第22話 王都襲撃


 長閑な平日を過ごしていた王都は一転、市民の怒号と悲鳴に包まれた。

 王都の長い歴史においても魔物に襲われたことはなく、城壁と結界を合わせて『無敵』とすら称されていたのだ。

 結界が破られていないとはいえ、市民が受けた動揺は凄まじく、我先にと第三の城壁と言われる避難場所に駆け込んでいる。


 俺とエルザは人で溢れかえった大通りを避けて冒険者ギルドにようやくたどり着いた。

 空では相変わらず魔物たちが結界を攻撃している。

 普段は見かけないような冒険者からいつも冒険者ギルドに屯っている輩まで大勢の冒険者で賑わっていた。


 カウンターの上に立ってリカルド支部長が叫ぶ。


「いいか! 必ず複数で魔物に対処しろ! 篭城戦になる、深追いはするな!」


 素早く指示を飛ばし、冒険者たちをパーティーやグループで分けて防衛地点の地図を渡す。

 冒険者は組織の庇護を受ける代わりに有事の際は戦力として街の防衛に協力する義務がある。

 そのため、武器の帯刀や購入が認められているのだ。


 俺たちに気づいたリカルドがカウンターを降りて駆け寄ってきた。


「丁度良いところにきた! 君たちには結界を守護するコアを守ってほしいんだ」

「コアを……?」


 各地のダンジョンから回収されたダンジョンコアは解析され、各拠点の防衛結界の要として利用される。

 そのコアがどこにあるのかは一般の冒険者が知るはずもなく、その防衛も通常はBランク以上の冒険者しか引き受けられないはずだ。


「ここだけの話なんだが……どうも、内通者が潜んでいるらしい。それも、かなり内部に食い込んでいる。最近、ここにきたばかりの君たちの方が信頼できるぐらいだ」

「敵国が絡んでいるってことですか?」

「敵国ならまだマシだったんだがな、残念ながら違う。魔物に与する人間がいるらしい」


 そのリカルドの言葉を聞いて俺はますます訝しく思う。

 たとえ魔物が言葉を解するからといって、取引が成立するとは思えない。

 そんなことをするのは、魔物至上主義を掲げるカルト教団ぐらいだ。


「とにかく、君たちに頼みたい。これがそこに行くまでの地図と鍵だ」

「……後で報酬をしっかり請求するからな!」


 リカルドから地図と鍵を受け取って、俺はエルザにアイコンタクトを送る。

 本来なら、こんな危険なところを放っておいてエルザの手を引いて逃げたいところだが、もし王都に何かあればこの国はまさしく終わる。

 ここ以上に安全な場所はないのだ。

 俺の意図を汲んだエルザも頷き返す。


 そんな俺たちを見ていたリカルドがポツリと呟く。


「なんか、あの二人、すっかり恋人みたいな雰囲気を醸し出しているな。カインは男に戻る気は……ないんだろうな、あの感じだと」

「すまん、周囲がうるさくて聞こえなかった! もう一度、大きな声で言ってくれ!」

「気を付けろよ!」

「おう!」


 時間が惜しいので、エルザとはぐれないように手を繋いで冒険者ギルドを飛び出す。

 地図によると、結界のコアは王都の中心、広場の噴水に隠されているらしい。

 度々、噴水の清掃や調整を行なっているとは思っていたがまさかそんな場所にコアがあるとは思わなかった。


 広場は閑散としていて、周囲には人の気配を感じない。

 空には依然として魔物が攻撃を加えているが、まだ結界は強固な壁となって襲撃を防いでいる。


「内通者……一体、どんな人なんだろうね」

「魔物が世界の意志だと抜かすやばいヤツか、それとも魔物の混乱に乗じて侵略する気の敵国のスパイだとかそんな連中だろ」


 ワイバーン討伐の報酬で手に入れたステッキを片手に俺とエルザに土属性の防衛魔術を掛けておく。

 精度や強度は勇者パーティーに所属していた頃より心許ないが、ないよりはマシ。

 念には念を入れて悪いことはない。

 そうして、周囲を警戒しているとエルザが叫んだ。


「そこの木の影に隠れているやつ、出てこいッ!」


 槍を構えて、鋭く街路樹を睨みつける。

 シン、と静まり返った広場に何者かの大きなため息が響いた。


「やれやれ、困りましたねえ」


 街路樹から姿を現したのは銀縁眼鏡をかけた冒険者ギルドの受付のお兄さんことハミルトンだった。

 いつもの緑色の制服……ではなく、黒色のローブを羽織っていた。

 その左手には見慣れない鈍く輝く銀の腕輪。


「ここのコアさえ壊せば、私の任務は晴れて完了となるのに、まさか買収した冒険者とは別の冒険者がここを防衛しているとは……」


 ハンッと鼻で笑い、ハミルトンは懐から巻物を取り出すと地面に放り投げた。

 俺たちが反応するより早く、巻物に描かれた術式が作動する。


 〈召喚サモン下位魔物レッサーデーモン

 赤黒い術式から、燃えた樹木で身体を構成されたフレイムフェアリーが一体、周囲の草を燃やしながら現れた。

 魔物を任意の地点に召喚するという禁忌に指定されている術式だ。


「しかし、ここでアンタらを始末してしまえば問題ない。恨むなら私ではなく、妙に小賢しい支部長を恨んでください! ゆけ、フェアリーども!」

「ナフレース……ナフレース……ヴェイ・グ、ヴェイ!」


 指示を受けたフレイムフェアリーが、邪魔者を排除しようと俺たちに向けて火球を放ってきた────!

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