。

 ビリビリと鼓膜を震わす爆発音と閃光のなかで、エルザはただ一人、静かにハミルトンを睥睨する。


「さて、後は魔力切れした魔術師だけだね」

「ひぃっ!?」


 エルザが一歩踏み出すと、ハミルトンは青色を通り越して白くなった顔でガクガクと震えだす。

 魔術師は魔力が尽きた場合、肉弾戦でしか戦う手段はなくなる。

 腰に下げた剣の存在すら忘れて、ハミルトンは距離を取るように一歩後ずさる。


「く、くるな! 聞いてない、お前のようなヤツがいるなんて聞いてない!!」


 地面に捨てられていた槍を、エルザはハミルトンから視線を逸らすことなく拾い上げる。

 そして、ハミルトンに向けて横薙ぎに振り払った。


「ぎゃっ!?」


 ハミルトンが避ける暇も与えず、槍の棒の部分が側頭部を殴打した。

 脳を揺さぶられた彼は力なくどさりと地面に崩れ落ちる。


「はい、お終い」


 あっという間の出来事だった。

 俺が立て続けに起こるショッキングな出来事に呆然としていると、エルザと目があった。

 交わっていた視線はすぐに断ち切られる。


「………………」


 エルザは何も言わず、槍を使って器用に地面に落ちていたバンダナを拾う。

 まるで逃げるように俺に背を向けた、その横顔があまりにも寂しそうで────


「エルザッ!」

「おわっっとと」


 気がつけば、ハミルトンの事など忘れてエルザの背中に飛びついていた。

 途中、足がもつれて半ば転ぶような勢いだったがエルザが踏ん張ったおかげで転ばずに済んだ。


「カイン、離して」

「やだ」

「もう、一緒にはいられない。人が来る前に私はここから立ち去らないといけないの。お願い、分かって」

「や!」


 『一緒にいられない』という言葉がエルザの声で語られて、俺の心臓は一瞬止まったのではないかと思うほど胸が痛くなる。

 勇者ハリベルから追放という言葉を聞いた時以上に俺は頭の中が真っ白になった。

 もしこの腕を離したら、きっともう二度とエルザに会えない。

 そんな確信めいた予感があった。


「俺も一緒に行く!」

「だめです」

「なんでだよ! 俺のことが嫌いになったの!?」

「それは違っ────はっ!? そ、そうだよ!」


 ……今、『それは違う』って言いかけたよな?

 それで、慌てて取り繕った。ということは、だ。

 もしかしなくても、押せばイケる!?

 恋人らしいことだってキスの一回限り、そんなのってあんまりだ!


「エルザ、お前は俺のことが嫌いでも俺はお前のことが好きだからな!」

「し、知らないわよっ! はなせ、はーなーせー!」


 暴れているけれども、その力は人を振り解こうとするにはあまりにも弱かった。

 何故、こうも頑なに俺を拒むフリをするのかは分からないが、なによりもふりふりと動く尻尾。

 それが間違いなくエルザの本心を現していた。


「エルザー! 好きだー! 好きー!」

「にょわー!? 聞こえない、聞こえなーい!!」


 俺を振り解こうとした両手で耳を押さえるが、頭頂部の犬耳はぴこぴこと俺の声を拾い上げている。


「好き」

「聞こえません! きこえてませんってば!」


 今度は犬耳を押さえるが、人間の耳が無防備となる。


「好き、好き、大好き、エルザ、エルザ」

「ぅ、ぅぁっ……」


 何度か押さえる耳を変えるなどして無駄な抵抗を試みたエルザだったが、ついに顔を真っ赤にして地面にへたり込んでしまった。

 尻尾はふりふりどころかブンブンと左右に激しく揺れて、俺の腹を何度も叩いていて擽ったい。

 俺に『好き』と連呼されただけでこんなに良いリアクションをくれる。

 こんなのって、こんなのって……可愛すぎるだろ!?

 クッソ、こいつ男の癖に! 男の癖に! あー! もー! 心臓が破裂しそう!!


「エルザ、お顔、真っ赤で可愛い♡」

「〜〜〜〜〜っ!!」


 俺の視線が顔に向けられていると気付いたエルザは咄嗟に顔を覆う。

 そうなればしゃがんでいる上にお耳は完全に無防備となるわけで……。


「愛してるぜ」

「きゅぅ」


 顔を手で押さえたまま、エルザの喉から甘えるような声が響く。

 ────勝った……!

 手や指から覗く肌は火が出そうなほど真っ赤で、俺は密かにガッツポーズをしたのだった。

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